NHK朝ドラ『花子とアン』『ごちそうさん』『あまちゃん』…ストーリーを勝手に解釈&裏読み … ほぼネタバレ…
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2014年07月31日 (木) | 編集 |
第106回

1923年(大正12年)9月1日。

いつものように英治を仕事に送り出した花子は、歩とともに縁側でしゃぼん玉をしながら遊んでいた。

「もうすぐお祖父ちゃまがいらっしゃるから、そしたらご飯にしましょうね」

「うん」


柱の時計は、12時10分前を指していた … ちょうど、郁弥がカフェードミンゴでかよへ派手な求婚をはじめた頃だ。

* * * * * * * * * *

「かよさん … あなたは僕の女神です」

「て … 」

「僕と結婚してください」


戸惑うかよに郁弥は右手を差し出した。

「よっ、ご両人!」

「おめでとう!」


居合わせた他の客たちからヤジが飛び、店中から拍手が起こった。

しかし、かよはニコリともせず … それどころかまるで怒っているような顔をしている。

「 … かよさん?」

不安げに声をかけた郁弥をかよはにらみつけた。

「郁弥さんの … バカっちょ!」

そう怒鳴りつけると、お盆を持ったままで店の外へ飛び出して行ってしまった。

「かよさんっ?!」

呆然と見送った郁弥 … 何故すぐにかよの後を追わなかったのだろう …

* * * * * * * * * *

かよは、プロポーズされたことはうれしかったが、できればもっと静かなところでふたりきりの時にしてほしかったのだ。

「 … 恥ずかしかった」

< 郁弥の派手なプロポーズに動転して、店を飛び出したかよは気を落ち着けて、やっぱり店に引き返そうとしていました >

ふと空を見上げたかよは、思わず足を止めてしまった。

巨大な入道雲が青空にまるでそびえ立つかのように浮かんでいたのだ。

* * * * * * * * * *

庭先で三輪車に乗っていた歩が突然、空を指さした。

「て … 歩、見たこともないような大きな入道雲だね」

花子と歩が入道雲に見入っていると、木戸をくぐって平祐が庭に入ってきた。

「やあ、花子さん」

「ごきげんよう、お義父様」

「さあ、歩、今日は何して遊ぼうか?」


村岡印刷の社長を英治に譲り、一線を退いた平祐は、大森にある英治宅を訪れて、孫の歩と遊ぶことを楽しみにしていた。

「ほら、歩、お祖父ちゃま来てくださってよかったわね」

花子に抱き上げられた歩は平祐にも入道雲を指さして教えた。

「ほう ~ 」

平祐も今までこれほど巨大な入道雲を見た記憶がない。

カラスの鳴き声がやけに耳についた …

その時だった。

カタカタと小さな揺れが次第に大きくなって、本棚や窓ガラスを揺らし始めた …

* * * * * * * * * *

< 1923年(大正12年)9月1日、午前11時58分。

相模湾を震源とするマグニチュード7.9の大地震が関東地方の南部を襲いました >

後に関東大震災と呼ばれる大地震が発生したのだ。

* * * * * * * * * *

辺り一面、砂ぼこりが舞う中、花子は意識を取り戻した。

歩に覆いかぶさるような体制で倒れていることに気づき、慌てて我が子の名を呼んだ。

起き上がった歩は幸いどこも怪我はしていないようだ。

「歩 … 」

花子は歩を抱きしめながら、辺りを見回した。

平祐の姿が見えない。

「お義父様 … お義父様!」

瓦礫の隙間からうめき声が聞こえた。

「 … ここだ、歩は無事か?」

よろよろと這い出てきた平祐も無事だったようだ。

「すごい揺れだったな」

花子と平祐は改めて我が家を見た。

箪笥や机は倒れ、居間と書斎の窓は破壊され、庭のいたるところに本や屋根瓦が散乱している。

ただ、建物自体は何とかその姿を保っていた。

* * * * * * * * * *

花子は耳を澄ませた。

何処からか子供たちの泣き声が聞こえてくる。

壊れた木戸を出て家の前の路地に出ると、さっきまで遊んでいた子供たちがうずくまって泣いていた。

「大変 … 」

花子は歩を平祐に預けると、子供たちに駆け寄った。

「大丈夫、皆 … 皆、大丈夫?!」

< この地震の被害が想像以上に大きいことを、花子はまだ知りませんでした。

当時の大森は郊外の田園地帯であり、被害は比較的少なかったのです >

* * * * * * * * * *

6名いた子供たちの怪我はかすり傷程度のものだった。

「今、外に出ても危ないから、お家の人が迎えに来るまで、皆で一緒に過ごしましょう」

花子は子供たちを家に上げて保護した。

吹きさらしの居間でも、外に居るよりは安全だろう。

「花子さん」

辺りの様子を見に行っていた平祐が戻って来た。

「 … 倒れた家もある。

火事で燃えてる家も … 何処もかしこも滅茶苦茶だ」


表からは、けたたましく鳴るサイレンがひっきりなしに聞こえている。

「英治さんは?

… 銀座はどうなんでしょう?」

「さっぱり分からん … 」


平祐は表情を曇らせ首を横に振った。

* * * * * * * * * *

花子は親に分かるようにと、預かっている子供たちの名前を書いた紙を門の前に貼っておいた。

路地は瓦礫の間を縫うように避難する人々が慌ただしく行きかっていた。

* * * * * * * * * *

夜になったが、停電のため、花子はロウソクに火を灯した。

「さあ、明るくなるわよ」

門の貼り紙を見て子供を迎えに来た親がいた。

「大丈夫だったか … 火を消していて、迎えに来るのが遅くなっちまって」

花子に礼を述べて子供を引き取って帰って行った。

* * * * * * * * * *

「そうだ、何か面白い話をしましょうか?」

頻繁に起こる余震に怯えて泣き叫ぶ子供たちに花子は物語を話して聞かせることを思いついた。

「どんなお話がいいかしら?

そうね … 『涙さん』という、お話はどうかしら?」


* * * * * * * * * *

< 花子は子供たちを力づけたい一心で、必死に想像の翼を広げ、こんなお話を作りました >

「 … 昔、あるところに、あんまりなくので『涙』という名をつけられた小さい娘がありました。

何か思うようにならなければ、『涙さん』は泣きました」


子供たちは花子が即興で考えながら話すその物語に惹きこまれていった。

「ある朝、学校へ行く道で例の通りに泣いておりますと …

今日は涙さんはどうして泣いてたと思う?」


話を止めて子供たちに訊ねた。

「学校に行きたくなかったから?」

女の子の答えに花子はうなずき、話の続きをはじめた。

歩も平祐の膝の上で母親の話に耳を傾けていた。

「そこへカエルが一匹、ひょっこり飛び出してきました。

涙さんはカエルに言いました。

『何だって私についてくるのよ?』

すると、カエルは …

『何故かって言われたら、もうじきお嬢さんの周りに涙の池が出来るだろうと思いましてね』 … 」


* * * * * * * * * *

花子がそこまで話し終えた時、顔を煤だらけにした英治が居間に入ってきた。

「英治さん?!」

「 … 皆、無事でよかった」


英治は、花子、歩、平祐の顔を見て安堵の表情になった。

「パパ … 」

歩み寄る歩を英治は抱きしめた。

「無事だったか!」

「英治さん、おかえりなさい … 心配したのよ」


夫の無事を花子は涙を流して喜んだ。

* * * * * * * * * *

いつしか子供たちは眠りついていた。

「 … 帰って来る途中、そこいら中、火の海で … この世のものとは思えない光景だった」

英治は自分が目の当たりにした惨状を話して聞かせた。

「郁弥は … 会えたのか?」

平祐に訊かれ、英治は残念そうに首を横に振った。

「かよさんは?」

花子も首を横に振った。

沈黙する一同。

「 … でも、郁弥さん、かよに求婚するって言ってたじゃない?

きっと、かよと一緒に何処かに避難しているのよ」


そうあってほしい、そうに違いない … 花子は自分に言い聞かせていた。

* * * * * * * * * *

しかし、英治の表情は暗かった。

彼は、銀座が今どんな状況にあるか知っているからだ。

「会社は?」

平祐が尋ねた。

ここまで英治は会社のことはひと言も触れてはいなかったのだ。

「 … 建物は全壊しました」

平祐は表情に出しはしなかったが、どれほどのショックを受けたことだろうか …

「無事だった社員を帰した後、郁弥とかよさんを捜しにカフェードミンゴに行ってみたんだけど、火事があちこちに起こっていて … 捜すのをあきらめて帰ってきたんだ」

花子たちの無事を確認した英治は、郁弥とかよを捜すために、朝が完全に明けるのも待たずに、ふたたび銀座へと出かけて行った。

* * * * * * * * * *

一方、葉山家では …

「誰か、誰かいないの?!」

園子が金切り声で叫んでも誰ひとり駆けつける者はいなかった。

建物は無事だったものの、使用人たちは皆、金目のものを持って逃げ出してしまったのだ。

呆然とソファーに座っている晶貴。

彼に忠誠を誓うものなどおらず、見せかけだけの主従関係だったということだろう。

* * * * * * * * * *

「お兄様、お義姉様、ご無事だったんですね?」

部屋に入ってきたのは、純平を抱いた蓮子だった。

「蓮子さん、どうして?!」

「乳母がもう田舎に帰るからと、私のところに純平を連れてきてくれたのです」

「乳母まで逃げたか … 」


その時、開け放たれたままの窓から、人影が飛び込んできた。

「 … 龍一さん?!」

蓮子は我が目を疑った、愛しい龍一が目の前に現れたのだ。

「行こう … 迎えに来たんだ」

龍一の言葉に微笑んだ蓮子は純平を龍一にそっと抱かせた。

「 … この子が純平か」

こんな状況だったが、龍一は初めて我が子をその腕に抱いたのだ。

「はい」

* * * * * * * * * *

「蓮子さん、お待ちになって!」

そのまま出て行こうとするふたりを止めたのは園子だった。

「あなたも … 」

「もう自由にしてやれ!」


しかし、晶貴はそう叫んだ。

蓮子は晶貴を振り返り、二三歩前に歩み出た。

「 … お兄様、よろしいんですね?」

「ああ、好きにしろ」


晶貴の顔は憑き物が落ちたように険しさが消えていた … 何もかもあきらめた男の顔かも知れない。

長い間縛られていた呪縛から蓮子が解放された瞬間だった。

「さあ、行きましょう」

蓮子と龍一は、晶貴に深く頭を下げると、手を取り合って屋敷を後にした。

* * * * * * * * * *

村岡家で預かっていた子供たちもひとりふたりと迎えに来た親と共に帰って行った。

「おばちゃん、また『涙さん』のお話、聞かせてね」

そう言って帰って行く子もいた。

そんな親子を見送った時、花子は路地の向こうから、とぼとぼと歩いてくるかよの姿を見つけた。

「 … かよ?」

少し後に英治の姿もあった。

ふたりは重い足取りでこちらへ向かってくる。

花子は、かよに駆け寄った。

「かよ、無事だっただけ?」

煤けて汚れ、やつれた姿のかよを花子は抱きしめた。

「お帰り … よかった」

* * * * * * * * * *

「かよ、心配しただよ。

郁弥さんは … 郁弥さんと一緒じゃなかっただけ?」


しかし、かよはひと言も発せずにぼんやりと立っている。

まるで魂の抜け殻のようだ。

製糸工場から逃げ出してきた時もこれ程まではひどくはなかった。

「 … かよ?」

< … ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月30日 (水) | 編集 |
第105回

< それから1年が経とうとしておりました >

1923年(大正12年)夏。

額に汗をにじませながら、花子は書斎に向かって原稿用紙に鉛筆を走らせていた。

『余と余の民は知っている。其方は知らぬ。

私たちは、この言葉を覚えて、彼の名を賛美しよう』

花子は原稿用紙に『完』の文字を書きこむと、鉛筆を置いた。

原稿用紙を揃えて、ふうっと息をつくと満足そうに笑った。

「終わった … 」

< 『王子と乞食』の翻訳がとうとう完成しました >

* * * * * * * * * *

< 花子の『王子と乞食』の翻訳が完結したことを祝って、聡文堂でささやかなパーティが開かれました >

聡文堂の職員、村岡印刷からは平祐、英治、郁弥が、かよと歩まで顔を揃えていた。

「え~皆さん、この『ニジイロ秋号』をもって、創刊号から連載してきた『王子と乞食』の翻訳がついに完結となりました。

翻訳者の村岡花子先生、本当にご苦労様」


梶原はまず花子の労を労った。

「皆さん、本当にありがとうございました」

一同に向かって、照れくさそうにお辞儀する花子。

「それから、挿絵を描いてくれて、その縁で結婚した村岡英治君。

『王子と乞食』の原書を提供してくれた村岡郁弥君にも感謝します」


* * * * * * * * * *

「児童文学界に新風を吹き込むべく、聡文堂を設立して4年。

この『ニジイロ』がここまで続いたことを、心より感謝しています」


梶原は深く頭を下げた。

「これからも皆さん、どうぞ力を貸してください」

そう言って、乾杯の音頭を取った。

* * * * * * * * * *

パーティもひと段落した頃、ふたたび梶原が一同に呼びかけた。

「え~皆さんにもうひとつ報告があります」

亜矢子を皆の前に立たせた。

「この度、醍醐君が退職する運びとなりました」

「て ~ ?!」


初耳だったのは花子だけでなく、同僚の三田も知らなかったことのようで困惑した顔で亜矢子に訊ねた。

「まさか、ようやく結婚相手が見つかったのか?」

「違うんです、三田さん。

挑戦したい新しい道が見つかったんです」

「新しい道?」


須藤が訊き返した。

「ええ、私 … 世間がまだ知らない本当の嘉納蓮子の姿を書いてみたいんです」

亜矢子はそう言いながら、瞳をキラキラと輝かせた。

「それを書いた後はどうする訳?」

どういう訳か三田は執拗に訊ねた。

「それは、まだ分かりません。

でも書きたいという、このドキドキ … パルピテーションを今大切にしたいんです」

「引継ぎが終わるまでまだしばらく居てもらうが、皆よろしく」


その言葉が終わるや否や、がっくりと肩を落として椅子にへたり込んだ三田に須藤が不思議そうな顔をした。

「何で三田君が気落ちしてるの?

… えっ、もしかして、そういうこと?!」


一度もおくびにも見せなかったが、三田は亜矢子に恋心を抱いていたのだ。

「残りの日々も編集者として、精一杯働きますので、よろしくお願いいたします」

亜矢子へはなむけの拍手を送る一同。

* * * * * * * * * *

「え~それと、村岡印刷さんからも発表があります」

亜矢子と入れ替わって、平祐が前に出て、英治を郁弥を呼んだ。

「 … 頑張って」

花子から声を掛けられて、うなずいた英治は緊張気味に前に向かった。

「この度、村岡印刷の代表を長男の英治に譲ることにしました。

これからは、英治が社長、郁弥は専務取締役として務めますので、皆様もどうぞ今後ともよろしくお願いします」


平祐の紹介を受けて、英治が社長就任の挨拶をはじめたが、ひどく緊張しているのが誰の目にも明らかだった。

「皆様、私も弟もまだまだじゃくしゃい … 」

案の定、言葉をつっかえてしまった。

言い直したが、焦れば焦るほど、口がうまく回らない。

「 … す、すいません」

平祐は失笑しながら、英治の肩に手を置いた。

「兄さん、relax … 深呼吸して」

郁弥に促されて、英治は深く息を吸い込んだ。

気を取り直した英治は、花子を見てうなずき、仕切り直しの挨拶を再開した。

「 … 皆様、私も弟もまだまだ若輩者ではございますが、多くの読者の記憶に残る本を一冊でも多く印刷するよう精進していく所存です。

どうぞ、ご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします」


今度は何とかしくじらずに言い切ると郁弥と共に頭を下げた。

* * * * * * * * * *

「歩、パパとっても立派ね」

歩を抱き上げて、梶原と握手を交わす英治を見せながら、花子はそう話しかけた。

「あっ! … I've got an idea!」

突然、郁弥が声を上げたので、英治が驚いて振り返った。

「何だよ、急にびっくりするじゃないか?」

「郁弥さん、何、いい考えって?」


訊き返した花子に郁弥は迷わず即答した。

「『王子と乞食』を一冊の本にしませんか?」

思いもしなかった話に花子は目を丸くした。

「単行本を出版するのね ~ これだけ好評なんだもの、いい案だわ」

亜矢子が早速賛成して、梶原に確認した。

「梶原さん、いいですよね?」

すると、梶原は両手を上げて大きな丸を作って答えた。

「お姉やん、すごいじゃん」

かよに声を掛けられた花子は、自分の頬を思い切りつねった。

「痛い … 」

笑い声の中、英治が近づいてきた。

「花子さん、夢じゃないよ」

「兄さん、装丁に工夫を凝らして、今までの日本にない美しい本にしようよ。

イギリスに負けないくらい!」

「そうだな、やってみるか!」


英治は差し出された郁弥の手を握り返した。

かよはそんな郁弥のことを頼もしく見つめている。

「これからも、どんどん夢のある童話を翻訳していきますので、よろしくお願いします!

