2014年06月06日 (金) | 編集 |
第59回
家に戻ったはなは、庭先でふじの腕の中で子供のように泣きじゃくるももの姿を目の当たりにした。
「もも … 」
< はなは、ももの初恋が実らなかったのを、その時知ったのでした >
* * * * * * * * * *
< ももが北海道へ旅立つ朝がやってまいりました >
土間でせっせと荷づくりするもも。
「北海道の冬は甲府の何倍も寒いっていうから、おねえやんのもたくさん持って行けし」
はなは自分のありったけの防寒着を持ち出してきた。
「こんなにくれて … お姉やんは冬が来たらどうするでえ?」
「北海道の冬はここよりもずっと長いから」
とにかく旅立つ妹に何でもかんでも持たせてあげたいのだ。
ももが着ているのは、ははなから譲られたお茶会の時の思い出の赤い着物だ。
「もも、これも持っていけし」
周造も藁で編んだ手袋と草鞋を差し出した。
「お祖父やんありがとう、大事に使うよ」
ももの行李は、あふれそうな荷物でいっぱいになった。
「もも、これ産土様のお守りだ、持ってけし」
ふじは小さなお守り袋を手渡した。
「ほれにしても北海道なんて遠く行かんでも、この辺になんぼでもいいのが … 」
何も知らない隣のリンが余計なことを言いそうになったので、ふじは慌てて話をそらした。
「ああ、リンさんがお餞別持ってきてくれただよ ~ 」
「これ、腹壊さんように … おらのお古の腹巻だあ」
リンの餞別はいつでも腹巻だと周造が言うと皆が笑った。
「ほれじゃ、ももちゃん元気でね」
朝市に家族水入らずの邪魔をするなと言われたからとリンは慌ただしく戻っていった。
* * * * * * * * * *
「よし、ほれじゃあ、そろそろ行くけえ」
荷物をまとめ終わったももを見て、吉平が腰を上げた。
「お父、待って」
「忘れ物け?」
うなずいたももは皆に向かって座り直した。
「お祖父やん、お父、お母、お姉やん … 今までどうもありがとうごいした」
そう言って、丁寧に頭を下げた。
「もも、ほんな改まらんでも … 」
「こういうのは、こぴっとやらんとダメずら?」
「 … そうさな」
ももに言われて、周造をはじめ家族皆も座りなおした。
そして、ひとりひとりに挨拶をはじめた。
* * * * * * * * * *
「お祖父やん、草鞋と手袋、ありがとうごいす。
ほれと、畑仕事とわら仕事教えてくれて、ありがとごした」
「達者でな … 体にはくれぐれも気つけるだぞ」
「はい、お祖父やんもまだまだ元気でいてくりょうし」
「そうさな …
もも、我慢したらいけんぞ ~ 婿のことなんか尻に敷くぐれえがちょうどいいだからな」
笑顔でうなずいたももは、吉平を見た。
「お父、おらのために縁談見っけてきてくれて、ありがとうごいす」
「もも … 」
「ほれから、この櫛もうんとうれしかったさ ~
一生、大切にします」
「もも、ほんなこと言うな … またいつでも買ってやるから」
* * * * * * * * * *
「お母 … 」
「もも、旦那さん支えてこぴっと頑張るだよ」
「はい、お母のほうとうの味は一生忘れねえ」
「いつでもこせえてやるさ ~ ももの帰るうちはちゃんとここにあるだからねえ」
「お母 …
おら、お母みてえな強くて優しいお母になるよ」
目を潤ませて聞いているふじ。
「お母、おらのこと産んでくれて、ありがとうごいす」
「もも、幸せになれし」
* * * * * * * * * *
「 … ほれから、お姉やん」
ももははなの方に向き直った。
「お姉やんの書えた『みみずの女王』の話、あっちで皆に読んであげるだ」
「うん」
はなも目を潤ませ鼻をすすりながらうなずいた。
「お姉やんはおらの自慢じゃん」
北海道までは長旅だと、他の本も持たせようと取りに立とうとしたはなをももは止めた。
「ううん、おら知らねえ人が書いた本よりも … お姉やんが書いた話が読みてえ」