社長!」


花子に社長と呼ばれ、英治は居心地悪そうに笑った。

「社長は止めてくれよ!」

「 … しゃちょう」

「歩まで、しゃちょうは止めてくれよ ~ 」


口真似した歩のことを英治は高く抱き上げた。

* * * * * * * * * *

「 … 花子さんは、いつまで仕事を続けるつもりなんだ?」

不満顔の平祐を郁弥が呆れた顔で嗜めた。

「父さんこそ、いつまでそんなこと言ってるんだよ」

平祐は郁弥の腕を掴んだ。

「お前はちゃんと家に入る女性と結婚しなさい」

「僕は出会った瞬間から … かよさんと結婚するって心に決めてますから」


郁弥は当然のことのように平祐に言い切った。

「郁弥さん?!」

その声は花子と英治の耳にも届いていたのだ。

「あ、ちょっといいですか?」

郁弥はちょうどよい機会と思ったのか、声を潜めてふたりに手招きした。

* * * * * * * * * *

郁弥の周りに、花子、英治、平祐と村岡家の面々が集まり、何やら密談らしきことが始まった。

「実は、明日 … 求婚するつもりなんです」

「てっ、明日?!」


また急な話だった。

「あ、いや、明日は彼女のBirthdayですよね?」

「ええ」

「だから、かよさんがカフェーで働いてるところにSurpriseで … 」


郁弥は悪戯っぽく笑った後、離れた場所で何も知らず酒を注いでいるかよを見た。

「例え父さんが反対しても、僕の決心は揺らぎませんから」

そして、立ち上がり、平祐をにらみつけた。

「反対なんかしないさ」

平祐は郁弥を座らせると、顔を近づけた。

「あの子はいい。

家事の手際もいいし、料理もうまい … 何より働きもんだからな」

「Wonderful! ~ 賛成してくれてよかった!」


すると、平祐は郁弥の肩を抱いた。

「ただし … 結婚式は東京で挙げろ。

また甲府で挙げる気なら、『異議あり!』と言って、暴れてやるぞ」


冗談とも本気ともとれる平祐の言葉に郁弥は顔をしかめた。

「またですか … 」

花子と英治は自分たちの式を思い出して顔を見合わせて笑った。

「 … かよさんには、明日まで黙っててくださいね」

「ええ、郁弥さん、頑張って!」


花子が励ますと郁弥は力強く応えた。

* * * * * * * * * *

その夜のこと。

「歩やっと寝たわ」

縁側に腰掛けている英治の元に歩を寝かしつけた花子がやって来た。

「明日、郁弥さん、うまくいくといいわね」

「ああ … 」


英治は花子の方に向き直った。

「花子さん、母の形見なんだ」

そう言って、手にしていた小箱を開けて花子に見せた。

「まあ、素敵なカメオ」

赤子を抱いた聖母マリアが彫られたカメオのブローチに花子は感嘆の声を上げた。

「 … これは一度、香澄が母から受け継いだもので、彼女が亡くなる前に郁弥に託したんだ」

英治は包み隠さずに話した。

「郁弥が僕にくれたんだ。

花子さんに渡すようにって … 」


花子は英治の顔を見つめた。

「あの時、郁弥が背中を押してくれたから、僕は君と、歩と、こんなに幸せな家庭を持てた。

これ、花子さんに持っていてほしい」


英治に小箱を差し出された花子は微笑み、そっと受け取った。

「 … ありがとう、大切にします」

* * * * * * * * * *

翌日、かよの誕生日。

今日、彼女に求婚をすると宣言した郁弥は昼近くにカフェードミンゴを訪れた。

「よしっ!」

ドアの前で深呼吸すると、意を決して店の中へと入っていった。

「いらっしゃいませ、コーヒーでいいですか?」

かよがいつものように笑顔で出迎えた。

「あっ、はい」

やけにおどおどしている郁弥を見て、かよは首を傾げた。

郁弥は火照った顔を帽子で扇ぎながらソファーに座ると、腕時計を確認した。

12時10分前だ … 予定の時間まで後少しあった。

手のひらを返すと、文字が書いてある。

『貴方は 僕の女神だ』

決め台詞なのだろう … 口の中で何回も繰り返していた郁弥が窓から外を見て、飛び上がった。

店の前を四人組の管弦楽団が通るのが見えた。

「えっ、あ … 早っ」

郁弥が駆け寄るより一瞬早く、店のドアを開けて楽団は入ってきた。

彼らを呼んだのは郁弥だったが、何かの手違いか予定の時間よりも早く来てしまったのだ。

「少し早いけど、いいか … よしっ!」

* * * * * * * * * *

ほどなく、かよがコーヒーを運んできた。

緊張した面持ちで座っていた郁弥は突然、かよの名を呼んだ。

「 … Happy birthday! お誕生日おめでとう!」

すっくと立ち上がって叫ぶと、それをきっかけにして、楽団が演奏を始めた。

「てっ?!」

意味が分からず、呆然とするかよの前に郁弥は片ひざをついた。
 
かよの目を真っすぐ見つめながら言葉にした。

「かよさん … あなたは僕の女神です」

「て … 」


ただただ戸惑うかよ。

「僕と結婚してください」

郁弥はそう言うと右手を差し出した。

「かよさん」

* * * * * * * * * *

「よっ、ご両人!」
 
「おめでとう!」

居合わせた他の客たちからヤジが飛び、かよの同僚の女給たちも交えて店中から拍手が起こった。

すべて郁弥の筋書き通りに進んでいるはずだった。

しかし、かよはニコリともせず … それどころかまるで怒っているような顔をしている。

「 … かよさん?」

不安げに声をかけた郁弥をかよはにらみつけた。

「郁弥さんの … バカっちょ!」

そう怒鳴りつけると、お盆を持ったままで店の外へ飛び出して行ってしまった。

「かよさんっ?!」

< 郁弥さん、やっちまいましたね ~

… ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月29日 (火) | 編集 |
第104回

< 葉山家に幽閉されている蓮子に花子はようやく会うことが出来ました >

花子の尽力で、蓮子は出産後初めて息子との対面を果たし、涙ながらに我が子を抱いていた。

「純平、 … お父様がつけてくださったのよ。

素敵な名前ね、純平」


しかし、そんな喜びの時間も束の間のことだった。

「さあ、もうよろしいでしょう?」

園子が純平を乳母に戻すように促した。

「お願いします … もう少しだけ」

懇願する蓮子の言葉など無視して、乳母に無理やりに赤ん坊を取り上げさせてしまった。

「乳母が育てるのは、華族の家のしきたりです」

「純平!」


園子は、純平を抱いた乳母を急かすように部屋から出すと …

「あなたももうお帰り下さい」

そう花子に言い捨ててドアを閉めてしまった。

* * * * * * * * * *

遠ざかっていく赤ん坊の泣き声、顔を背け唇をかみしめる蓮子。

「蓮様 …

私、こんなの許せないわ!

赤ちゃんを母親から取り上げるなんて」


蓮子に対する葉山家の仕打ちに花子は怒りに震えていた。

「はなちゃん、もういいの … 」

「そんな?!」

「あの子、この腕で抱けただけで十分よ。

… 少しの間だったけど、龍一さんの傍で生きられて … はなちゃんも近くに居てくれて、私は本当に幸せだったわ。

何より、無事に純平が産まれて来たんだもの。

これ以上の幸せを望んだら、きっと罰が当たるわ」


蓮子は、この幽閉された空間の中で悲観的になり、人生をあきらめかけている。

それは、花子には決して許すことが出来なかった。

「今度こそ、幸せな家庭を作るって、蓮様言ってたじゃない?

龍一さんは、親子三人で暮らす日のために、弁護士の勉強を頑張ってるわ。

蓮様ももっと強く気持ちを持って!」


花子はこぼれ落ちてきそうな涙を堪えた。

「女は弱し … されど、母は強し、よ」

* * * * * * * * * *

「もし、希望を見失いそうになったら …

想像の翼を広げてみて」

「え?」


蓮子は首を傾げた。

「親子三人で幸せに暮らす日のことを思い浮かべるの …

三人でどんな家に住みたい?

ふたりにどんなごちそうを作ってあげたい?

龍一さんはきっと頼もしいお父さんになるわ。

蓮様はおっとりしていて、優しくて … 純平君がいたずらをしても、『いけませんよ』って言いながら、叱りながら笑ってるの」


花子が微笑みながら語る親子三人の生活、その風景を蓮子は目を閉じて思い浮かべた。

「 … 夢のようだわ」

蓮子の口元から笑みがこぼれた。

「そんな日が本当に来るのかしら?」

「夢は、あきらめた時に消えてしまうのよ … 決してあきらめないで」


花子の言葉に蓮子は微笑み、しっかりとうなずいた。

* * * * * * * * * *

突然ドアが開き、園子が顔を出して、花子をにらみつけた。

「あなた、まだいたんですか?!」

「いつまで蓮様をここに閉じ込めておくおつもりですか?

一日も早く、蓮様を自由にしてあげてください … お願いします」


花子は少しも怯むことなく、園子にそう訴えると、蓮子に別れを告げ部屋から出て行った。

「ありがとう、はなちゃん … ありがとう」

そうつぶやいた蓮子の顔からは悲壮感は消え、その瞳はしっかりと前を見据えていた。

* * * * * * * * * *

村岡家では英治、龍一をはじめ、亜矢子、郁弥、そしてかよの面々が花子の帰りを待っていた。

「蓮様、純平君と離れ離れにされていて … 」

「 … そうですか」


花子から報告を受けた龍一は表情を曇らせた。

「蓮子様、可愛そう … 」

亜矢子も沈痛な顔をしている。

「でも、純平君は元気でしたよ ~ すっごく大きな声で泣いていました」

「泣いていたんですか?!」


龍一は驚いて身を乗り出した。

「ええ、もう御屋敷中響き渡るぐらい大きな声で」

「そんなに泣くなんて … 純平は大丈夫なんですか?

どんなひどい扱いを受けてるんです?」


龍一には何故、花子が笑っていられるのか理解できなかったのだ。

「いえ … ですから、純平君は平気ですって … 」

花子は龍一の剣幕に戸惑っていた。

「赤ちゃんは、泣くのが仕事みてえなもんですから … 」

「そんなに大きな声で泣いていたなんて、丈夫な証拠ですよ」


かよと英治に取りなされても、龍一は未だ半信半疑の顔をしている。

「 … そういうもんですか?」

「安心してください。

乳母の方がきちんとお世話なさってたようですから」


花子はこれ以上、龍一が心配しないようにと努めて明るく振舞った。

「それならいいんですが … 」

「宮本さん、心配し過ぎですよ ~ Don't worry」


郁弥がそう言った時、ゆりかごの中でおとなしくしていた歩が急にぐずりはじめた。

「歩、どうしたの?」

花子が抱き上げた歩のお尻に英治が鼻を近づけた。

「ああ、おしめだな」

* * * * * * * * * *

純平との生活が始まれば必要だろうと、龍一はおしめの換え方の手ほどきを受けることになった。

「え~、おしめというのは、赤ん坊にとって非常に迷惑なものです」

龍一は英治の前置きに真剣に耳を傾けていた。

「だから、おしめを外すと、その解放感から … 」

英治の手元を覗きこんでいた龍一の顔をめがけて、水鉄砲のように歩が小便を引っかけた。

「あっ、すみません!

… こういうこともあろうかと注意しようと思ったんですが、遅すぎましたね」

「 … よく分かりました」


それから、龍一は英治に指導受けながら、歩におしめを当てることを試みたが … 不慣れな手つきと、歩の気が散ってなかなかうまく出来ない。

「こうやって、気を引くといいですよ」

かよがデンデン太鼓を取り出して、頭上で鳴らしてみせると、歩の興味はそれに移った。

「お願いします」

デンデン太鼓を郁弥に預けたかよは、龍一に代ると、手本をみせはじめた。

「前を厚くするです」

かよの手際よさに郁弥は感心していた。

「わお ~ かよさんはベイビーの世話も手慣れたものですね・

… 理想のお嫁さんだ」


郁弥のさりげない言葉にかよが頬を染めた時、歩が奇声を発した。

おしめを換えてもらって、さっぱりしたのだろう。

一同が笑顔に包まれた。

* * * * * * * * * *

「かよさんと郁弥さん、何だか最近いい雰囲気よね」

台所からそんな様子を見ていた亜矢子が花子に語り掛けた。

「そうね」

兄弟、姉妹でふた組の夫婦になるのも悪くないかも知れない。

「今日はね、はなさんに報告があってお邪魔したの」

亜矢子が突然改めてそう言った。

「報告?」

「 … 私、実は今、蓮子様のことを生い立ちからずっと調べているの。

彼女がこれまで、どんな思いで生きてきて、何故駆け落ちという道を選んだのか … いつか記事にしたいと思っているの」


亜矢子の行動力にはいつも驚かされる花子だった。

「醍醐さんなら、きっと素晴らしい記事を書けるわ」

花子に太鼓判を押されて、亜矢子はうれしそうに笑った。

「ありがとう ~ はなさんにも取材させてね?」

「て … 私も?」

「お願いね … じゃあ、これで失礼するわ」


亜矢子は龍一にも蓮子との馴れ初めを聞かせてほしいと一方的に約束させて颯爽と帰って行った。

「さ、もう一度練習してみよう!」

「あ、はい … 」


英治に促されて、龍一はまた歩のおしめに手をやった。

* * * * * * * * * *

日が暮れて、郁弥とかよが村岡家から出て来た。

「蓮子さんと純平君の様子が分かってよかったですね」

「ええ」

「それにしても、かよさんは料理上手の上にベイビーの世話まで手慣れてて … かよさんと結婚する男は幸せだな」


歯に衣着せず、思ったままを素直に口にできる郁弥、それでも少しも嫌味がないのは天賦の資質だろう。

郁弥はふと足を止めて、かよを見た。

「あの … 結婚したら、子供何人ぐらい欲しいですか?」

「てっ?!」


その質問は順番が違うだろう?

「僕はいっぱい欲しいんですよ … フットボールチームが作れるといいなあ」

ひとりで楽しそうに笑っている。

「 … ほれは、何人くらいなんです?」

「11人です」

「て ~ 11人?!」


かよは目を丸くした。

「何て … 勝手な幻想ですけど」

さすがに冗談で言ったのだが、かよから返ってきたのは意外な返事だった。

「 … いいと思います」

「えっ?」


歩きはじめていた郁弥は再び足を止めて振り向いた。

「11人もいたら、賑やかで楽しいじゃんね … きっと」

かよは笑っていた。

「かよさん … 」

歩き出したかよは佇んでいる郁弥を追い越して、ゆっくりと振り返った。

「郁弥さん、送ってくれんですか?」

少しはにかみながら口にした。

「of course … 送ります、送りますとも」

郁弥はたちまち笑顔に戻って、かよの隣りに並んで歩きはじめた。

* * * * * * * * * *

「かよ … 」

いい雰囲気になりかけたふたり、背後から声をかけたのは吉太郎だった。

「てっ、兄やん?!」

「 … お義兄様?」


吉太郎は帽子を取り、郁弥に一礼した。

「どうも … かよさんを、こぴっとお家までお送りいたします」

郁弥は直立不動になって、軍隊のように礼儀正しく礼をして返した。

「お姉やんのとこに来たずら?

早く行けし … 」


随分、邪魔者扱いだったが、吉太郎はうなずくと村岡家と向かっていった。

「て ~ びっくりした」

吉太郎を見送りながら、同時に同じ言葉を発したふたりは、顔を見合わせて吹き出した。

* * * * * * * * * *

「これ、歩に … 」

吉太郎が携えてきた風呂敷包みを開くと中から木で作った可愛い玩具の船が出てきた。

「て ~ これ、兄やんが作ったの?」

「うん」


色まできちんと塗られていて、横にローマ字で『AYUMU』とまで書いてあった。

「ありがとう ~ 」

「よかったな、歩 ~ これさ、お風呂に浮かべて遊ぼうか?」


英治は気を利かせて、歩を連れて風呂に入りに行った。

* * * * * * * * * *

「あ、兄やん … 蓮様が元気な男の子を産んだだよ」

「ほうか … 」


返事は素っ気なかったが、驚きは隠せなかった。

「ずっと言おうと思ってたけんど、あん時、蓮様の居場所教えてくれてありがとうごいした」

花子は頭を下げた。

「でも、どうして蓮様の居場所分かったで?」

何も答えない吉太郎に花子はもう一度訊ねた。

「兄やん、宮本龍一さんのことも知ってたら?」

「 … 実は、職務でずっと宮本龍一のことを調べてただ」


花子は仰天した。

「宮本さん、何か悪いことしたの?」

憲兵の兄に目をつけられるなんて一体?!

「いや … ただの人違いだっただ」

吉太郎の言葉に花子はホッと胸をなで下ろした。

蓮子と暮らし始めてから、社会主義の運動どころではなく、その上、弁護士の資格を取るために大学へも戻り、勉学に勤しんでいる龍一は、危険人物が載るリストからすでに外されたということか。

「 … ほうか、蓮子さん、お母さんになっただか … ほうか」

吉太郎は不器用に笑うと何度もうなずいていた。

* * * * * * * * * *

蓮子は、明りを消した部屋で、手の届かない高さにある小窓から差し込む光に照らされながら、月を見上げていた。

『もし、希望を見失いそうになったら … 想像の翼を広げてみて』

花子の言葉を思い出して、そっと目を閉じてみた。

ほどなく笑顔になる蓮子。

* * * * * * * * * *

吉太郎は村岡家の縁側に座って、同じ月を見上げていた。

季節はもう秋、虫の声が聞こえている。

花子もその隣に座って、月を見上げた。

思えば、昔 … 甲府の家でもこうやって兄妹で月を見上げたことがあった気がする。

< 美しい月に蓮子の幸せを祈る吉太郎と花子でした。

… ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月28日 (月) | 編集 |
第103回

< 無事に子供を産むため、花子の実家にやって来た蓮子でしたが、血眼になって探していた兄に見つかり、連れ戻されてしまいました >

葉山家で蓮子に与えられたのは、ベッドと机だけが置かれた小さくて薄暗い部屋だった。

髪を下し、無表情の蓮子が座らされた椅子の背後に園子が立った。

「私だって、本当はこんなことしたくないんですのよ」

園子は、やむを得ぬことだと念を押すと、蓮子の髪の毛を手に取り、無情にもハサミを入れた。

何度も何度も容赦なく繰り返され、バサバサと切り落とされていく。

その様子を監視するように、にらみつけている晶貴。

大切な黒髪を無残に切り刻まれても、蓮子は涙ひとつ浮かべず、お腹の子を守るように手のひらに当てた。

< 産まれてくる子を守るためなら何も恐れない。

自分はどんな辱めでも受けよう … 蓮子はそう覚悟しておりました >

* * * * * * * * * *

1922年(大正11年)夏。

『 … 蓮様、いかがお過ごしですか

お腹の赤ちゃんは健やかにお育ちですか … 』

< 花子は蓮子のことを案じながら、なすすべもなく、葉山家に手紙を何通も送り続けておりました >

花子は、手紙は果たして蓮子の手元に届いているのか不安だった。

* * * * * * * * * *

龍一は、蓮子に合わせてほしいと、連日のように葉山家を訪れていたが … その願いは受け入れてもらえず、門前払いを食らい続けていた。

「もうそろそろ、赤ちゃん生まれる頃ですよね。

… お元気だといいのだけれど」


花子の言葉に龍一は表情を曇らせた。

「蓮子さんのことだから、きっと気丈に頑張ってるよ。

母は強し … っていうじゃないか」


英治にそう励まされても、力なくうなずくだけだった。

「そう言えば、お母さんからの勘当は解けたの?」

「ああ … ええ、何とか。

今年の試験に受かって弁護士になれなかったら、今度こそ家から叩きだすって言われてますけど」


* * * * * * * * * *

「ごめんください、はなさん!」

その時、玄関から亜矢子の声が聞こえた。

「醍醐さん、ごきげんよう」

「お邪魔してもよろしくて?

お話があるの」


何だか慌てている亜矢子を花子は家に上げた。

* * * * * * * * * *

「お客様?」

ドミンゴで顔を合わせたことはあると思うが、亜矢子は龍一とは初対面といってよかった。

「紹介するわ、宮本龍一さん」

「この方が?!」

花子に紹介された亜矢子は挨拶することも忘れて、龍一の前座った。

「おめでとうございます!」

「えっ?」


ポカンとした顔の龍一に亜矢子は続けた。

「蓮子様、無事に男の子を出産なさったんです」

* * * * * * * * * *

目を見開いて体を乗り出した龍一。

花子も驚いて、亜矢子に訊きかえした。

「醍醐さん本当なの?」

「ええ、確かよ」


何故、亜矢子が知っているのか英治が尋ねた。

「私、蓮子様にお話を伺いたくて、葉山家に足を運んでいたんです。

何度行っても断られましたが、しつこくお願いしているうちに、あそこの運転手さんが教えてくださったんです」


花子には、亜矢子の強引さがに困惑する運転手の姿が目に浮かぶようだった。

「今朝、御産婆さんが御屋敷に呼ばれて、無事に産まれたそうよ。

母子ともにお健やかですって」

「蓮子も子供も元気なんですね?」

「ええ」

「よかった ~ 」

「よかったな、おめでとう」


祝福する花子と英治。

言葉に出来ないほどの喜びをかみしめていた龍一は、懐から折りたたまれた紙を取り出した。

『愛子』と書かれていた一枚目を置き、二枚目の『純平』と書かれた紙を両手に持ってじっと見つめた。

「赤ちゃんの名前?」

「はい … 男の子か … 純平」

「坊やの名前、蓮様に伝えてあげたいわね」


花子は亜矢子に何とか蓮子に会える方法はないかと相談した。

「そうね …

あっ、あそこの運転手さんなら、きっと力を貸してくれるわ ~ 任せといて!」


* * * * * * * * * *

< 蓮子の兄の晶貴は再び、嘉納伝助の屋敷を訪れておりました >

晶貴がサロンのソファーで神妙な顔をして伝助が来るのを待っていると、扉が勢いよく開かれた。

晶貴は飛び上がるように立ち上がったが、入ってきたのは伝助ではなく、嘉納鉱業の番頭たちだった。

「おい、女は何処におるとか?!」

先頭の男が激昂して晶貴を問い質した。

「蓮子は、東京だ … 」

いきり立つ男たちを前にして晶貴は怯えていた。

「今すぐ、首に縄つけて連れてこんか!」

「ようも嘉納伝助の顔に泥を塗ってくれたな ~ ただじゃ済まんぞ!」


別の番頭が晶貴の肩を押してソファーに座らせ、周りを囲んで、それぞれが大声で罵倒を浴びせた。

* * * * * * * * * *

「やめんかっ!」

伝助の鶴のひと声で男たちは静まり、晶貴は直立不動の体制に戻った。

「 … うちんもんたちが失礼した」

伝助は配下たちの非礼を詫びるとソファーに腰を下ろした。

「嘉納様、蓮子はうちに連れ戻しました」

「そうらしいな … 」


晶貴の報告を聞くまでもなく、伝助の元にもすでに情報は入っていた。

「誠に … 誠に申し訳ございません」

晶貴はひざまずき、頭を下げた。

「本来ならば、蓮子が嫁いだ時の結納金をすべてお返しして償うべきところ。

ですが、葉山家にはもうその手だてもございません。

… せめてものお詫びに、どうかこれを納め下さい」


晶貴は持参した包みを開いて、伝助の前に差し出した。

そこには束ねた蓮子の黒髪があった。

「蓮子に髪を下させました。

蓮子は尼寺に行かせます!

あの男とは死ぬまで二度と合わせません!」


そう誓うと、土下座してみせた。

* * * * * * * * * *

穏やかな表情で蓮子の髪を見つめていた伝助は、ていねいにそれを包み返すと、晶貴の方へと押しやった。

「 … 赤ん坊は生まれたとね?」

土下座したままの晶貴に静かに尋ねた。

まさかそのことまで伝助が知っているとは思わなかった晶貴は驚いて顔を上げた。

「は、はい」

「そうね … 」


伝助の顔に安堵の色がみえた。

* * * * * * * * * *

「赤ん坊やと?!」

「駆け落ちした男ん赤子ば産ませたとか?!」

「ここまでコケにされて口惜しかですばい!」


晶貴に掴みかかった番頭たちに向かって、伝助はもう一度一喝した。

「いいか、よく聞け!

蓮子のこつは、これで終いにする。

あいつは、この嘉納伝助が一度は惚れて嫁にした女やき。

手出しする奴が居ったら、俺がただじゃおかんぞ!」


今まで怒り心頭だった強面の男たちが反論ひとつ出来なかった。

「 … 末代まで、ひと言の弁明も無用!」

そう言って男たちににらみを効かせた後、伝助はサロンから立ち去った。

* * * * * * * * * *

晶貴が留守の葉山家、園子の元に運転手の日下部が駆け込んできた。

「奥様、蓮子様の女学校からの友人という方が、ひと目でいいから蓮子様に合わせてくれと … 何度追っ払っても、門の前から動かないのです」

報告が終わり切らないうちに日下部の後ろから現れたのは、訪問着を来た花子だった。

「どうして中に入れたりしたんですか?!」

「申し訳ございません!

ご近所の目もありますので … はい」


人の良さそうな日下部は、亜矢子に加えて、花子の強引さに説得されてしまったのだろう。

「村岡花子と申します。

奥様、どうかお願いします。

蓮子さんにひと目でいいので合わせてください」


園子はその名前に聞き覚えがあった。

「村岡花子 … あなた、甲府に蓮子さんを連れてった人じゃないの!

今度は一体何をするおつもり?」


不信に満ちた目で花子をにらみつけた。

「赤ちゃんのお父様から大切なものをお預かりしているんです」

花子は「お願いします」と何度も何度も繰り返し、園子に頭を下げ続けた。

「あの、断るとこの方が外で騒ぎ立てるのでは?」

情にほだされた日下部が園子にそう進言した。

人の目を気にする園子が騒ぎ立てられることを極端に嫌っているからだ。

「 … 仕方がありませんね」

花子は園子の後を追いながら、日下部に礼を述べた。

* * * * * * * * * *

「このことはお兄様には内緒ですよ。

私が叱られるんですからね」


園子は蓮子にそう釘をさすと、花子を部屋の中へと通した。

晶貴が留守でなかったら、どんな手を使っても会うことは叶わなかったかもしれない。

「はなちゃん?!」

「蓮様 … その髪どうしたの?!」


肩の辺りまで、不揃いに短く切られた蓮子の髪の毛を見て、花子は顔色を変えた。

「何でもないの … 」

「何でもないって、誰かに切られたのね?!」


切った本人は花子のすぐ後ろにいた。

「 … それより、はなちゃん、よく来てくれたわね」

蓮子は花子の手を取って涙を流さんばかりに喜んだ。

「私、赤ちゃんを産んだのよ ~ 元気な男の子よ」

「おめでとう、本当によかったわ。

龍一さんもすごく喜んでたわ」

「坊やが産まれたこと、龍一さんも知ってるの?!」


蓮子は目を丸くした。

「ええ … 坊やは何処?」

花子はこの部屋の何処にも赤ん坊の姿がないことに気づいた。

「 … この家に居るわ。

乳母が面倒を見ていて、私は会えないけれど」


* * * * * * * * * *

花子は愕然とした。

そんな理不尽な話があるものか?!

「どうしてですか?

母親がお腹を痛めて産んだ子に合わせてもらえないなんて」


園子に抗議せずにはいられなかった。

その時、屋敷の何処からか、赤ん坊の泣き声が聞こえてきたのだ。

「坊やもお母さんに会いたくて泣いてるじゃないですか!」

赤ん坊の声は蓮子の耳にも届いていた。

「蓮様、私が連れてくるわ!」

部屋を飛び出して行こうとする花子の前に園子が立ちはだかった。

「行かせてください!」

「わ、分かりました。

今、つれてきますよ … 本当に何て強引な人なのかしら?!」


園子は忌々しそうに口にすると、ドアを思い切り閉めた。

* * * * * * * * * *

「これ、龍一さんから預かってきたわ」

ふたりきりになった花子はバッグから龍一から預かってきたものを取り出して、蓮子に手渡した。

それは、赤ん坊の名前が書かれた紙だった。

「純平 … この名前を龍一さんが?」

花子がうなずいた時、ドアが開いて園子が戻って来た。

「少しだけですよ」

またもや釘をさすと、その後ろから赤ん坊を抱いた乳母が入ってきた。

「あっ、坊や!」

蓮子は乳母が抱く赤ん坊に駆け寄った。

* * * * * * * * * *

そして、大切に大切に赤ん坊を抱き取った。

「まあ、何て可愛らしい赤ちゃんなの。

よかったわね … お母さんに抱っこしてもらえて」


覗きこんだ花子も笑顔になった。

「純平 … お父様がつけてくださったのよ。

素敵な名前ね、よろしくね」


蓮子は泣きながら、はじめてその腕で抱いた我が子に話しかけた。

「純平 … 」

< 純平君、お母さん会えてよかったですね。

… ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月27日 (日) | 編集 |
まずは、先週のおさらいを …



それでは、次週の「花子とアン」は?

実家の葉山伯爵家に連れ戻された蓮子(仲間由紀恵)は、園子(村岡希美)によって断髪を余儀なくされる。

龍一(中島歩)は毎日、葉山家を訪れるが門前払いを食らい、花子(吉高由里子)や英治(鈴木亮平)とともに蓮子の身を案じていた。

ある日、蓮子が男の子を出産したとの知らせがもたらされ、花子は何とか葉山家を訪問しようとする。

いつまで蓮様をここに閉じ込めておくつもりですか?

醍醐(高梨臨)の尽力もあり、花子は幽閉された蓮子と再会する。だが蓮子は、出産直後から赤ん坊と引き離されていた。花子が園子にかけあって、蓮子は初めて息子と対面を果たすのだった。

弁明も無用!

一方、蓮子の兄・晶貴(飯田基祐)が、福岡の伝助(吉田鋼太郎)邸を訪れる。嘉納鉱業の面々がいきり立って晶貴を取り囲む中、蓮子の髪を渡された伝助は …

一年後、大正12年。

『王子と乞食』の翻訳を完結させた花子をねぎらうため、聡文堂で祝賀会が催される。その席で、醍醐が退職することと、村岡印刷が平祐(中原丈雄)から英治へ代替わりすることが発表される。

『王子と乞食』を一冊の本にしませんか?

郁弥(町田啓太)は『王子と乞食』を単行本化してはどうかと梶原(藤本隆宏)に提案し、花子たちは夢を膨らませる。

結婚したら、子供何人ぐらい欲しいですか?

バカッチョ!


また、かよ(黒木華)に思いを寄せる郁弥は、あるとっておきの計画を花子と英治に打ち明ける。

翌9月1日、大森の村岡家で、花子が平祐や歩と昼食を摂ろうとしていたとき、突然大きな揺れがやって来る …

この島から抜け出す道はひとつしかありません … 笑うんです

花子とアン 公式サイト、YAHOO!テレビガイド他を参照)

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2014年07月26日 (土) | 編集 |
第102回

『レンコサンケヅク』

電報を受け取った龍一は、その晩のうちに甲府を目指して旅立った。

その手には、伝助から預かったトランクだけを携えて。

村岡家を出る龍一の後を尾行(つけ)る黒い影 … 晶貴の執事だった。

* * * * * * * * * *

「大変、大変、怪しい男が来るだよ!」

村岡家に駆け込んできたリンは、見るからに怪しい男に安東家の場所を聞かれたと血相を変えて報告した。

「 … 逆の方指しといたけんど」

狭い村だ、その程度のことでは見つけられるのは時間の問題だろう。

「まさか、蓮様がここに居るってこと、知られたずらか?」

一同に緊張が走った。

「蓮子さん、おらたちがこぴっと守るから心配しなんでいい」

吉平の言葉に蓮子はうなずいた。

* * * * * * * * * *

その時、入口の障子に人影が映り、ゆっくりと戸が開かれた。

「この男じゃん!」

「おまん、何をしに来ただ?!」


吉平が男の前に立ちはだかった。

「あの、こちらに … 」

「龍一さん?!」


怪しい男というのは、何のことはない … 東京から駆けつけた龍一だった。

「蓮子!」

龍一は一歩踏み出して、蓮子のお腹を見た。

「 … まだ生まれてなかったのか?」

「ええ … 」

「電報もらって、慌てて駆けつけたんだ」

「 … 電報?」


花子はいぶかしげに聞き返した。

「『レンコサンケヅク』って … 」

「てっ?!」


目を丸くして驚いたのは蓮子だった。

「ほれが … お父の早とちりで」

ふじがすまなそうな顔をした。

「 … て、ことは … ボコのお父け?」

「て ~ ?!」


リンと吉平、電報を打った張本人のふたりは目をパチクリさせていた。

* * * * * * * * * *

「これは?」

「嘉納鉱業の番頭が置いてった。

君に渡せと … 」


龍一はトランクと一緒に預かった一通の封筒を蓮子に差し出した。

封を開けると、中から手紙と鍵が出てきた。

『嘉納伝助は妻蓮子を離縁する』

手紙にはただ一行そう記してあり、もう一枚入っていたのは離婚届だった。

蓮子はそれを龍一にも見せた。

「 … 実は、この間、嘉納さんと会って話をしたんだ」

蓮子が動揺しているのが分かった。

「はじめは話し合いなんてもんじゃなかった。

村岡さんが居なかったら、どうなっていたか分からない」


龍一は花子を見た。

「でも、嘉納さん、最後は分かって下さったんですね?」

花子の問いには答えず、龍一は離婚届にもう一度視線を落とした。

あまりにも見事な伝助の潔さだった。

* * * * * * * * * *

蓮子は、封筒に入っていた鍵を手にトランクを見つめた。

「何が入っているのかしら?」

鍵を開け、トランクを開くと … そこには、指輪や宝石などの宝飾品がぎっしりと詰まっていた。

全て、蓮子が伝助から買い与えられたものだった。

花子は息を呑んだ。

こんなにたくさんの宝飾品を一度に目にしたことなどなかったからだ。

「て ~ ?!」

部屋の外で様子をうかがっていた、ふじ、吉平、リンの3人も花子と同じだった。

「ふじちゃん、こんな宝石見たことねえじゃんな ~ 」

「これが宝石けえ … 美しいねえ」

「これ全部、蓮子さんのもんけ?」


リンに訊ねられた蓮子は顔を強張らせて否定した。

「いいえ、私のものではありません。

あの人から頂いたものは一切捨てて、私は嘉納の家を出てきたんです。

ですから、これも送り返しましょう」


出産祝いと称した額面が書かれていない小切手と共に送り返すというのだ。

「よし、そうしよう」

龍一はうなずくとトランクのふたを閉じてしまった。

* * * * * * * * * *

その日の夕食は、リンの他に朝市も呼ばれて、ささやかな宴のようだった。

「龍一君、飲もう ~ 朝市、おまんも飲めし!」

若者と話すことが好きな吉平はご機嫌で、龍一と朝市の盃に酒を注いだ。

「ほいじゃあ、ボコが元気に産まれてくることを祈って … 乾杯!」

「お父の早とちりのお蔭で、龍一さん来てくださってよかったわね」

「ええ」


蓮子は花子の言葉にうれしそうにうなずくと、龍一にふじがこしらえたほうとうが入った椀を手渡した。

「お母のほうとうは日本一なのよ」

「美味いです!」


蓮子と暮らし始める前の龍一はこんなにいい顔で笑えるような男ではなかった。

「うんとこさ、こせえたから、お替りしてくりょう」

* * * * * * * * * *

「 … 本当に全部送り返しちもうだけ?」

リンがトランクを前にして、さも名残り惜しそうにつぶやいた。

「返す前にちっと触ってみてもいいけ?」

「どうぞ」


蓮子は笑いながら快く許した。

朝市は目くばせして嗜めたが、リンは嬉々としてトランクを開けてしまった。

* * * * * * * * * *

「龍一君、家は東京け?」

「ああ、はい」

「もうじき、孫が生まれるから、親御さんも喜ぶら?」


吉平の問いに龍一は少し気まずそうに答えた。

「いいえ、父はすでに亡くなってますし … 勉強もしないで、演劇ばかりやっていたので、母からも愛想尽かされて … 勘当されたんです」

「てっ、勘当?」

「今は弁護士目指して、真面目に大学行ってますけど」

「父親になるんだから、こぴっと頑張ってもらいます」


隣りで蓮子が冗談っぽく釘をさすと皆が笑った。

「大学で好きな学問、思いっきし出来るなんて … おらに取っちゃ夢みてえな話だ」

「朝市はほんなこんより、早く結婚して、早く孫の顔見してくれちゃあ」


余計な口を挟んだリンを振り向いた朝市は絶句した。

「どうでえ、似合うけ?」

蓮子のティアラを勝手に頭につけたリンに一同は大爆笑。

* * * * * * * * * *

「龍一君」

吉平は龍一に酒を勧めた。

「こぴっと精進して、立派な弁護士になれし … ほうして、いい父親になるだよ」

「はい」

「産まれてくるボコがまた、お母さんとの縁をつないでくれるら。

ほうしたら、蓮子さんにも東京のお母ができるじゃんね」

「ええ」


裏表のない、ふじの言葉はいつも蓮子を泣かせた。

「蓮様、これからはきっといいことばっかりよ」

ここにいる誰もが花子が言う通りの明日が訪れると信じていた。

蓮子は改めて幸せをかみしめた。

この幸せは、ふたりだけでは到底手に入れることは叶わなかっただろう。

「はなちゃん、お父様、お母、リンさん、朝市さん … ありがとうございます」

皆に向かって頭を下げると、龍一もそれに倣った。

「この子が無事に産まれて、大きくなったら教えてやります。

あなたは、こんなに暖かい人たちに囲まれて、祝福されて産まれて来たのよって … こんなに幸せなことはありません」

「僕も蓮子も世間をすべて敵に回したと思ってたんだ。

本当にありがたいです」


龍一はもう一度、頭を垂れた。

* * * * * * * * * *

「そうだ、赤ちゃんの名前、決まりましたか?」

少々湿っぽくなった雰囲気の中、花子が話題を変えた。

「それが、なかなか決められなくて … 」

龍一が懐から取り出した紙には、いくつか絞り込まれた名前が記してあった。

「急がんきゃ、本当に産まれちもうぞ」

吉平の言葉にまた一同が笑った。

* * * * * * * * * *

富士の山が朝陽に映える気持のいい朝だった。

「おはようございます」

「お父さん、昨夜は楽しかったですね」


蓮子と共に居間に出て来た龍一に向かって吉平は待ち構えていたように口を開いた。

「おう、龍一君、出かけるじゃん」

「お父、何処行くで?」


まだ朝飯も食べていないのに … 花子は怪訝な顔をした。

「牧師様に安産のお祈りをしてもろうだ」

「歩が産まれる時も、お父、教会でお祈りしてもらっただよ」

「ほれじゃあ、蓮様の分もこぴっとお祈りしてもらってくりょうしね」

「お願いします」


蓮子も頭を下げた。

「じゃあ、行くぞ!」

吉平は歩を抱いたまま、龍一を伴っていそいそと出かけて行ってしまった。

「お父、息子がひとり増えたみたいじゃんね」

見送りながら花子が笑った。

* * * * * * * * * *

女性たちが朝食の支度をしていると、突然、勢いよく入口の戸が開けられ … 黒ずくめの服を着た男がふたり、無言で入ってきた。

「どちらさんですか?」

ひとりは晶貴の執事だ。

執事が顎で指図すると、もうひとりの男が勝手に居間に上がり込んできた。

「何をするで?!」

男は蓮子の腕に掴み掛った。

「何ですか、あなたたち」

有無を言わさず、蓮子を引きずり出そうとする男にすがりついたふじは腕に噛みついた。

「痛てててっ」

男に振り払われて転倒しそうになったふじを花子が受け止めた。

「蓮子さん、逃げろし!」

ふじに駆け寄る蓮子。

その時、恐ろしい顔をした晶貴が家に入ってきた。

「お兄様?!」

* * * * * * * * * *

「 … そのお腹の子は、宮本龍一の子か?」

晶貴は蓮子を目の玉をむいてにらみつけた。

蓮子も負けじとにらみ返した。

「そうです」

その言葉に晶貴の怒りが爆発した。

「連れて行け、早く!!」

執事たちにもの凄い剣幕で命じた。

「乱暴は止めて!」

花子とふじは必死に抵抗したが、蓮子を男たちに奪われてしまった。

そのまま外へ出ようとする暴漢たちの前に騒ぎを聞きつけて駆けつけたリンや村の衆が立ちはだかった。

「おまんら、妊婦に寄ってたかってなにょうするだあ!」

クワやスキ、カマを手にした村の衆に男たちは一瞬怯んだが、リンは突き飛ばされ、他の者も瞬く間に追いやられていった。

結局、百姓の敵う相手ではなかったのだ。

「誰か、駐在さん呼べし、駐在さん!」

* * * * * * * * * *

男のひとりが、蓮子を守ろうとするふじに手を掛けようとしたその時だった。

「止めてください!