「もも … 」
「お姉やんがしてくれる話は、全部突拍子もなくて面白かったなあ ~
お姉やんの新しい物語、楽しみにしてる。
書えたら、送ってくりょう … 約束だよ」
目をキラキラと輝かせて身を乗り出した。
「うん」
* * * * * * * * * *
ももが急に口をつぐんでうつむいた … 泣きそうになるのを堪えているのだ。
「 … もも、そろそろ汽車の時間じゃ」
吉平に急かされて、ももは最後にまた姿勢を正した。
「おらのこと、今日まで育ててくださって … ありがとうごした!」
深々と頭を下げたももに、家族も同じように頭を下げて返した。
顔を上げたももはこぼれる涙をぬぐいながら笑顔を見せた。
ももの健気さに涙する一同。
北海道までの距離を考えると、もしかしたら今生の別れになるかも知れないのに、誰もがまた会えると信じていた。
涙と笑顔に見送られてももは家を出た。
この村を出ていく者、誰もがするように、村はずれの大きな樹下でももは見慣れた甲府の景色を振り返った。
今日まで過ごしてきた故郷にお辞儀をして、ももは吉平に連れられて旅立っていった。
< もも、Girls, be ambitious. お幸せに … >
* * * * * * * * * *
その晩の夕食。
囲炉裏を囲んでいるのは、周造、ふじ、はなの3人きりだ。
「 … 行っちまっただな」
周造がポツリとつぶやいた。
「ももは、明るくて働き者だから、きっと皆に好かれて幸せにやっていけるだね」
そんなももが居なくなって安東家の食卓は火が消えたようだ。
「何だかこのうち … 広くなったね」
はなが家の中を見渡しながら言った。
「何を言ってるだ ~ うちが急に狭くなったり広くなったりする訳ねえら」
強がっているふじの言葉に皆笑ってはいるが、ももが居ない寂しさは少しも消えなかった。
* * * * * * * * * *
はなはももと約束を果たすために、新しい物語の執筆に取り掛かった。
「お姉やんの新しい物語、楽しみにしてる … 書えたら、送ってくりょう」
ももの言葉を胸に、はなは一念発起したのだ。
「よしっ、平凡な私にか書けない『普通の話』を書くじゃん!」
教会の図書室の机で原稿用紙に向かうと、自然と書き出しの文章が浮かんできた。
『百合子はひとりっ子でしたから、お友達が遊びに来ない時は寂しくてたまりませんでした』
するとウソのように次から次へと物語の続きが湧いてくる。
『誰か遊びに来ないかな ~ と言いながら、お庭の木戸から裏の原っぱへ出て行きました』
* * * * * * * * * *
『私ね、お父さん、たんぽぽは子供に似ていると思うの、チョウチョやハチと一日中元気に踊っているようじゃありませんか。
お日さまが沈むと、たんぽぽも目をふさいで眠りますのよ』
執筆の場所を変えても、筆は面白いように進み、はなは昼も夜も寸暇を惜しんで物語を書き続けた。
『お父さんもこれからは、たんぽぽを邪魔だなんて言わないようにしようね ~ お父さんは優しく百合子の頭をなでました』
* * * * * * * * * *
そして、入道雲が広がる熱い日に、はなは1本の物語を書き上げた。
白紙の原稿用紙の真ん中に物語の題名『たんぽぽの目』と書き入れ、その下に『安東花子』と署名した。
* * * * * * * * * *
数日後、はなは東京へと向かう汽車に乗った。
上京するのは、『児童の友』賞を受賞した時以来だ。
訪れた場所は向学館。
< はなは、出版社に原稿を持ち込んで、直談判することにしたのです >
「よし、こぴっと売り込むだ」
そう自分に気合を入れると編集部に足を踏み入れた。
< 気合だけは、十分です。
… ごきげんよう、さようなら >
家に戻ったはなは、庭先でふじの腕の中で子供のように泣きじゃくるももの姿を目の当たりにした。
「もも … 」
< はなは、ももの初恋が実らなかったのを、その時知ったのでした >