お兄様、もう止めさせてください!」


蓮子は立ち上がって絶叫した。

「お兄様 … ってことは、伯爵様け?

こんなろくでもねえまねする伯爵もいるだけ!」


リンが驚いた通り、身分は高く、身なりは立派でも晶貴ほど卑しい人間はいないだろう。

「私は何処へでも行きます。

お兄様のおっしゃる通りにしますから、もう乱暴は止めてください!」


蓮子は自分のために大切な人たちが傷つけられることを望まなかった。

「蓮様、行っては駄目!」

「ほうだよ、元気なボコをここで産むずら!」


花子とふじは大声を上げて蓮子を止めた。

「もうじき、赤ちゃんが産まれるんです!

お腹の赤ちゃんのお父さんと引き離さないでください、お願いします!」


花子は懸命に訴えたが、鬼の形相の晶貴は蓮子の腕を掴むと容赦なく引っ張った。

「ああ?!」

* * * * * * * * * *

「どうして、妹にこんなひどいことが出来るの?」

晶貴は掴み掛った花子の手を振り払った。

「はなちゃん?!」

しかし、花子はあきらめずに晶貴に食って掛かった。

「蓮様にもやっと愛する家族が出来たのよ!

家族の誰にも愛されたことない蓮様がようやく愛を見つけたのに … 何故、お兄さんのあなたがそれを引き裂くの?

蓮様だって、幸せになったっていいじゃないですか?!」


晶貴は表情ひとつ変えない。

「もういいの、はなちゃん … お母、リンさん。

はなちゃん、お世話になりました」


蓮子は笑顔を作って、お辞儀した。

「何が起きても、この子は私が守る … そう龍一さんに伝えて」

「蓮様 … 」

「大丈夫よ。

必ず … 必ず、また会えるから」


花子は気丈に振舞う蓮子のことをじっと見つめた。

それを遮るように晶貴は蓮子を表へと連れて出て行ってしまった。

「蓮様 … 」

追うことも出来ずに花子はその場に立ち尽くしていた。

< 必ず、必ず、必ず … また会える日が来ますように。

… ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月25日 (金) | 編集 |
第101回

やっとの思いでふたりを引き離した英治。

伝助と龍一は居間の座卓を挟んでにらみ合いを続けていた。

「とにかく、おふたりで冷静に話し合ってください」

ふたりの真ん中に座った英治はそう念を押して、自分は席を立とうとした。

「村岡しゃん、おっちゃれ!

ふたりだけんなったら、俺はこの男を殺すかも知れんき」


ただの脅しとも思えず、英治は止むを得ずその場に座りなおした。

それほど伝助の顔は殺気に満ちていた。

* * * * * * * * * *

このまま黙ってにらみ合ったままでは埒が明かない。

英治は、まず伝助に切り出した。

「え~と、それであの … 嘉納さんは、うちにどういったご用件で?」

「はなちゃんに会いに来たったい。

蓮子の居場所を聞きに。

ようやくいろんなゴタツキも落ち着いたき、嘉納家としての蓮子の処遇を決めにゃあならんき … 」


もし、ここに蓮子が居たら、家族まで巻き込んで、どんな修羅場になっていたか … それを考えると、英治は背筋が凍る思いがした。

花子が歩を連れて、蓮子を甲府に送っていったことが、不幸中の幸いだった。

「ばってん … 蓮子の男が居るとは、手間が省けたたい」

伝助はもう一度、龍一に蓮子の居場所を問い質した。

「 … 蓮子の言い分は、新聞の絶縁状の通りです」

龍一が口を割るはずもなかった。

* * * * * * * * * *

「ひとつ聞いちょく」

「何ですか?」

「お前は蓮子が石炭王の女房やき、ちょっかい出したっちゃろ?」


伝助の質問に龍一は首を傾げた。

「駆け落ちやらしたとも、石炭王の俺にほえ面かかせたかっただけやろ?」

「ち、違う」

「ちゃ~んと、恥かかしてもろうたばい。

お前の望み通りじゃ、もう満足したろもん?」

「違う!」


龍一は声を荒げた。

「あんたは関係ない!

俺は、俺は蓮子内面に惹かれた … 俺は蓮子というひとりの女性を愛してるんだ!」


伝助は静かに質問を続けた。

「お前、月にいくら稼ぎよると?」

「はあ?」

「あいつは大変なお姫さんばい … お前みたいにケツの青い学生に養える女やない。

蓮子は連れて帰るき、居場所を教えろ!」


* * * * * * * * * *

「あんたの元には帰さない!

俺たちは一生一緒だと誓ったんだ!」

「貴様、自分の立場が分かって言いよるとやろなあ?!」


伝助は龍一の態度に再び激昂した。

「訴えるなら、訴えろ!

そのくらいの覚悟、とっくに出来てんだよ!」


窮鼠猫を噛む … もう伝助ににらまれてすくんでいた龍一ではなかった。

「やっぱし、ぶっ殺しちゃる!」

言うが早く伝助は座卓を乗り越えて、龍一に飛びかかった。

「嘉納さん、止めてください!」

英治は慌てて、龍一に馬乗りになっている伝助を引き離そうとした。

「蓮子は何処か?!」

「止めてください、嘉納さん!」


必死に叫ぶ英治、伝助は龍一の胸倉をつかんだ手に更に力を込めた。

このままでは本当に龍一を殺してしまう。

「蓮子さんは、お腹に赤ちゃんが居ます!」

* * * * * * * * * *

「何っ?!」

伝助の動きが止まり、顔を上げた。

「 … もうじき産まれるんです」

伝助は馬乗りになっている龍一の顔を見下ろした。

「こいつの子か?」

龍一は伝助の手を振り払うと、見上げながら答えた。

「はい」

* * * * * * * * * *

伝助の体から一気に力が抜けていくのが分かった。

束の間、とても悲しげな表情をみせると、目を閉じて … そして、声を上げて笑いはじめた。

ひとしきり笑った後、目を開けた伝助は、龍一が信じられないような優しい顔をしていた。

「 … 小切手帳を出せ」

傍らの番頭に命じると、ゆっくりと龍一から離れて、座卓へと戻った。

伝助は小切手に判を押すと、それを龍一の前へと差し出した。

「金額は好きなだけ自分で書け」

そう言って席を立った。

「嘉納さん … 」

英治は伝助に声をかけたが何を言えばいいか分からなかった。

「出産祝いじゃ」

「 … こんな金はいらない」


龍一はにらみつけた。

「お前にやるとやない … 蓮子への祝い金じゃ。

福岡にあるあいつのもんは、後で送らせる」


* * * * * * * * * *

「蓮子は受け取らない!」

居間から出て行く伝助の背中に龍一は叫んだ。

伝助は一瞬立ち止まったが、そのまま出て行ってしまった。

龍一は … 蓮子が自分のことを選んだのは間違いはない。

しかし、人間として男としての器量は明らかに伝助に及ばないことを思い知ったのだ。

* * * * * * * * * *

そんな出来事があったことなど、露知らず …

歩を抱いた花子と蓮子が散歩から戻ると、吉平とふじが竹で籠を編んでいた。

「この籠は、蓮子さんのボコの分だ」

「それじゃあ、私にもお手伝いさせてください」


蓮子は土間の隅にあった竹の束を手に取った。

「ほんなこん、しなんでいいから ~ 」

次の瞬間、蓮子はふらふらと土間にへたり込んでしまった。

「あっ、蓮子さん?!」

「大丈夫?!」


慌てて、駆け寄った花子とふじ。

「すぐに横になった方がいいら」

「て、大変だ ~ 産婆さん呼んでこんと」

「大丈夫です … 少し立ちくらみがしただけですから」


* * * * * * * * * *

再び村岡家。

日を改めて伝助の番頭が届けに来たというトランクケースを前に英治、龍一そして、平祐が考え込んでいた。

「蓮子さんの物が入ってるのか?」

「鍵がかかってますが、そうだと思います」


本人に断りもなく開ける訳にはいかないだろう。

* * * * * * * * * *

「あれ、何だ ~ 花子さんも歩もいないのか」

そこへ能天気な調子で郁弥がやって来たが、目当ての歩が居ないので少々不満な顔になった。

「甲府の実家に帰ってるんだ」

郁弥は、龍一に気づいて挨拶を交わした。

「お客さん?」

曖昧にうなずいた英治 … 実は、郁弥だけまだ事情を知らされていないのだ。

本人も何となく、いつもと違う微妙な空気は感じているようだが。

その時、かよが訪れたので、郁弥は機嫌を取り戻した。

* * * * * * * * * *

かよの手料理で食卓を囲む一同。

「宮本さん、何処かで会ったような気がするんだけどな … 」

郁弥が首を傾げている。

「カフェードミンゴだろ?」

平祐に言われて、納得して大きくうなずいた。

「ああ ~ 僕もあそこの常連なんですよ」

あまり突っ込まれたくない龍一は気のない返事を返した。

「で、兄とは何処で?」

タイミングよく、玄関の戸を叩く者がいた。

* * * * * * * * * *

「宮本さん、電報です!」

英治は、玄関で受け取った電報を慌てて龍一に手渡した。

『レンコサンケヅク(蓮子、産気づく)』

「大変じゃん、すぐに行かんと」

「かよちゃん、ごちそうさま!」


食事している場合ではなかった。

「What's going on?

宮本さん、何処か行くんですか?」


急に血相を変えて、居間から飛び出して行った龍一を見て、郁弥が不思議そうに訊ねた。

< ひとりだけ事情が全く分かっていない人がいるようです >

* * * * * * * * * *

「蓮様、大丈夫?」

蒲団に横になった蓮子のことを花子とふじがつきっきりで診ていた。

「もう平気よ、ありがとう、はなちゃん」

「蓮子さん、無理しちゃいけんよ … 寝てろし」


体を起こそうとする蓮子をふじが慌てて止めた。

「本当にもう大丈夫ですから」

「駄目よ、蓮様、横になって … 赤ちゃんに障ったら大変だわ」


すると、蓮子は穏やかに笑いながら言った。

「はなちゃん、そんなに心配しないで。

これがはじめてのお産じゃないから」


蓮子はそう言うが、もしものことが起きてからでは遅いのだ。

* * * * * * * * * *

土間では、歩を抱いた吉平がそわそわと落ち着かないでいた。

「蓮子さんの旦那は、まだ来んだか?」

「さっき、電報打ったばっかで、ほんな早く東京から来られる訳ねえじゃん」

「てっ、リンさんいつの間に?」


何か事あると必ず現れるリン、蓮子の部屋から出てきたふじが目を丸くした。

「電報って?」

「心配しなんでも『レンコサンケヅク』ってちゃんと打ったさ」


リンは得意満面で胸を張った。

「ほんな電報打っちまっただけ?」

「婿殿が産まれそうだって、慌ててたじゃんけ」

「産まれるのはまだまだ先!」


それを聞いて、一番残念そうな顔をしたのは吉平だった。

* * * * * * * * * *

「何だか最近、この家怪しい。

皆、何か隠してませんか?」


食後の洗い物をするかよを手伝いながら、自分だけ蚊帳の外に置かれているような気がして郁弥は面白くなかった。

かよは、ボヤキながらも、せっせと濡れた食器を拭いている郁弥を見つめた。

いくらなんでも、これでは郁弥が可哀想だ。

「郁弥さん … 秘密守れますか?」

「えっ?」


棚から先ほど届いた電報を取り出しと、郁弥に見せた。

「レンコ、サンケヅク … ?!」

「蓮子さん、実家の人に見っかって連れ戻されんように、お姉やんが甲府に連れてったです」

「really?

あっ、じゃあ … 蓮子さんと駆け落ちした帝大生って?!」


かよはうなずいた。

「宮本さんです」

* * * * * * * * * *

郁弥は言葉をなくして、電報を手にしたまま、背中を向けてしまった。

「郁弥さん、聞いてます?」

不審に思ったかよが後ろから顔を覗きこむと … 郁弥はボロボロと涙をこぼして泣いているではないか。

「てっ … 」

「すいません … 感動してしまって。

産まれて来ようとしている命を、皆で守っているなんて … こんなに素晴らしい話はないです」


恥じることなく涙を流しながらも笑みを見せた。

「そんな家族の一員で僕も誇らしいです」

自分だけが知らなかったことを咎めることもせず、素直で優しい心を持つ郁弥にかよは少し惹かれていた。

* * * * * * * * * *

席を外していた花子が部屋に戻ると、蓮子は布団から出て、籠の中の歩をあやしていた。

「蓮様、暖かくしてなくちゃ」

花子は蓮子の肩に丹前をかけた。

「甲府の夜は東京の夜よりもずっと寒いんだから」

「ありがとう、はなちゃん。

何だかお母さんみたいね」

「蓮様だって、もうじきお母さんになるんだから … こぴっとしてないと」

「はい、こぴっとします」


蓮子がおどけて答えると、ふたりは顔を見合わせて笑った。

「 … こんなに皆に大事にしてもらえて、この子は本当に幸せね」

お腹の子を見つめながら、蓮子は、しみじみと幸せをかみしめて言った。

「大事にするわよ ~

だって、蓮様もお腹の赤ちゃんも私たちの家族同然 … いいえ、家族だもの」

「はなちゃん … 本当にありがとう」

「蓮様、絶対に幸せになってね」


蓮子はうなずいて、きっぱりと宣言した。

「今度こそ、幸せな家庭を作るわ」

< これ程、強い意志を持ち幸福そうな蓮子を花子はかつて見たことがありませんでした。

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2014年07月24日 (木) | 編集 |
第100回

誤解が解けた花子と蓮子。

それから、花子は差し入れを持って足しげく龍一の下宿を訪れた。

「いつもすみません」

「いえ、こちらこそいつも子連れですみません」

「歩君、本当に可愛らしいわ ~ ごきけんよう」


蓮子は花子の膝に抱かれた歩に微笑みかけた。

「はなちゃん、私も … 新しい命を授かったの」

喜びをかみしめるように言うと、お腹を包むように手のひらを当てた。

「てっ?!」

「何があっても、この子を守るって、龍一さん言ってくれたの」


蓮子が頼もしそうに顔を見ると、龍一は照れくさそうに花子に向かってうなずいた。

「おめでとう!」

花子は自分のことのように喜んで祝福した。

「ありがとう … 元気な赤ちゃんを産むわ」

* * * * * * * * * *

1922年(大正11年)・初夏。

< 蓮子の駆け落ち騒動から八ヶ月が過ぎました。

歩もすくすく成長しています >

この日、花子は仕事が休みの英治と共に蓮子の隠れ家を訪ねた。

< 蓮子と龍一は、龍一の父の古い友人である山川弁護士の元に身を寄せておりました >

「山川先生、たびたび家族で押しかけてしまって申し訳ありません」

英治が恐縮して言うと、山川は朗らかに笑って答えた。

「いやあ、とんでもない ~ 賑やかで私も楽しいですよ。

まあ、外に出られない蓮子さんのためにも遊びに来てやってください」


* * * * * * * * * *

花子は腕によりをかけて作った、蓮子の好物が詰まった重箱を座卓に並べた。

「まあ、美味しそう」

蓮子はハッとして大分大きくなったお腹を触った。

「あっ、うちの子も … 動いたわ」

「ねえ、これ赤ちゃんの名前?」


花子が手に取った紙には、いくつもの名前が書きとめてあった。

男女合わせて10以上は書いてある。

「ええ、龍一さんも私も、どんどん新しい名前が浮かんで、ちっとも決まらないの」

「うちもそうでした」


英治が笑った。

「えっ、そうだったの?」

「そうなの … 産まれるまで、決まらなくて」

「それは、花子さんが妙に名前に拘ってたからだろ?」

「だって人も物も名前って大事だもの!」


* * * * * * * * * *

英治の言葉にムキになった花子を見て、蓮子は遠い目をした。

「そうよ … もし、バラがアザミやキャベツという名前だったら、同じように香らないのではありませんか?」

< おや、昔何処かで聞いたセリフですね … >

秀和女学校時代、大文学会のロミオとジュリエットの公演でジュリエット役の蓮子が即興で考えたセリフだった。

「 … やっぱり、名前は大事よね?

はなちゃん」

「ええ、その通り」


分かっている者同士だけで楽しそうに笑っている。

話が見えない英治は歩に話しかけた。

「ママたちは本当に仲がいいな ~ 」

* * * * * * * * * *

「蓮様、どうかして?」

今の今まで楽しそうにしていた蓮子がふと目を伏せ愁いを帯びた表情をみせたのだ。

「 … 最近、時々不安になるの。

本当にこの子を無事に産んで守れるのかって」

「蓮様 … 」

「世間はずっと静かになったけど、家の者たちは今も私たちを血眼で探し回ってると思うわ」


< 蓮子の事件はまだ終わっていないのです >

「案ずるより産むが易し …

私が歩を産む前に不安だった時に、蓮様がそうおっしゃったじゃないの」


花子に言われて、蓮子は気を取り直し、微笑んでうなずいた。

* * * * * * * * * *

そこへ龍一が青ざめた顔をして帰ってきた。

挨拶もそこそこで部屋に入るなり、慌ててカーテンを閉め、後から来た山川は障子を閉めた。

「龍一さん、どうしたの?」

蓮子が不安げに尋ねた。

「 … 尾行られていたようだ」

「えっ?!」

「滅茶苦茶に走り回ったから、まけたと思うんだけど … 」


そのせいで龍一の息は未だに荒かった。

「いよいよ、ここも危険になったようだな … 」

山川の言葉で一同が緊迫した表情になった。

「そんな … でも、何処へ行けば … 」

蓮子は途方に暮れた。

* * * * * * * * * *

その時、花子は絶好の隠れ家を思いついた。

「そうだ、しばらく甲府の家に身を隠したらどうかしら?」

「君の実家か、あそこなら安心だ」


英治も賛成した。

「 … はなちゃん、いいの?」

蓮子は申し訳なさそうな顔で花子を見た。

「蓮子をお願いできますか?」

「任せてください」


花子は龍一に向って大きくうなずいた。

* * * * * * * * * *

これで取りあえず、蓮子の行く先は決まった。

「龍一、お前も何処か別の場所に身を隠した方がいい。

お前だって見つかったら、どんな目に遭わされるか分かったもんじゃないからな」


山川はそう言うが、龍一に他に行くあてなどなかった。

「それじゃあ、宮本さんは我が家へいらっしゃったらどうですか?

ここよりは安全でしょう」


英治の考えに今度は花子が賛成した。

「でも、僕までご迷惑じゃないですか?」

「遠慮なんかしている場合じゃないだろ!

… ご好意に甘えさせてもらったらどうだ?」


山川に諭され、龍一は考え込んだ。

「遠慮なんかいりませんから。

父や弟もしょっちゅう来るので、騒がしいかもしれないですけど」

「宮本さん、是非うちにいらして」


龍一は蓮子がうなずくのを見て、村岡家に厄介になることを決めた。

「どうぞよろしくお願いします」

< こうして蓮子は、花子の実家へ行くことになりました >

* * * * * * * * * *

場所は変わって、カフェードミンゴ。

「先生、やっぱり嘉納蓮子を題材にして書くべきですよ」

花子に代わって宇田川満代の担当になっていた亜矢子は、新しい題材として蓮子のことを提案していた。

「あなたもしつこいわね … 」

しかし、満代はまったく話に乗って来なかった。

「私、更に彼女について調べてみたんです。

調べれば調べるほど、彼女は今の時代を反映してる存在だと思うんですよ。

古い因習に縛られて、人生をあきらめてしまった女性たちに希望を与えるためにも是非、女性の宇田川先生が書いてください!

お願いします」


熱心に口説いたが、満代から返ってきたのはつれない言葉だった。

「私は白蓮のことなど書きません。

… 何度言われても答えは同じ」

「どうしてですか?」

「共感するものがないからよ」


バッサリと切り捨ててしまった。

思いつめたような亜矢子の顔を見て、満代は意地悪く言った。

「それ程、ご執心なら、あなたが書けばいいじゃない?」

「私が?」

「誰もあんな人に共感しないと思うけど … 」


最初は驚いた顔をした亜矢子だったが、次の瞬間、何かを決心したような表情になった。

「 … そうでしょうか?」

満代は自分の言葉に初めて異を唱えた亜矢子の顔を見返した。

「まさか、あなた本当に書く気?」

亜矢子は答えはしなかったが、彼女らしからぬ挑戦的な目をしていた。

* * * * * * * * * *

「お父、お母、ただいま帰りました」

歩をおぶった花子が実家に戻ると、吉平とふじは目尻を下げて歩にまとわりついた。

ひとしきり騒いだのを見計らって、蓮子が遠慮がちに家に入ってきた。

「ごきげんよう … お父様、はじめまして。

お母様、大変ご無沙汰しております」

「お母でいいだよ ~ よく来たね、蓮子さん」


まるで娘が帰ってきたかのように、ふじは快く蓮子を迎えた。

「お母 … この度はお世話になります」

「自分の家だと思って、くつろいでおくんなって」

「ありがとうございます」


吉平はこの家で一番いい座布団を蓮子にあてがった。

* * * * * * * * * *

「お父、お母 … ちと、ちと!」

花子はせわしく吉平とふじを呼び寄せた。

「 … 分かってるらね?

蓮様がここに居るってことは、絶対に誰にも知られちゃいけんだよ」

「おう、任せとけし … おらたちが、守ってやらあ」


吉平もふじも承知の上のことだった。

「こぴっと秘密にするだよ ~ 」

「リンさんだけには、絶対に知られんようにしんと」


あの女に知られたら、あっという間に甲府中に広まってしまうだろう。

「おらがどうしたって?」

うなずき合っていた3人は飛び上がって驚いた … いつの間にリンが後ろに立っていたのだ

「てっ、どっから湧いて出たで?!」

そう言いながら3人は蓮子が見えないようにリンの前に壁を作った。

「失礼ずら ~ 人のことを虫みたいに言わんでくれちゃあ、ちゃんとこの戸から入ってきたじゃん。

あらあら、これがはなちゃんのボコけ?」


リンはふじが抱いている歩をみて頬を緩めた。

「可愛いじゃんね ~ 」

花子は歩を受け取るとリンの前で抱いてみせた。

「リンおばさんだよ ~ 」

歩をあやすリンの動きに合わせて、吉平とふじが移動して前に立ちはだかった。

「何を隠してるでえ?!」

これだけ不自然な動きをしたら、リンだって怪しむだろう。

* * * * * * * * * *

遂にリンは蓮子の姿を目にしてしまった。

「てえ!!

あ、あんた … 石炭王に嫁いで駆け落ちした伯爵のお嬢様の蓮子さんじゃんけえ?!」


身を乗り出して、蓮子に訊ねた。

「こんな田舎まで駆け落ちしてきただけ?

相手の帝大生ちゅうのは何処でえ、えっ、何処で … 」


その上、蓮子の腹が大きいことに気づいた。

「てえ ~ ボコが産まれるだけえ?」

「ああ、ご無沙汰しております … 朝市さんのお母様」

「ほりゃ、どうも」


お辞儀したリンに、花子は言った。

「おばさん、こぴっと聞いてくれちゃあ」

「何でえ、ほんなおっかねえ顔して?」


バレてしまったことはもう仕方がない。

こうなったら、リンも味方に加えるしかないのだ。

「蓮様がここに居ることは、絶対に秘密にしてくりょうしね」

「誰かに知られでもしちゃあ、蓮子さんの身が危ない」


吉平まで深刻な顔で多少大袈裟に言った。

「て ~ ほんな危ない目に遭ってるだけ?

わかった、蓮子さんのことは誰にも言わん!」

「絶対ね」

「うん、絶対絶対絶対に言わんさよ ~ 」


根が単純なリンは何度もうなずくと人差し指を立てて自分の唇に押し当てた。

* * * * * * * * * *

その夜、東京には雨が降った。

龍一は産まれてくる子供のために紙にいくつも名前を書いては考え込んでいた。

それを覗きこみながら英治が言った。

「悩みますよね ~ 」

「はい」

「風呂沸いてますよ」


居候の龍一は一番風呂は遠慮した。

* * * * * * * * * *

英治が風呂に入ってほどなく誰かが玄関の扉を叩く音がした。

龍一はそのままやり過ごそうとしたが、訪問者はしつこく扉を叩き続けた。

その時、父親や弟が頻繁に訪れるという英治の話を思い出した。

龍一は扉を開けてしまった。

「ごめんください」

傘を差した訪問者は龍一を見て頭を下げた。

その顔を見て龍一は固まってしまった。

そこに立っていたのは嘉納伝助だったのだ。

「おまんは … 」

伝助も龍一の顔に見覚えがあった。

「あん時の?」

* * * * * * * * * *

カフェードミンゴで開かれたクリスマスパーティーに蓮子を迎えに行った時、絡んできた酩酊の青年だった。

「これはこれは、石炭王の嘉納伝助 … 様ではありませんか?」

伝助が知り合いかどうか尋ねると、蓮子は首を振った。

* * * * * * * * * *

伝助の頭の中で点が線に結ばれた。

傘を投げ捨て、龍一をにらみつけた。

「 … 貴様か?」

息を呑む龍一、蛇ににらまれた蛙のように身動きすることが出来なかった。

「貴様やったんか?」

龍一ににじり寄ってきた伝助はいきなり胸倉に手をやった。

「蓮子は何処じゃ?

言わんかっ!

蓮子は何処に居るとか?!


「 … ここには居ません」


怯えながら答えた龍一を伝助は押し倒した。

「とぼくんな!

蓮子は何処じゃ、何処じゃ」


* * * * * * * * * *

大声を聞きつけて、湯上りの英治がようやく玄関に飛び出してきた。

「言わんか!」

伝助は馬乗りになって、龍一の胸倉を締め付けている。

「嘉納さん、いけません!

暴力はいけません!」


英治が止めに入ったが、興奮した伝助に振り払われてしまった。

「嘉納さん、いけませんよ、嘉納さん!」

しかし、英治は必死に伝助の体を押さえた。

「ちょっと、あなたも見てないで止めてくださいよ!」

伝助についてきた番頭は、もみ合う3人をただ冷めた目で見つめて突っ立っているだけだ。

「蓮子は何処じゃ、蓮子は何処じゃ、言わんか!!」

* * * * * * * * * *

一方、甲府では …

「お母のほうとう、やっぱり天下一品です」

すっかり気を落ち着けた蓮子は久しぶりに追手の不安から解消されているようだった。

「蓮子さん、ボコの名前はもう考えただけ?」

「それが、未だ迷ってるようで」

「急がんきゃ、産まれちもうじゃんけ」


蓮子は穏やかに笑った。

「産まれるまでには、未だ時間がありますから」

「パパたち、どうしてるかね?」


花子は歩に話しかけた。

< パパたちが組んず解れつの大格闘をしているとは、夢にも思わないママたちでした。

… ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月23日 (水) | 編集 |
第99回

< 蓮子の身内や新聞記者たちが血眼になって、蓮子を捜していました >

花子は吉太郎が残したメモにより蓮子の居場所を知った。

< … 花子は蓮子に会えるのでしょうか? >

* * * * * * * * * *

メモに書かれた住所を見つめていた花子が突然出かける支度をはじめた。

「英治さん、歩を見ててくれる?

… 私、行ってくる」

「えっ、これから?」

「まだ電車あるから」


そう言う問題ではない、英治は慌てて、花子を止めた。

「ちょっと、落ち着けよ。

親友を思う気持ちは分かるけど … 蓮子さんとは、しばらく距離を置いた方がいい」

「 … どうして?」


花子は英治が何故そんなことを言うのか信じられなかった。

「世間が、これだけ大騒ぎしてるのに、君まで巻き込まれたらどうするんだ?

… こんなこと言いたくないけど、君は蓮子さんに利用されたんだぞ。

歩の顔見に来るなんて、真っ赤なウソだったし、親友の君を隠れ蓑に駆け落ちするなんてひどいじゃないか?!」


英治の言うことはもっともなことだった。

「蓮様と会ってちゃんと話を聞くまで本当のことは分からないわ」

「僕は行くべきじゃないと思う。

彼女はこれ以上、世間を騒がせないで、一日でも早く福岡のご主人の元に帰るべきだよ」

「英治さんたら、蓮様を非難している頭の固いお爺さんたちと同じこと言うのね」


花子は新聞を手に取ると英治の胸に突きつけた。

「英治さんがそんなに石頭だとは知らなかったわ」

「石頭?!

僕は君を心配して言ってるんだよ」

「いくら止めても私は会いに行きます」

「強情だな、君も」

「行くと言ったら、行きます!」

「駄目と言ったら、駄目だ!」


ふたりの言い争う声で目を覚ました歩が泣きはじめてしまった。

歩を抱き上げる花子。

< 村岡家、初の夫婦喧嘩でした >

* * * * * * * * * *

結局、その夜、花子は蓮子に会いに行くことを思いとどまった。

しかし、あきらめた訳ではなかった。

気まずい雰囲気で朝食を済ませた途端、花子は英治に切り出した。

「英治さん、日曜だから家に居るんでしょう?

私出かけますから、歩の世話お願いします」

「 … 花子、何度言ったら分かるんだ?!」


花子は意外という顔で英治を見た。

「へえ ~ 花子?

こういう時は呼び捨てにするんだ?」


英治はムッとして、にらみつけた。

「とにかく、ひとりで行くなんて駄目だ!」

花子もにらみ返し、ふたりが無言でにらみ合っていると、玄関の方からかよの声が聞こえた。

「おはようごいす」

* * * * * * * * * *

「てっ、かよ … どうしたで?」

「蓮子さんの居場所、分かっただって?」


居間に入ってきたかよは何故かそのことを知っていた。

「かよさん、無理言ってすいません」

どうやら、かよを呼んだのは英治らしい。

「歩君、グッドモーニング ~

今日は、かよ叔母ちゃんと遊ぼうね」


かよはゆりかごから歩を抱き上げながら、事情を説明した。

「昨夜、お義兄さんからカフェーに電話もらっただよ。

お姉やんが蓮子さんのとこ行くって聞かないんで、お義兄さんも一緒についてくから、子守頼むって」

「て ~ ?」


花子が英治を見ると、気まずそうに立ち上がった。

「じゃあ、着替えてくる」

「私、ひとりで大丈夫よ」

「 … 本当にママは強情だな」


英治は微笑みながら歩に話しかけると居間から出て行った。

まるで子供扱いされているようで、花子は面白くなかった。

「仲良く行ってこうし」

ふくれっ面の花子をかよはそう宥めた。

* * * * * * * * * *

メモの住所を頼りに花子と英治は蓮子が潜んでいる龍一の下宿を捜し当てた。

「 … ここだわ」

部屋の戸をノックしようとする花子を制して、英治が前に出た。

蓮子が出るとは限らないのだ。

ノックの音を聞き、部屋にひとりきりでいた蓮子に緊張が走った。

「ごめんください … 」

聞いたことがあるような男性の声だが、龍一の仲間ではない。

「 … どちら様ですか?」

警戒心いっぱいに恐る恐る訊きかえした。

* * * * * * * * * *

返ってきたのが蓮子の声だと確認した花子は、英治の後ろから飛び出した。

「蓮様、私よ!」

その声にハッとする蓮子。

花子は戸をノックした。

「蓮様、蓮様、入るわよ」

戸を開けようとしたが、開かない。

英治とふたりがかりで思いきり開けると、上がり框に蓮子が倒れていた。

どうやら戸が開かないように抑えていたらしい。

「蓮様 … 」

花子が駆け寄ると、蓮子は後ずさりしながら、部屋の外へと飛び出した。

しかし、英治に行く手を遮られ、後を追ってきた花子に挟み撃ちされると、蓮子は逃げる事をあきらめた。

* * * * * * * * * *

止むを得ずにふたりを部屋に上げたが、蓮子は背を向けて座っていて、顔も見ようとしない。

「どうしてここが分かったの?」

「それは言えないけど … すごく心配したのよ。

私の顔見て、逃げるなんてひどいわ」


花子は真剣に怒っていた。

「私は、二度とはなちゃんに会うつもりはなかったわ

… 会わす顔ないもの」


どこか捨て鉢な蓮子の言い草に口を開いたのは英治だった。

「花子に会いに行くと言って、ご主人の前から居なくなったそうですね?」

「ええ … 」

「子供が生まれたら、顔を見に来てくれるって言ったのも、あれも全部ウソだったの?」

「 … そうよ、駆け落ちの計画を周到に立てて、あなたを利用したの」


花子に訊ねられ、蓮子は悪びれることなく認めた。

「あの、いくら何でも、それはひどいんじゃないですか?

花子はあなたが失踪してから、心配で夜も眠られなかったんですよ … 今頃、何処でどうしているかって。

家族みたいに心配してたんですよ」


* * * * * * * * * *

「ご迷惑をおかけしました。

こんな私とはもう関わらない方がいいわ … お帰り下さい」


英治は花子が心配で様子をうかがった。

静かな表情で、まっすぐ蓮子を見据えていた。

「 … 分かりました、帰ろう」

「いいえ … 私、帰らないわ。

ちょっと、ふたりにして」


少し躊躇した英治だったが、花子の望み通り、席を立って部屋から出て行った。

* * * * * * * * * *

「蓮様、私、今すごく怒ってる」

その言葉に蓮子ははじめて花子の顔を振り返った。

「 … 道ならぬ恋を止めろと、はなちゃんずっと言ってたものね。

こんな騒ぎを起こした私を軽蔑して?」

「軽蔑なんて … 」

「でも、怒っているんでしょ?」

「ええ、これ以上怒ったことがないっていうぐらい怒っているわ」


蓮子は叱られている子のような怯えた目で花子を見た。

「十年前、蓮様が石炭王の嘉納さんのところへ嫁ぐって知った時も私、泣いて怒ってたわよね?

子供だったの … あの時、蓮様の本当の気持ちが分からなかった」


今の蓮子のつれない態度も本意ではないことだと、お見通しだったのだ。

* * * * * * * * * *

「でも、私も英治さんと恋愛して、苦しい思いもたくさん知ったの。

『止めなきゃ』って頭で分かっていても、引き返せない恋愛があるってことも、今なら分かるわ」


張り詰めていた花子の表情が緩んだ。

「蓮様、今はじめて正直に正直に生きようとしてるんでしょ?」

蓮子は目を真っ赤にしながらうなずいた。

「はなちゃん、私ね … 人を愛するってどういうことか、はじめて知ったの。

溢れ出てくるの … どんどん … それを、あの人に分けてあげたいの」


蓮子の言うことが花子にもよく理解が出来た。

「他には何も望まないわ。

身分も何もかも捨てて、あの人と生きていきたいの」


* * * * * * * * * *

花子は、携えてきた風呂敷包みの中から古い栞を取り出した。

そして、蓮子の横に並んで座りなおすと、それを見せた。

「ねえ蓮様、これを覚えてる?」

蓮子の文字で『翻訳者 安東花子、歌人 白蓮』と書かれていた。

「秀和の庭で書いた栞ね … こんなの未だ持ってたの?」

「ええ … 」


ふたりにとって思い出の深い栞だった。

「蓮様、あの時からこう言ってたわ。

『一番欲しいものは、燃えるような心、誰かを本気で愛したい』って」


花子は蓮子の顔を見た。

「その夢が叶ったのね」

* * * * * * * * * *

「よかった、本当によかった。

世間が何と言おうと、私は蓮様の味方よ」


そのひと言で蓮子の目から大粒の涙があふれてきた。

「はなちゃん … 」

「それなのに、蓮様ったら、もう二度と会えなくてもいいなんてひどいわ!」


花子は涙を溜めた目で蓮子をにらみつけた。

「 … それで、はなちゃん怒ってたの?」

「そうよ ~ 許せないわ、もう会えなくてもいいなんて」

「はなちゃん、ごめんなさい」


蓮子は泣きじゃくりながら花子の手を握った。

「本当にごめんなさい!」

* * * * * * * * * *

「はあ ~ 

あんまり怒ったら、お腹が空いてしまったわ」


花子が風呂敷包みを解くと中から弁当箱が現れた。

「蓮様の分も作ってきたわ」

ふたを取って、中からお結びを取り出すと、蓮子に手渡した。

花子に促されて、ひと口食べた蓮子。

「美味しい … こんなに美味しいお結び、生まれてはじめて食べたわ」

花子もそんなこと言われたのは生まれてはじめてだった。

「蓮様、よっぽどお腹が空いてたんでしょ?」

「ええ」


ふたりはようやく顔を見合わせた笑うことができた。

< … ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月22日 (火) | 編集 |
第98回

< 蓮子と龍一の駆け落ち事件は更なる騒ぎへと発展していくのでした >

蓮子からの『絶縁状』に端を発する一連の新聞報道に我慢できなくなった伝助は、ついに反撃に出た。

反論文を載せると言い出したのだ。

* * * * * * * * * *

「東西日報の黒沢です」

連絡を受けた黒沢が別件の取材から嘉納邸に駆けつけると、すでに先輩記者の下山が伝助が口述する反論を書き留めている最中だった。

「今、こん人に代わりに書いてもらいよるき」

そう言って、伝助は反論を続けた。

「蓮子、お前には何不自由ない暮らしを与えちゃり、勉強もさせちゃって、小遣いでん欲しいだけくれちゃった。

俺は、田舎もんの無教養もんで、文学の世界やら分からんばってん、お前が歌集を出版したいち言いよった時も何ひとつ小言も言わんで、金を出しちゃった」


淡々と語る伝助。

あらためて省みると、彼が蓮子に与えていたのは、物資面だけの充実でしかなかった。

伝助の言葉をせっせと書き留める下山 … 裏腹に黒沢の表情は冴えなかった。

「お前みたいなわがままなお姫様、受け入れようと努力したとは、嘉納家の人間たい!」

怒りが込み上げてきた伝助は机を叩いた。

「 … まあ、言いたいことはこげなもんたい」

* * * * * * * * * *

「嘉納さん、この反論を手記として連載しましょか?」

下山は提案したが、黒沢は即座に異を唱えた。

「私は反対です。

このような反論文など、公開すべきではありません!