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< ももが北海道へ旅立つ朝がやってまいりました >
土間でせっせと荷づくりするもも。
「北海道の冬は甲府の何倍も寒いっていうから、おねえやんのもたくさん持って行けし」
はなは自分のありったけの防寒着を持ち出してきた。
「こんなにくれて … お姉やんは冬が来たらどうするでえ?」
「北海道の冬はここよりもずっと長いから」
とにかく旅立つ妹に何でもかんでも持たせてあげたいのだ。
ももが着ているのは、ははなから譲られたお茶会の時の思い出の赤い着物だ。
「もも、これも持っていけし」
周造も藁で編んだ手袋と草鞋を差し出した。
「お祖父やんありがとう、大事に使うよ」
ももの行李は、あふれそうな荷物でいっぱいになった。
「もも、これ産土様のお守りだ、持ってけし」
ふじは小さなお守り袋を手渡した。
「ほれにしても北海道なんて遠く行かんでも、この辺になんぼでもいいのが … 」
何も知らない隣のリンが余計なことを言いそうになったので、ふじは慌てて話をそらした。
「ああ、リンさんがお餞別持ってきてくれただよ ~ 」
「これ、腹壊さんように … おらのお古の腹巻だあ」
リンの餞別はいつでも腹巻だと周造が言うと皆が笑った。
「ほれじゃ、ももちゃん元気でね」
朝市に家族水入らずの邪魔をするなと言われたからとリンは慌ただしく戻っていった。
* * * * * * * * * *
「よし、ほれじゃあ、そろそろ行くけえ」
荷物をまとめ終わったももを見て、吉平が腰を上げた。
「お父、待って」
「忘れ物け?」
うなずいたももは皆に向かって座り直した。
「お祖父やん、お父、お母、お姉やん … 今までどうもありがとうごいした」
そう言って、丁寧に頭を下げた。
「もも、ほんな改まらんでも … 」
「こういうのは、こぴっとやらんとダメずら?」
「 … そうさな」
ももに言われて、周造をはじめ家族皆も座りなおした。
そして、ひとりひとりに挨拶をはじめた。
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「お祖父やん、草鞋と手袋、ありがとうごいす。
ほれと、畑仕事とわら仕事教えてくれて、ありがとごした」
「達者でな … 体にはくれぐれも気つけるだぞ」
「はい、お祖父やんもまだまだ元気でいてくりょうし」
「そうさな …
もも、我慢したらいけんぞ ~ 婿のことなんか尻に敷くぐれえがちょうどいいだからな」
笑顔でうなずいたももは、吉平を見た。
「お父、おらのために縁談見っけてきてくれて、ありがとうごいす」
「もも … 」
「ほれから、この櫛もうんとうれしかったさ ~
一生、大切にします」
「もも、ほんなこと言うな … またいつでも買ってやるから」
* * * * * * * * * *
「お母 … 」
「もも、旦那さん支えてこぴっと頑張るだよ」
「はい、お母のほうとうの味は一生忘れねえ」
「いつでもこせえてやるさ ~ ももの帰るうちはちゃんとここにあるだからねえ」
「お母 …
おら、お母みてえな強くて優しいお母になるよ」
目を潤ませて聞いているふじ。
「お母、おらのこと産んでくれて、ありがとうごいす」
「もも、幸せになれし」
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「 … ほれから、お姉やん」
ももははなの方に向き直った。
「お姉やんの書えた『みみずの女王』の話、あっちで皆に読んであげるだ」
「うん」
はなも目を潤ませ鼻をすすりながらうなずいた。
「お姉やんはおらの自慢じゃん」
北海道までは長旅だと、他の本も持たせようと取りに立とうとしたはなをももは止めた。
「ううん、おら知らねえ人が書いた本よりも … お姉やんが書いた話が読みてえ」
「もも … 」