… あなたの名を貶めるだけです」

「黒沢、何を言いよるとか?!」


憮然とする伝助に黒沢は諭すように語った。

「冷静に考えてみてください。

このような手紙を蓮子さんが自ら新聞に公表したとは、私には思えないんです」


下山は頭を抱えてしまった。

「蓮子さんはそんな非道なことをする人じゃないでしょう?」

伝助は苦悩に満ちた顔でつぶやいた。

「 … 分からん」

「嘉納さん、反論文を公表するなど、あなたらしくない。

考え直してください」


筑豊の石炭王としての誇りまで失くしてはいけない … 黒沢はそう言いたかった。

* * * * * * * * * *

「ばってん、恩を仇で返したとは、あっちですばい!」

「いや、反論文を出すとは … 止めた」


伝助は、あっさりと黒沢の諫言を聞き入れてしまった。

「そげな、嘉納さん、ちょっと … 」

慌てる下山の言葉を遮って、伝助は席を立つとサロンから出て行ってしまった。

「お前は何を考えちょるとか ~  こげな最高のネタを潰す奴があるか?!」

下山は声を上げて責め立てたが、黒沢は毅然と言い返した。

「我々には、もっと書くべきことがあるはずです!」

黒沢もさっさとサロンを後にした。

* * * * * * * * * *

それと入れ違いに入ってきたのはタミだった。

「下山しゃん、旦那様の反論を新聞に出しちゃってくれんね」

下山は帰り支度する手を止めて、タミを見た。

「あのお姫さんに言われっ放しじゃ、腹の虫が治まらんばい!

やられっ放しじゃ、筑豊の男たちの気も治まらんとですよ。

旦那様には、うちから報告しときますき」


そう言った後、タミは不敵に笑った。

「うちも取材に協力するき … 」

* * * * * * * * * *

そして、数日後。

朝の支度に忙しい英治宅に、平祐が慌ただしく駆け込んできた。

「父さん、どうしたんですか、こんな早く?」

「石炭王の反論文が出ている!」


平祐が差し出した朝刊を英治は慌てて広げた。

台所にいた花子も居間に上がって来て横から覗いた。

『俺は女の筆で殺された 嘉納伝助氏語る』

そんな大きな見出しが踊っていた。

* * * * * * * * * *

「お前に人の妻としての資格がないことは紛れもない真実だ … だと?

自分は一切悪くないというのか?!」


反論文を目にして龍一は憤慨していたが、当の蓮子は大して気にせず笑っていた。

「そんなに怒る必要ないわ」

「こんな風に書かれて、あなたは頭に来ないのか?」

「世間にどう思われていようと、そんなことはもうどうでもいいのよ。

… 全て覚悟の上のことよ」

「蓮子 … 」


蓮子は自分よりよっぽど肚が座っている … そう思った途端、龍一は言葉をなくしていた。

「さあ、朝食にいたしましょう。

私、このお芋を焼いた料理が気に入ったわ」


一度、龍一が手土産として買ってきた焼き芋のことだ。

生まれて初めて口にして、ひどく気に入ったらしい … 龍一の経済力に見合った朝食だった。

* * * * * * * * * *

「結納金だの、お小遣いだの、歌集の出版費だの、嘉納伝助さんの主張はお金のことばかり!」

村岡家を訪れた亜矢子は、新聞の反論記事を目にして、そう憤った。

「きっと、嘉納さんは愛情を表現するのが、不器用な人なんだと思う」

花子が言った通り、伝助にとって蓮子への愛情の大きさは金額に比例していたのだ。

「 … でも、この反論記事は許せないわ」

「そうね …

私、ずっと蓮子様は贅沢な暮らしがしたくて石炭王と結婚したと思ってたの。

でもそれは誤解だって、この記事を読んで分かったわ。

… 蓮子様は、お家の犠牲になっていたのね。

きっと、この十年 … 帰るところもなくて、遠い福岡で寂しい思いをなさってたんだわ」


亜矢子はまるで我が身のことのように悲しんでいる様子だった。

* * * * * * * * * *

「蓮様と東京で再開した時に言ってたの。

秀和に居た半年間だけが、宝物のような時間だったって … 」

その言葉を聞いて、亜矢子は目を潤ませうつむいた。

「私ももっと、あの方に優しくしてあげればよかった」

「醍醐さん?」


花子はそこまで自分を責める亜矢子が不思議だった。

「すごく恥ずかしいけれど …

私、あの頃、はなさんを蓮子さんに取られたみたいで、焼きもちを妬いてたの」

「えっ?」


鈍感な花子は一切気づいていなかった。

「今頃になってやっと分かったわ。

はなさんは、あの方の孤独や悲しみを放っておけなかったのね?

… はなさんと蓮子様は、やっぱり『腹心の友』よ」


そう言って涙ながらに笑った。

「醍醐さん … 」

花子は亜矢子の純粋さに心打たれていた。

「醍醐さんのことも、私、本当に大切な友達だと思ってるわ」

「はなさん?!」


亜矢子は驚いたような顔で花子を見た。

「醍醐さん、最初に会った時から、いつも私を助けてくれたじゃない?

本当にありがとう」

「そんな … お礼を言うのは、私の方だわ。

はなさんには、いつも勇気と元気をもらってるんだから」


* * * * * * * * * *

「女学校の友達というのは謎だな ~ 

最初はふたりして怒ってて、次見たら泣いてて … 今見たら笑ってる」


歩を抱きながらあやしている平祐の言葉に振り向くと、横に憲兵姿の吉太郎が立っていた。

「あ、兄やん … いつ来たの?」

「玄関で何べんも呼んだだぞ ~

こちらのお義父様が迎えてくださった」


ふたりとも話に夢中でまったく気づかなかったのだ。

「また新聞記者が押しかけてるじゃねえかって、心配になって寄ってみただ」

「頼もしいお兄様がいて、羨ましいわ」


ひとりっ子の亜矢子が花子に笑った。

「じゃあ、私はお邪魔しました ~ ごきげんよう」

* * * * * * * * * *

亜矢子は玄関で足を止めて、ふと漏らした。

「 … 蓮子様、今、幸せなのかしら?」

花子は、蓮子のある言葉を思い出した。

「昔、聞いたことがあるの … 一番欲しいものは何って。

一度でいいから、本気で誰かを愛したいって … 蓮様言ってたわ」

「そんなこと …」

亜矢子は胸がいたかった。

「とにかく、一日も早く蓮子様の居場所が分かるといいわね」


自分も手を尽くして調べてみると言って帰って行った。

そんなふたりのやりとりを吉太郎が聞いていた。

* * * * * * * * * *

「はな、俺行くから … 」

「もう帰るの?」


様子を見に寄っただけだと吉太郎は答えた。

玄関を出て、数歩歩いた所で吉太郎は足を止めて振り返った。

胸のポケットから紙切れを取り出し、玄関の前まで戻って来ると、それを扉の隙間に挟んだ。

* * * * * * * * * *

一方、福岡では …

伝助はサロンのソファーに腰かけ、反論文が掲載されてしまった新聞を手にしていた。

「今度のことで、私は新聞社を去ることにしました」

黒沢の決断は伝助を少しばかり驚かせた。

「辞めるとか?」

「はい、話題性ばかり求める新聞社のやり方にほとほと愛想が尽きました。

記事の掲載を抑えることが出来ず、本当に申し訳ありませんでした」


責任を感じている黒沢は伝助に向って深く頭を下げた。

「いや … 俺の反論を載せちもろうて、蓮子の絶縁状で騒ぎよった連中も、少しは気の済んだごとある。

まあ、これでよかったのかも知れんばい」


伝助は男を下げてしまったのかも知れないが、彼の言うように事は伝助と蓮子ふたりだけの問題ではなくなっていたのだ。

* * * * * * * * * *

その時、サロンのドアがノックされ、タミが顔を出した。

「旦那様、葉山様が今すぐ旦那様にお会いしたいち、いらしちょります」

伝助が許すと、神妙な面持ちの晶貴がサロンに入ってきた。

「嘉納さん。

この度は、妹の不埒な行為によって、あなたの名誉にまで傷つけてしまい、何ともお詫びのしようもなく … 」


晶貴は突然、伝助の前にひれ伏すと絶叫した。

「申し訳ありません!

これ程のことをしでかして、何故蓮子は死んでくれぬか、何故尼寺にやっておかなかったのか悔やまれて悔やまれて … 」


伝助は憐れむような顔で晶貴を見下ろしていた。

「必ずや蓮子を捜しだし、貴方様の前に連れてきます。

あれの処遇はすべてお任せします!

ですから、どうか、どうか、今しばらくご容赦願いたく!」


晶貴にとって伯爵という称号以外の地位も名誉も伝助から提供された財産で手に入れたものだ。

蓮子のお蔭で得たものが、蓮子のせいで失われることを恐れていた。

彼の頭の中にあるのは我が身の保身だけだったのだ。

* * * * * * * * * *

村岡家。

台所仕事をしていた花子は、ふと手を止めた。

蛇口から落ちる水滴がタライの水に波紋を作っている。

何故かそれに目を奪われていた。

「花子さん!」

玄関から英治の声が聞こえ、花子は我に返った。

何やら声の調子がいつもと違う。

「 … おかえりなさい」

出迎えた花子に英治は一枚の紙切れを差し出した。

「これが玄関に … 」

吉太郎が帰り際に残していった紙切れだろう。

『蓮子さん』の後に住所が書かれてあった。

「兄やんの字 … ここに蓮様が?!」

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2014年07月21日 (月) | 編集 |
第97回

花子は、亜矢子が持ってきた新聞で蓮子が失踪していることを知った。

その上、蓮子が夫の嘉納伝助宛てに書いた絶縁状まで掲載されていた。

< その日、日本中がその記事に騒然となりました。

ところが、とうの蓮子だけは未だ知らなかったのです … まさか、あの絶縁状が新聞に公開されているとは … >

* * * * * * * * * *

「 … 白蓮こと蓮子夫人は、嘉納伝助氏と相携えて上京。

自分は、友人の家に行くと偽って、伝助氏を宿から見送った後、愛人である帝大生と共に何処かへ姿を隠した …

はなさん、蓮子様から何か聞いてた?」


亜矢子は訊ねられたが …

失踪することまでは分からなかったとはいえ、龍一の存在を知っていた花子は思わず言葉に詰まってしまった。

「てっきり、蓮子さんは歩に会いに来てくれるものだと思って、待ってたのにな … 」

花子が楽しみにしていたのを目の当たりにしていた英治が代わりに答えた。

「それじゃあ、記事にある友人って、はなさんのこと?」

「恐らくそうだと思います」


それ故に花子の受けた衝撃は大きかった。

「 … 花子さん、大丈夫か?」

「ああ、ええ … 」


花子は何とかうなずいてみせたが、決して平気な様子ではなかった。

「蓮子様、今どこにいらっしゃるのかしら … 」

* * * * * * * * * *

蓮子の兄、葉山晶貴伯爵は怒りに震える手で新聞を手にしていた。

「信じられませんわ ~ こんな恥さらしなことが、ございましょうか?!」

金切り声を上げる妻の園子。

「誰か、誰かいないか?!」

駆けつけた執事に晶貴は厳命した。

「蓮子を捜させろ!

今すぐにだ ~ 必ず連れ戻せ!!」


* * * * * * * * * *

「お前たち、ノックぐらいしろよ」

龍一は、蓮子とふたりの部屋に突然、飛び込んできた田中と荒井のことを嗜めた。

しかし、ふたりはそんなことはお構いなしにまくしたてた。

「今朝の新聞見たか?」

「してやったりだ!」

「 … なんのことだ?」


受け取った新聞を目にした龍一の顔色が変わった。

「どうしてこれが?!」

愕然とする蓮子。

「一体どういうことだ?!

蓮子の手紙は投函するはずだったが … 何故、新聞に載ってる?」


龍一が問い質すと、田中が得意顔で答えた。

「俺たちが新聞社に持ち込んだんだ」

* * * * * * * * * *

「俺たちを売ったのか?!」

カッとした龍一は田中につかみかかった。

「俺はお前を信用して、蓮子の手紙を託したんだ。

新聞に載せるために渡したんじゃない!」


荒井は龍一を力ずくで引き離しながら言った。

「落ち着け、ふたりを売ろうと思って新聞社に持ち込んだ訳ではない!」

「だったら何故だよ?」

「これは革命だと言っただろ!

持たない者が持つ者から奪う … 女房から夫に絶縁状を出すなんて、前代未聞のことだ。

どうせやるなら、世間に衝撃を与えるようなやり方がいい。

そうだろ?」


蓮子が龍一への愛の証として書いた絶縁状も彼らにしてみれば、世間を騒がせるための格好の道具でしかなかったのだ。

その言い分が龍一の怒りに火を注いだ。

「ふざけるな、俺は革命のために蓮子を連れ出したんじゃない!

ただ、彼女を自由にしてやりたかっただけだ!」


* * * * * * * * * *

「蓮子、いますぐ逃げよう!」

龍一は蓮子の手を掴んだ。

「いや、それは止した方がいい!

お前の素性は割れてないからいいが … 彼女は違う。

すぐに見つかって、石炭王に連れ戻されるぞ」


龍一は歯噛みしながらその場に座り込んでしまった。

「くっそう、何てことをしてくれたんだ … 」

* * * * * * * * * *

甲府の人々も同じく新聞で事を知った。

「はあ ~ 新聞で絶縁宣言するとはな … さすが、はなの友だちじゃん。

やるこんが違う」


吉平の言い草にリンがあきれて反論した。

「何を言ってるでえ ~

こんな自分も亭主もさらし者にするようなこんして。

ああ、お姫様は夫婦げんかの仕方も知らんだから、困るじゃん」


リンが言うことの方が最もだった。

「ほうだな … ここまでしちゃ、石炭王は何十倍もの力で仕返しするら」

吉平の言葉を聞いて、ふじは蓮子のことが心配になった。

「きっと、東京はすげえ騒動になってるら … はなも巻き込まれんきゃいいけんどな … 」

そんな、朝市の不安は残念だが、的中することになる。

* * * * * * * * * *

< 新聞はこぞって蓮子の記事を書きたてました >

ラジオもないこの時代、一般庶民にとって、新聞だけが情報をいち早く知る手段だった。

『逢引き場所は 銀座カフェードミンゴ』

その日の夕刊を目にして花子は恐ろしくなってしまった。

ついには、逢引の場所まで調べ上げて、カフェードミンゴの名前までが掲載されてしまったのだ。

* * * * * * * * * *

その時、玄関の外で呼ぶ声が聞こえ、花子が応待に出ると、見知らぬ数名の男が立っていた。

「こちらに安東はなさん、いらっしゃいますか?」

その中のひとりが居丈高に尋ねた。

「安東は私の旧姓ですが … 」

それを知ると、はじめて自分たちが新聞記者だと名乗りを上げた。

「嘉納蓮子について、話を聞かせてください」

「嘉納蓮子は今どこに居るんです?」

「女学校時代、あなたとは随分仲がよかったらしいじゃないですか?

今回の駆け落ちのことも打ち明けられてるんじゃないですか?」


矢継ぎ早に次から次に質問をぶつけてきた。

「何も知りません、失礼します!」

花子は扉を閉めようとしたが、記者たちはそれを妨げた。

「駆け落ちした帝大生のことは知ってましたか?」

「何でもいいんだ、話してください、お願いしますよ」


記者たちは体を乗り出して、隙あれば家の中までなだれ込んできそうな勢いだ。

* * * * * * * * * *

玄関先でもめていると、居間から歩の泣き声が聞こえてきた。

「歩?!」

歩の元に行きたいが、ここを離れたらどうなるか分からない。

「本当に何も知りません!」

花子は必死に押し戻そうとしたが、そんなことで引き下がる彼らではなかった。

「ひと言もらえればすぐ帰るんで … 」

「帰ってください、お帰り下さい!」


* * * * * * * * * *

「ちょっと、花子さん … 何なんですか、あなたたち?!」

ちょうど、帰宅した英治が記者たちを押し退けて、花子の前に立ちはだかった。

「ひょっとしたら、ここに嘉納蓮子匿ってるんじゃないですか?」

「匿ってなんかいません!」


記者たちが、怯まずに迫ろうとした時だ。

「いい加減にしろ、度が過ぎる!」

一喝したのは憲兵姿の吉太郎だった。

「この家の者は何も知らない … 帰れ!」

* * * * * * * * * *

「いやあ、お義兄さんが来てくださって、助かりました」

泣き止んだ歩を抱いた英治は、ホッと胸をなでおろしたが、かよのカフェーも同じような騒ぎになっていないかと心配した。

「そうね … 

ねえ、兄やんは宮本さんのこと、どうして知ってたで?」


花子はいつか蓮子がかよの長屋に泊まった時、吉太郎が突然現れたことを思い出したのだ。

「蓮子さん、もうあの男とは関わらない方がいい … 」

吉太郎は蓮子にそう警告を与えていた。

「兄やん、ひょっとして … 蓮様が今どこに居るのかも知ってるんじゃない?

知ってるなら教えて」

「 … 居場所知って、どうするだ?」

「会って、話がしたいの … 蓮様、今どこに居るの?」


任務上のこと故、吉太郎は何も答えようとしない。

「俺にも分からんだ … すまん」

そう言って吉太郎は席を立った。

「待って、兄やん」

「かよが心配だから、カフェーに行ってみる」


花子は吉太郎は何かを知っているのではないかと直感したが、かよのことも心配だった。

「 … お願い」

吉太郎はうなずいて出て行った。

* * * * * * * * * *

< その頃、案の定、カフェードミンゴでは … >

大勢の記者たちが押し掛け、女給に質問したり、いろいろ嗅ぎまわって店の中は騒々しい限りだった。

「道ならぬ恋は、短歌の世界だけで成就させればいいものを … 」

新聞を目にしながら、つぶやいた平祐。

まさか、自分が龍一に貸した『踏繪』がすべてのはじまりだとは … 夢にも思ってはいなかった。

* * * * * * * * * *

「嘉納蓮子と帝大生は、ここで逢引きしてたそうですね?」

「詳しく聞かせてください」


かよも記者たちにつかまっていた。

「何にも知らんって、何べんも言ってるでしょ?

止めてくれちゃあ ~ 」


断っても、断っても、しぶとくつきまとってくる。

「ちょっと!」

記者たちを退けたのは、郁弥だった。

「僕がこぴっとお守りします」

「 … ありがとうごいす」


かよの目に郁弥がはじめて頼もしく映った。

* * * * * * * * * *

奥の席では、執筆中の宇田川満代の周りを記者たちが取り囲んでいた。

「白蓮女史と同じく文壇で活躍する女性として、宇田川先生は絶縁状の新聞掲載はどのように思われますか?」

連日、押しかけて来る彼らの目を意識してのことか … 前にも増して厚化粧、派手な髪飾りまで付けた満代は、ここぞとばかり蓮子のことをこき下ろした。

「新聞を私物化するなど、良識を疑います。

そもそも、彼女はわがままな駄々っ子としか思えません。

ぜいたくな暮らしがしたくて石炭王に嫁いだのに、今度は愛が欲しくなったから、駆け落ちだなんて … 女としてどうこうではなく、人としていかがなものでしょうか?」


満代が持っていないものをすべて手に入れた蓮子のことが憎らしくて仕方がなかったのだ。

* * * * * * * * * *

『突然の絶縁状』、『伝助氏憤怒の日』、『全くの不意打ち』、『蓮子夫人に厳しい声』、『偽りの十年』 …

新聞には、刺激的な見出しが並び、その記事のほとんどが蓮子の行為に批判的なものだった。

< こうして事件の波紋は、どんどん広がり … >

「すまない!」

龍一は蓮子に頭を下げた。

「本当は見知らぬ土地へ行って、ふたりで新しい生活を始めるつもりだったのに … こんなことになってしまって。

あいつらの手を借りようと思った俺が甘かったんだ」


蓮子は否定したが、それでも龍一は自分を責め続けた。

「あなたを世間の目にさらして、傷つけてしまって … 」

「あなたの傍にいられるのなら、石を投げられたって、どんな恥だって私は耐え忍びます。

貴方の傍で生きていけるのなら、それだけでいいの」


蓮子は龍一の手を握った。

「蓮子 … 」

「龍一さん … 私、今すごく幸せよ」


龍一は蓮子の手を両手で握り返して言った。

「約束します。

… 必ずあなたを守る。

何があっても、ふたりで一緒に生きよう」


蓮子は目に涙を溜めてしっかりとうなずいてみせた。

抱擁 …

* * * * * * * * * *

一方、福岡の伝助はサロンにこもって酒浸りの日々を過ごしていた。

新聞には毎日のように、自分と蓮子の写真が並んで載っている。

世間の声は伝助に好意的なものが多かったが、そんなことはどうでもよかった。

蓮子を失った喪失感と好奇の目にさらされていることの屈辱感ははかり知れないものだった。

伝助は目の前の新聞を握りつぶすと、酒を瓶ごと呷った。

「 … 新聞記者を呼べ」

傍らに控えていたタミにそう言うとよろよろと立ちあがった。

「旦那様?」

「今すぐ、記者を呼べ!

… こっちも、あの女に反論するたい!」

「はい、ただいま!」


タミはうなずくと女中たちと共にサロンを後にした。

可愛さ余って憎さが百倍 … 伝助は恐ろしい顔で虚空をにらみつけた。

< ついに、この男が反撃に出ました。

… ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月20日 (日) | 編集 |
まずは、先週のおさらいを …



それでは、次週の「花子とアン」は?

蓮子(仲間由紀恵)の“絶縁状”がなぜか新聞に載り、花子(吉高由里子)と英治(鈴木亮平)は醍醐(高梨臨)とともに驚くばかり。

記事には「友人の家に行くと偽って」とあり、その「友人」である花子はショックを受ける。

申し訳ありません!

同じく新聞でことを知った蓮子の兄・晶貴(飯田基祐)と園子(村岡希美)は、部下に蓮子を捜し出せと厳命。

俺たちを売ったのか?!

蓮子と龍一(中島歩)は隠れ家で幸せをかみしめていたが、同志の田中(玉置玲央)らから新聞に載ったいきさつを知らされる。龍一は蓮子に詫びるが、蓮子は愛を貫く覚悟だった。

ひょっとしたら、ここに嘉納蓮子匿ってるんじゃないですか?

村岡家やカフェーには記者たちが押し寄せる騒ぎとなり、取材に応じた宇田川(山田真歩)は痛烈な蓮子批判を展開。

やっぱし、ぶっ殺してやる!

一方、福岡の伝助(吉田鋼太郎)はやけ酒に溺れていたが、東西日報の下山(木下ほうか)にそそのかされ新聞に反論文を載せると言い出すが、黒沢(木村彰吾)に「そのような行動はあなたらしくない」と諭され、撤回する。

しかし、腹の虫がおさまらないタミ(筒井真理子)は、掲載されるよう一策を案じる。

蓮子さんとはしばらく距離を置いた方がいい

そんな折り、花子は吉太郎(賀来賢人)の機転で蓮子の居場所を知ることになり、夜にもかかわらずさっそく訪ねようとするが、英治は「巻き込まれては大変だから」と止める。

花子は耳を貸さず、ふたりは初めて夫婦げんかをしてしまうが、次の日英治とともに龍一の家へと向かう。

私は、二度とはなちゃんに会うつもりはなかったわ

世間が何と言おうと、私は蓮様の味方よ


蓮子は当初、花子の前から姿を消そうとするが、ふたりは再会を果たす。

やがて、“駆け落ち騒動”から8か月が経ったが、事件はまだ終結していなかった。

龍一は何者かに尾行されるようになり、蓮子の身が危ないと察した花子は、山梨に身を寄せてはどうかと提案する。

蓮様だって幸せになっていいじゃないですか?!

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2014年07月19日 (土) | 編集 |
第96回

< 夫も友も裏切り、蓮子は愛する人の元へ走ったのでした >

「蓮様、昨夜どうしたんだろう?

東京に居るのに連絡もくれないなんて … 」


朝食の席で浮かない顔をしている花子に英治は言った。

「ご主人の用事やなんやらできっと忙しいんだよ」

その時、誰かが玄関の扉をけたたましく叩く音が聞こえてきた。

* * * * * * * * * *

「どなたですか?」

「 … 嘉納伝助たい」


英治が扉を開けると、ひとり伝助がうつむき加減に立っていた。

「嘉納さん … どうなさったんですか?」

花子が尋ねると、伝助は絞り出すような声で答えた。

「蓮子、ここに来ちょらんやろか?」

* * * * * * * * * *

伝助は突然に家に上がり込んできた。

「蓮子、何処に居るとか?

蓮子 ~ !」

「蓮子さん居なくなったんですか?」


花子の質問には答えず、居間を見渡した。

「蓮子 ~ !!」

大きな声を上げたので、ゆりかごの中の歩が驚いて泣き出してしまった。

花子は歩を抱き上げた。

伝助は蓮子の名を呼びながら、ずかすかと家の奥へと進んで行った。

「嘉納さん!」

慌てて後を追う英治。

* * * * * * * * * *

「何処に居るか、蓮子!」

勝手に部屋という部屋の障子を片っ端から開けて、家捜しをはじめた。

英治が止めるのも聞かず、伝助は家中を血眼になって捜し回った。

カーテンを開け、窓を開け、外に向かって叫ぶ。

「蓮子 ~ !!」

「ここにはいらしてません、本当です!」

「そしたら、何処におるちいうとか?!」


英治の言葉にも耳を貸さず、伝助は捜すことを止めようとはしなかった。

完全に我を失い常軌を逸していた。

「蓮子、蓮子 ~ !!」

* * * * * * * * * *

歩を抱きしめて怯えている花子の姿を見て、英治は奮い立って伝助を取り押さえた。

「もう止めてください!

石炭王の嘉納伝助ともあろうお方が、何をなさってるんですか?!」


英治に一喝されて、伝助はようやく我に返った。

* * * * * * * * * *

「あ … こ、これは … あいつが旅館に忘れちょった、祝いたい」

愕然としつつも、畳にひざまづき、蓮子が用意しておいた祝いの品を差し出した。

「はなちゃん、ご主人、みっともないところば見せてしもうて … すまん」

伝助はその場で頭を下げて、自分の狼藉を恥じて詫びた。

「 … 失礼した」

そして、詳細は口にせず、逃げるように引き上げていってしまった。

「蓮様、何があったの?」

* * * * * * * * * *

「てっ … お姉やんのところに蓮子さんのご主人が?!」

蓮子のことが心配な花子は、手がかりはないかとドミンゴにも足を運び、かよに事情を話した。

「何か大変なことが起きている気がするさ」

かよは周りを気にしながら、小声で花子に伝えた。

「 … 昨日、蓮子さん、ここに来ただよ」

「てっ、ひとりで?」


かよは首を振った。

「待ち合わせしてただ」

「ひょっとして … あの宮本さんって人?」


無言でうなずいたかよ。

花子は呆然としつつも、気を取り直してかよに訊ねた。

「ねえ、かよ … 宮本さん、何処にいるか心当たりない?」

しかし、かよが知る由もなかった。

* * * * * * * * * *

龍一は自分の部屋の煎餅布団で目を覚ました。

「 … 蓮子さん?!」

隣りに寝ていたはずの蓮子の姿が消えていることに気づいて、飛び起きた。

すると、目の前に髪を解き、襦袢姿で窓に向かって座っている蓮子が居た。

龍一はしぼしその後ろ姿に目を奪われてしまった。

陽はとうに高く、外から子供たちの遊ぶ声が聞こえくる。

「 … ごきげんよう」

蓮子は少し恥ずかしそうに目を合わせずに会釈した。

「よかった … 

蓮子さん、居なくなったのかと思った」

「どうして?」


蓮子はふっと笑った。

「昨夜から不安だったんだ。

あの男のところへ帰ってしまうんじゃないかって … 」

「二度と帰らないわ。

あなたと生きていくって決めたの」


龍一は蓮子を後ろから抱きしめた。

「でもきっと … ご主人は、あなたを連れ戻しに来る」

「あなたが傍に居てくれるなら、私は何も怖くはないわ。

何があっても、あなたの傍を離れないわ」

「本当に?」


蓮子は腕の中で龍一の顔を見上げると、体を起こした。

「そんなに心配なら、あの人に手紙を書くわ」

* * * * * * * * * *

蓮子は早速、巻紙に筆を走らせた。

「この手紙を、龍一さんに託します。

あなたが投函してください … あなたへの愛の証ですから」


書き上げた手紙を龍一に見せながらそう言った。

「ありがとう … 蓮子」

龍一は、はじめて呼び捨てにした後、もう一度、蓮子を抱きしめた。

* * * * * * * * * *

龍一の家の前では、吉太郎とその上司が、ふたりが居る部屋を見上げていた。

「はあ、女を連れ込んで、まったくいい気なもんだな … 」

あきれたように吐き捨てた上司。

吉太郎はただ表情ひとつ変えずにじっと見上げているだけだった。

* * * * * * * * * *

< それから数日後の早朝のこと … >

またもや、村岡家の玄関の扉を叩く者がいた。

「ごめんください、朝早くにすみません 

醍醐です」


花子が玄関の扉を開けると、血相を変えた亜矢子が飛び込んできた。

「ごきげんよう、はなさん。

今日の朝刊、ご覧になった?」

「いえ、まだだけど … 」


花子は英治と共に亜矢子が持ってきた朝刊を広げた。

『九州の石炭王、嘉納伝助夫人 嘉納蓮子、突如失踪す』

と大きな見出しの横に『夫への絶縁状の全文』という文字が目に飛び込んできた。

「絶縁状?!」

「蓮様 … 」


* * * * * * * * * *

一方、福岡の嘉納家でも大騒ぎになっていた。

「嘉納さん、今日の新聞に奥様の記事が!」

サロンに居た伝助の元へ駆け込んできたのは黒沢だった。

「何やと?!」

黒沢と一緒に入ってきたタミが悔しそうにまくし立てた。

「旦那様、うちはいつかこげなことになるとやないかと思っちょっとたです!

ばってん、新聞に絶縁状載せるちゃ … ここまでひどい女や思わんやったばい!」

「ぜ、絶縁状?」


涙まで流して興奮気味のタミを黒沢はサロンの外へと追い出した。

「 … 嘉納さん、冷静に聞いてください。

蓮子さんの手紙の全文が、ここに公開されています」


伝助は黒沢が差し出した新聞を手に取った。

しかし、悲しいかな伝助は文盲だった。

「なんちゅう書いてあると?

早よ読めっ!」


伝助から新聞を突きつけられて、黒沢は僅かに緊張しながら、絶縁状を読み始めた。

「嘉納伝助様。

私は今、あなたの妻として最後の手紙を差し上げます … 」


* * * * * * * * * *

… ご承知の通り、結婚当初から、あなたと私との間にはまったく愛と理解とを欠いていました。

しかし、私はこの結婚を有意義にするため、出来る限り努力しようと決心しました。


* * * * * * * * * *

私が儚い期待を抱いて、東京から九州へ参りまして十年になりますが、私の期待は全て裏切られ、努力は水の泡になりました。

愛なき結婚が産んだ不遇と思い、私の生涯は暗い一生で終わるものとあきらめていたのです。


* * * * * * * * * *

しかし、幸いにして、愛する人に巡り合うことができました。

私は、その愛によって今復活しようとしているのでございます。


* * * * * * * * * *

ともあれ、十年の間、欠点の多いこの私を養ってくださったご恩に感謝します。

* * * * * * * * * *

読み終えた黒沢は、ため息をついた後、首をひねった。

「 … しかし、何故このような手紙が新聞に載ったのでしょうか?」

すると、唇をかみしめて黙って聞いていた伝助が突然立ち上がって、黒沢の手から新聞を奪い取った。

「こげなもん!」

絶叫すると、新聞をびりびりに破り捨てた。

「こげなもん!」

それだけでは気が治まらない伝助は傍らの椅子を蹴り飛ばした。

蓮子の机の上に積まれてある書物をひっくり返し、机まで投げ飛ばした。

花を引き抜き花瓶を割る。

「こげなもん」と叫びながら、手あたり次第に掴んでは投げ、蹴る、踏みつぶす …

この部屋にあるほとんどのものが伝助が蓮子にねだられて買い与えたものだ。

壊れた家具や本が散乱したサロンに伝助は鬼のような形相で仁王立ちしていた。

黒沢の姿はすでになく、ひとりきりになった伝助は、いつしかむせび泣いていた。

その声は次第に大きくなって … 悲しげな慟哭が屋敷に響き渡った。

* * * * * * * * * *

髪を下した蓮子は、着物も質素なものに着替え、窓辺に置いた鉢植えを愛でていた。

< 蓮子はまだ知らなかったのです。

まさか、あの手紙が新聞に公開されているとは … >

* * * * * * * * * *

花子はやるせない気持ちで一杯だった。

不釣合いではあったが伝助と蓮子は決して愛のない夫婦には見えなかったからだ。

特に伝助は間違いなく蓮子を大切に思っていることが傍目にも分かった。

とうに龍一とは終わっているとばかりと信じていたのだ。

とにかく今すぐ蓮子に会いたかった。

* * * * * * * * * *

< 蓮子は何もかも捨てて、たったひとつの愛を掴んだのでしょうか? >

外出から戻った龍一を出迎えた蓮子は、思わず「ごきげんよう」と言いかけて言葉を止めた。

「 … じゃなくて、おかえりなさい」

「ただいま」


ふたりは何かにつけ抱擁し合った。

今はただ、やっと手に入れた目の前の幸せしか見えない蓮子だった。

< では、また来週 … ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月18日 (金) | 編集 |
第95回

「あなたの傍で生きられるなら、私はすべてを捨てます … 」

蓮子は今までに龍一から届いた何十通もの恋文をバッグへと収めた。

< 蓮子の胸は高鳴っておりました。

蓮子にとって牢獄のようなこの屋敷を出て、ついに愛する人と駆け落ちをするのです >

* * * * * * * * * *

「歩、またな ~ 」

< 吉平とふじは、甲府へ帰って行き、花子たちは親子水入らずの静かな生活に戻りました >

英治が会社に出かけてしまえば、昼間は花子と歩のふたりきりだ。

花子は翻訳の手を止めて、傍らのゆりかごの中の歩に話しかけた。

「皆、歩の顔見に来てくれたのに、蓮様ちっとも来てくれませんね ~

産まれたらすぐ来てくださるっておっしゃってたのにね」


< その頃、蓮子は東京に来ていたのです >

* * * * * * * * * *

<  … ところが、花子と赤ちゃんに会いに行くというのは、真っ赤なウソでした >

「やっと会えるな」

伝助にそう言われて、蓮子は驚いたように目を見開いた。

「会うとやろ?

はなちゃんと赤ん坊に」

「 … ええ、楽しみです」


蓮子は頭の中で、花子と歩のことなど爪の先ほど考えてはいなかったのだ。

「あなたは4時の汽車でしたよね?

お迎えの車、もう呼んでありますから」


今日に限って手回しがいい。

「へえ、お前にしては気が利くな」

笑った伝助は、蓮子が昼食に用意させたうな重に全く手をつけていないことに気づいた。

「どげんしたとか、箸もつけんで?」

「あまりお腹が空いていなくて … 」


伝助はさほど気にした様子もなく、自分のうな重を平らげると、慌ただしく立ち上がった。

「じゃあ、行ってくる ~ はなちゃんによろしくな」

番頭と共に出かけて行ってしまった。

* * * * * * * * * *

一方、龍一は満を持して自分の部屋で待機していた。

「待ち合わせは5時にあのカフェーだ」

「白蓮が現れなかった場合は?」


田中は訊ねたが、龍一は眉をそびやかした。

「いや必ず来る!

… 蓮子さんは必ず来てくれる」


* * * * * * * * * *

花子は歩を連れて、英治のためにこしらえた昼食の弁当を届けに村岡印刷を訪れていた。

歩を英治に預けて、応接席のテーブルで風呂敷を解くと、三段重ねの重箱が出てきた。

「ありがとう ~ でも、君は翻訳の仕事もあるんだから無理するなよ」

社長席で聞き耳を立てていた平祐は英治の言葉を聞いてムッとした顔をした。

「まだ仕事辞めてないのか?」

花子はクスッと笑うと、郁弥の前にも重箱を置いた。

「はい、これ郁弥さんの」

それだけでなく、ひとつ残った重箱を持って社長席の前に立った。

「それから、今日はお義父様の分も作って来ました」

意外というような顔をする平祐。

「お義姉さん、ありがとう。

… いただきます」


郁弥は、わざと聞こえよがしに平祐に向かって言った。

「いただきます」

英治が念を押すように言うと、平祐は決まりが悪そうな顔をした。

「 … じゃあ、いただくか」

「どうぞ、お口に合うか分かりませんけど」


さすがの平祐も腕によりをかけた料理が詰まった弁当を目の前にして文句のつけようがなかった。

* * * * * * * * * *

「蓮子さんからまだ連絡のないのか?」

英治に訊ねられ、花子は表情を曇らせた。

「 … どうしたのかしら?」

「電話してみればいいじゃないか」


花子はうなずき早速、福岡の嘉納家へ電話を掛けた。

* * * * * * * * * *

電話に出たのはタミだった。

「 … 奥様は東京にいっとらっしゃあですけど」

「てっ、東京 ~ 本当ですか?」


ということは蓮子はこちらに向かっているに違いない … 花子はそう思った。

「もしかしたら、奥様のお友達のはなちゃんですか?」

「ええ、そうです。

あの、奥様はいつまで東京にいらっしゃいますか?」

「今日は東京へ泊まりますばい」

「そうですか ~ ありがとうございます、失礼します」


* * * * * * * * * *

「どげんしんしゃったとですか?」

電話を切ったタミが不審な顔をしているので、トメが尋ねた。

「どうも出発前からおかしいち思っとたんよ … 奥様、ウソついちょる。

友だちの赤ん坊の顔見に行くために東京へ行ったとやない」


勘のいいタミは蓮子が何かを企んでいることに気づいてしまったようだ。

* * * * * * * * * *

蓮子は自分の姿を鏡に映し、唇に紅をさした。

龍一との約束の時間にはまだ少し間がある … 時が経つのがもどかしかった。

その時、旅館の女中が伝助宛てに家から電話がかかってきたことを報せた。

蓮子が代わりに出ると、電話の主はタミだった。

「旦那さんに代わってくれんね」

蓮子に対する失礼な物言いは今日に限ったことではないが、何かいつもと違う不穏なものを感じた。

「緊急な話ばい」

「主人は予定通り、高崎に立ちました」


蓮子が最後まで言い終わるかどうかのうちに、タミは電話を切ってしまった。

< タミに感づかれたかもしれない?!