「お姉やんがしてくれる話は、全部突拍子もなくて面白かったなあ ~
お姉やんの新しい物語、楽しみにしてる。
書えたら、送ってくりょう … 約束だよ」
目をキラキラと輝かせて身を乗り出した。
「うん」
* * * * * * * * * *
ももが急に口をつぐんでうつむいた … 泣きそうになるのを堪えているのだ。
「 … もも、そろそろ汽車の時間じゃ」
吉平に急かされて、ももは最後にまた姿勢を正した。
「おらのこと、今日まで育ててくださって … ありがとうごした!」
深々と頭を下げたももに、家族も同じように頭を下げて返した。
顔を上げたももはこぼれる涙をぬぐいながら笑顔を見せた。
ももの健気さに涙する一同。
北海道までの距離を考えると、もしかしたら今生の別れになるかも知れないのに、誰もがまた会えると信じていた。
涙と笑顔に見送られてももは家を出た。
この村を出ていく者、誰もがするように、村はずれの大きな樹下でももは見慣れた甲府の景色を振り返った。
今日まで過ごしてきた故郷にお辞儀をして、ももは吉平に連れられて旅立っていった。
< もも、Girls, be ambitious. お幸せに … >
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その晩の夕食。
囲炉裏を囲んでいるのは、周造、ふじ、はなの3人きりだ。
「 … 行っちまっただな」
周造がポツリとつぶやいた。
「ももは、明るくて働き者だから、きっと皆に好かれて幸せにやっていけるだね」
そんなももが居なくなって安東家の食卓は火が消えたようだ。
「何だかこのうち … 広くなったね」
はなが家の中を見渡しながら言った。
「何を言ってるだ ~ うちが急に狭くなったり広くなったりする訳ねえら」
強がっているふじの言葉に皆笑ってはいるが、ももが居ない寂しさは少しも消えなかった。
* * * * * * * * * *
はなはももと約束を果たすために、新しい物語の執筆に取り掛かった。
「お姉やんの新しい物語、楽しみにしてる … 書えたら、送ってくりょう」
ももの言葉を胸に、はなは一念発起したのだ。
「よしっ、平凡な私にか書けない『普通の話』を書くじゃん!」
教会の図書室の机で原稿用紙に向かうと、自然と書き出しの文章が浮かんできた。
『百合子はひとりっ子でしたから、お友達が遊びに来ない時は寂しくてたまりませんでした』
するとウソのように次から次へと物語の続きが湧いてくる。
『誰か遊びに来ないかな ~ と言いながら、お庭の木戸から裏の原っぱへ出て行きました』
* * * * * * * * * *
『私ね、お父さん、たんぽぽは子供に似ていると思うの、チョウチョやハチと一日中元気に踊っているようじゃありませんか。
お日さまが沈むと、たんぽぽも目をふさいで眠りますのよ』
執筆の場所を変えても、筆は面白いように進み、はなは昼も夜も寸暇を惜しんで物語を書き続けた。
『お父さんもこれからは、たんぽぽを邪魔だなんて言わないようにしようね ~ お父さんは優しく百合子の頭をなでました』
* * * * * * * * * *
そして、入道雲が広がる熱い日に、はなは1本の物語を書き上げた。
白紙の原稿用紙の真ん中に物語の題名『たんぽぽの目』と書き入れ、その下に『安東花子』と署名した。
* * * * * * * * * *
数日後、はなは東京へと向かう汽車に乗った。
上京するのは、『児童の友』賞を受賞した時以来だ。
訪れた場所は向学館。
< はなは、出版社に原稿を持ち込んで、直談判することにしたのです >
「よし、こぴっと売り込むだ」
そう自分に気合を入れると編集部に足を踏み入れた。
< 気合だけは、十分です。
… ごきげんよう、さようなら >
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