だとしたら、早くここを出なければ … と、蓮子は思いました >

部屋へ戻って、龍一の恋文が入ったバッグを胸に抱いた。

急いで出かけようとする蓮子の前に現れたのは、高崎に向かったはずの伝助だった。

* * * * * * * * * *

「あなた … どうなさったの?!」

驚愕する蓮子。

「高崎の仕事は先方の都合で明日に延期になったき」

「そ、そうですか … 」


予想しなかった事態に、蓮子その場に立ち尽くしていた。

「これ、食わんか?」

部屋に入って、腰を下ろした伝助は蓮子に包みを差し出した。

「お前の好きな金つばばい」

食欲がないという蓮子のためにわざわざ買ってきたのだろう。

「 … ありがとうございます」

蓮子は懸命に作った笑顔を返した。

* * * * * * * * * *

その頃、龍一はすでにカフェードミンゴに到着していた。

かよにいつもの席を勧められたが断って、人目にあまり触れない奥の席に座って蓮子を待った。

* * * * * * * * * *

伝助はのんびりと金つばを食べている。

蓮子は気が気ではなかった。

時計を見れば、すでに4時を回っていた。

どうやってここから抜け出そうか、頭の中で思いを巡らせていると、伝助の視線に気づいた。

慌てて、自分の分の金つばを口に運んだ。

「美味いか?」

「ええ …

私、はなちゃんと約束がありますので、もうすぐ出ます」


そういうことにして脱出するしかないと判断したのだ。

「 … 俺も一緒にはなちゃんとこ行こうかね?」

* * * * * * * * * *

「急に何をおっしゃるんですか?」

蓮子は狼狽えた。

はなのことを気に入っている伝助だ。

安産祈願もしたので赤ん坊の顔も見てみたい。

幸い時間が出来たのだから、そう言い出しても不思議はないことだった。

「 … 一緒に行ったら、いかんとか?」

蓮子の腹心の友であるから、伺いは立てているが、『俺も行きたい』と顔に書いてあった。

「あ、いえ … 」

ここで頭ごなしに拒絶して、へそを曲げられたら、余計出て行くことが難しくなってしまう。

「でも、高崎にはいつお立ちになるんですか?」

努めて平静を装って尋ねた。

「明日の汽車で行くごとしたき、はなちゃんに会いに行っても十分余裕があると」

伝助はもう行く気満々だった。

「何なら、皆でも牛鍋でも食いに行くか?」

万事休すだ … 蓮子があきらめかけた時、部屋の外から番頭が声をかけてきた。

* * * * * * * * * *

「貴族院議員の漆原様が、社長が東京に来とんしゃあとなら、今晩会食をしたいち言うとられます」

「ああ」


伝助はしばし考え込んだが、どちらを優先するかは明白だった。

「 … 分かった。

しょうがないたい、はなちゃんとこはお前ひとりで行って来い」


蓮子は飛び上がって喜びたい気持ちを抑え、上辺は残念そうな顔をみせてうなずいた。

「はい」

* * * * * * * * * *

しかし、まだ何が起こるか分からない。

蓮子は、すぐさまバックを持って立ち上がった。

そのまま部屋を出ようとしたが、足を止めて、伝助を振り返った。

「あなた … 」

姿勢を正して丁寧に深くお辞儀をした。

「ありがとうございました」

「何か?

金つばぐらいで大げさやき」


呆れたような顔で笑った。

その表情に妻を疑う余地など全く感じられなかった。

「 … ごきげんよう」

蓮子は微笑んだ。

* * * * * * * * * *

蓮子は走った。

黄昏に染まる街を愛しい龍一の待つ、カフェードミンゴへと …

* * * * * * * * * *

田中の前では自信満々に「蓮子は必ず来る」と言い切った龍一だったが、約束の時間が近づくにつれて不安が募っていた。

その姿は、ただ蓮子が現れることを祈り続ける小心者に過ぎなかった。

* * * * * * * * * *

花子は、もしかしたら、蓮子が突然訪ねてくるかもしれないと、歩を抱いてあやしながら玄関の前で通りを眺めていた。

* * * * * * * * * *

時計は5時を10分回った。

蓮子は未だ現れない … 龍一は腕を組んで顔を伏せた。

* * * * * * * * * *

蓮子は店の前までやって来た。

その腕から、するりとバッグが落ちた。

 貴方が言うなら この黒髪を 何色にでも

 貴方が言うなら たとえ地の果て 世界の果ても

 貴方が言うなら どんな恥でも 耐え忍びます

 貴方が言うなら 愛する国も 友も捨てよう …

蓮子はバッグを拾って、ドアを押して開けた。

* * * * * * * * * *

店の中を見渡す蓮子。

奥の席から立ち上がる龍一の姿が見えた。

見つめ合い、お互いに歩み寄って行く … 完全にふたりだけの世界に入り込んでいるようで、かよは声をかけることさえできなかった。

* * * * * * * * * *

その頃、伝助は部屋に見覚えのある風呂敷包みが残されているを見つけていた。

もしやと思って、包みを解くと中はやはり蓮子が花子の出産祝いに用意した品だった。

こんな肝心なものを忘れて出かける訳がない。

* * * * * * * * * *

家へと入った花子は、ゆりかごに寝かせた歩の着物に白い糸くずのようなものがついているのを見つけ、手でつまんだ。

何処でついたのだろう、それは羽毛だった。

ふうっと息で飛ばした。

* * * * * * * * * *

店を出た蓮子と龍一は、人目もはばからず抱き合っていた。

ふたりの上には無数の羽毛がまるで雪のように降り注いでいた。

< … ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月17日 (木) | 編集 |
第94回

『たらちねの 母と呼ばれて この家に 我が幸は 満ちあふれけり 花子』

< 花子と英治に元気な男の子が誕生しました。

名前は、歩(あゆむ)です >

歩が誕生した報せを受けて、甲府から吉平とふじが上京してきた。

「あれまあ、可愛いボコじゃんねえ、ようく見してくりょう」

「歩、お祖母やんだよ」


ふじも吉平も目じりが下がりっぱなしで、ゆりかごの中の歩を覗きこんでいる。

「歩、ようく生まれてきたじゃんねえ」

* * * * * * * * * *

「歩、グッドモーニング、グッドアフタヌーン、グッドイブニングじゃ。

今のが英語っちゅう言葉じゃ、分かるけ ~ 歩」


気の早い吉平は、歩にもう英語を教え込もうとしている。

「お父さん、その子は男の子だから、はなと同じ女学校へは行けませんよ」

そう嗜められて振り向いたふたりの目の前に立っていたのは … 見間違えるような背広姿の我が息子だった。

「吉太郎?!」

「て ~ 元気でやってただけえ?」

「はい、随分とご無沙汰しちまって申し訳ありません」


吉太郎はふたりに礼儀正しく頭を下げた。

「まあまあ、立派になって … 」

「お母、元気そうじゃんけ … 7年ぶりかな?」


そう言って、吉太郎はふっと表情を緩めた。

* * * * * * * * * *

「ほうか、ほうか、雑用ばっかしか」

吉平は立派になった吉太郎を見て素直に喜んでいた。

こうして、ふたりで酒を酌み交わすのは初めてのことかも知れない。

「どんなことをさせられてるだ?」

「それは、軍の機密ですから言えません」

「ほうだな ~ 軍隊は規律が厳しいからな。

最初のうちはこき使われるのは仕方ないさ」

「そう思って、耐えてます」

「親子じゃんけ ~ ほんな畏まった言葉使うな」


吉太郎は父の前でも姿勢を崩さなかった。

「まあ、おまんとこうやって酒飲めるようなって、よかった」

「はい」


吉太郎は吉平からの盃を受けて、微笑んだ。

「偉くなれるよう、こぴっと頑張れし、吉太郎」

* * * * * * * * * *

「お義父さんとお義兄さん、打ち解けられたみたいでよかったね」

ふたりの様子を見ていた英治はそう言ったが、花子は少し浮かない表情をしていた。

< 吉太郎の父への礼儀正しさが、気になるはな子でした >

* * * * * * * * * *

「はな、入るぞ」

翻訳の締め切りが迫っている花子が書斎で机に向かっていると、吉太郎が部屋に入ってきた。

「仕事か?」

「うん、歩が大人しくしている間に少しでも翻訳進めとこうと思って」

「子育てしながら仕事もして、はなも大変だな」


はなはかぶりを振った。

「ちっとも大変じゃないさ。

子育ても仕事も本当に楽しくやっているものだもの」

「これ、『王子と乞食』の元の本け?」


吉太郎は机の上にあった『王子と乞食』の原本を見て訊ねた。

「ほうだよ、英治さんの弟さんからいただいたの」

花子は吉太郎に原本を手渡した。

吉太郎は本を開くとパラパラとめくって、じっと見つめた。

もしかして、吉太郎も英語が分かるのだろうか … 花子は兄の顔を覗きこんだ。

「おらにはさっぱり分からん」

そう言って、笑った。

「ふんだけんど、毎回楽しみにしてるだよ … 頑張れし」

「て … えっ、兄やん、読んでくれたけ?」

「まあな」


花子は意外だった。

「へえ ~ 憲兵さんも童話、読むだね」

* * * * * * * * * *

明日も仕事が早いので帰るという吉太郎を見送って一同は外へ出た。

「村岡さん、しばらく両親がお世話になります。

よろしくお願いします」


吉太郎は英治に丁寧に頭を下げた。

「吉太郎、体に気つけるだよ」

「大丈夫だって、お母」


ふじにそう返した吉太郎は甲府に居た時のままだった。

「兄やん、またいつでも遊びに来てくりょう」

「お店にも来てくりょう」


妹たちの言葉にも小さく微笑んでうなずいた。

「ほれじゃあ」

振り向いて歩き出した吉太郎はすでに任務中の顔に変わっていた。

「 … 見違えるほど、立派になったじゃんな」

背中を見送る吉平とふじはそううなずきあった。

* * * * * * * * * *

< 数日後、村岡家にまたもや珍しいお客様がいらっしゃいました >

「醍醐さん、いらっしゃい」

仕上がった原稿を受け取りにやって来た亜矢子の後ろから現れたのはブラックバーンとスコットだった。

「(ごきげんよう、はな)」

「(お久しぶりです … 赤ちゃんに贈り物です)」


スコットは、驚いている花子に包みを手渡した。

「(ありがとうございます)」

「(はな、あなたが夢をかなえたことは、私たちの喜びです)」

「秀和女学校の小さい人たちは、皆はなさんが翻訳した童話を読んでるんですって。

はなさんの赤ちゃんに会いたいっておっしゃるからお連れしたの」


* * * * * * * * * *

「あんなにお茶目なブラックバーン校長、はじめて見たわ」

歩を抱いてあやしているふたりを見て亜矢子が言った。

「ブラックバーン校長も赤ちゃんに甘いのね ~ 

ああ、私もあんなに可愛い赤ちゃんが欲しくなったわ」


髪に流行のパーマネントを当て、時代の先端をいく職業婦人の亜矢子なのに、何故だか浮いた話が聞こえてこなかった。

学生時代はあれほど結婚願望の塊だったのに …

はなは笑いながら、仕上がった次号の原稿を手渡した。

「ありがとうございます。

きっちり締切を守って下さるから、大助かりです … これからもよろしくお願いしますね。

村岡花子先生」

「英治さんが締切厳守ってうるさいから … 」

「はいはい、ご馳走様」


* * * * * * * * * *

その時、今まで大人しかった歩が急にむずがりだした。

「歩ちゃん、急にどうしたのかしら?」

もてあましたスコットは歩を花子に返したが、泣き止もうとしない。

「おっぱいはさっきあげたし、あしめでもなさそうだし … 歩、歩」

懸命にあやす花子。

「Go to bed!」

* * * * * * * * * *

ブラックバーンの言った通り、歩はゆりかごに入れた途端、すやすやと眠ってしまった。

「そういうことだったのね … 赤ちゃんの気持ちまで見抜くなんて、さすがねブラックバーン校長」

「ほんと … 」


花子はブラックバーンに礼を言った。

「(何でもお見通しですよ)」

彼女はそう言って、胸を張った。

* * * * * * * * * *

「それじゃあ、ごきげんよう」

「(可愛い坊やに会えてよかったです)」


花子が3人を見送りに外に出た時、突然、頭上からプロペラの音が鳴り響いた。

「てっ?!」

「飛行機だわ」


4人は、空を見上げて飛行機を目で追った。

飛行機が飛び去った後、ブラックバーンは花子に向かって言った。

亜矢子に頼まれて花子は通訳して聞かせた。

「これからの飛行機の進歩は、世界を平和に導くか、戦争をもっと悲惨なものにするかどちらかです。

* * * * * * * * * *

… 我々人類は、この飛行機をどのように使おうとしているのか?

平和か、戦争か?


* * * * * * * * * *

それは、我々の上に懸っている課題だということを、よく考えておきなさい」

そして締めくくるように言った。

「(はな、神から授かった命を大切になさい)」

花子は微笑んでうなずいた。

「(はい、ブラックバーン校長)」

「(さようなら、はな … またお会いしましょう)」


彼女たちが去った後、花子はブラックバーンの言葉をもう一度繰り返した。

「(神から授かった命を大切にします)」

* * * * * * * * * *

< その頃、吉平とふじは、かよが働くカフェーに来ていました >

ふじははじめて口にしたコーヒーの苦さに顔をしかめていた。

「お父、ここはおらたちみてえな百姓が来てもいい店ずらか?」

居心地悪そうに訊ねた。

「いいに決まってるじゃん」

吉平はふじを宥めながら、コーヒーの苦さを何とかしようと砂糖を何杯も足している。

そして、味見でもするようにスプーンですくって口に運んだ。

* * * * * * * * * *

「やあ、かよさん」

ちょうど、店を訪れた郁弥が、吉平とふじを見つけて、近づいて行った。

「これはこれは、お父さん、お母さんお揃いで」

「郁弥君?!」

「どうも … 娘がいっつもお世話になりまして」


郁弥は断ってふたりの前の席に座った。

* * * * * * * * * *

「なかなか立派な時計じゃん」

郁弥が時間を確認した腕時計を吉平が目に止めた。

「さすがですね、お義父さん。

分かりますか? … これロンドンで買った時計なんですよ」


自慢の時計を褒められてうれしそうに答えた。

「ほう、ロンドン?!」

こんなに素直に驚いてくれる吉平に郁弥は気をよくした。

* * * * * * * * * *

「 … ところで、兄と花子さんの結婚式は感動的でしたね」

郁弥は朗らかに笑った。

「実は、僕も甲府で結婚式を挙げたいと思ってるんです」

すると、吉平もふじも賛成した。

甲府を気に入ってくれたと思ったからだ。

「ほりゃいい ~ 相手はどんなお嬢さんでえ?」

吉平に訊ねられて、郁弥は少し照れたようにカウンターの方に視線を合わせた。

その視線の先をたどったふたりは目を丸くした。

そこで、かよがせっせと働いていたからだ。

「て ~ かよ?!」

確かめるように振り向くと、郁弥は無言でうなずいた。

* * * * * * * * * *

奥の席には龍一たちが居たが、いつもと違って、額を突き合わせて、まるで密談を交わしているような雰囲気だ。

「 … やるんだろう?」

声を落として田中が龍一に訊ねた。

「ああ、やる … 計画はすでに練ってある。

後は彼女が東京へ来る時、実行に移すだけだ」

「持たない者が持つ者から奪う」


龍一の決意を聞いて、荒井がほくそえんだ。

彼らにとって、モラルなど取るに足らぬことなのか … 富を得た者は悪で、自分たちは弱者であり、正義なのだ。

「いつだ?」

「 … 3日後の夜だ」


龍一は自信満々に答えた。

「だが石炭王から訴えられたら?」

荒井が水を差すようなことを口にすると、龍一は不敵な顔をして言い切った。

「そんなことが怖くて、あの人を愛せるか?!」

* * * * * * * * * *

一方、福岡では …

「はなちゃんとこの子に祝を買うたとか?」

用意された熨斗のついた包みを見て伝助は蓮子に訊ねた。

「うれしそうやな」

「だって、3日後の今頃は、はなちゃんと赤ちゃんに会えるんですもの」


蓮子は窓を大きく開け放ち、外の空気を思い切り吸い込んだ。

< 花子のまったく知らないところで、遂に蓮子と龍一の駆け落ちが実行されようとしているのでした。

… ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月16日 (水) | 編集 |
第93回

< はなが英治と甲府で祝言を挙げてから1年半経ちました >

1921年(大正10年)・夏。

ふたりは、英治の実家の近くに居を構えていた。

玄関から外へ出た安東はな、改め村岡花子は蝉時雨の中、青空を見上げた。

「いい天気だね ~ 」

誰にともなくつぶやいた。

< あら、もうおめでたですか? >

花子は、すっかり大きくなったお腹の子に話しかけたのだ。

そして、玄関の『村岡英治、花子』と書かれた表札を雑巾で拭きながら、うれしそうに笑った。

「花子 … ふふっ」

* * * * * * * * * *

とある日曜日。

仕事が休みの英治は、身重の花子に代わって台所で洗い物をしている。

花子はといえば、居間で手紙を読んでいた。

甲府の両親からの手紙だ。

『はな、元気にしてるけ 無理して仕事してねえけ

くれぐれも自分の体とお腹の赤ん坊を大事にするだよ』


ふじの言葉を代筆した後、吉平自身の言葉が続いた。

『ボコの新しい名前を考えたので、送ります 父』

うめ つゆ えつ きみ ちよ よし しづ さくら …

女の子の名前ばかり書き連ねた紙が同封されていた。

* * * * * * * * * *

「手紙、何だって?」

洗い物を終えた英治が居間に戻って来た。

「お父が子供の名前考えたからって」

花子は先ほどの紙を英治に手渡した。

「へえ … 女の子の名前ばっかりだね」

「そうなの、孫も秀和女学校に入れたいんですって。

まだどっちが生まれてくるか分からないのに … 困ったお祖父やんですね」


花子はお腹の子に話しかけて笑った。

「でも、あなたが女の子だったら、絶対に名前には子をつけてあげますからね」

* * * * * * * * * *

「邪魔するよ」

玄関の方から声がした。

ふたりで出迎えた訪問者は平祐だった。

「いらっしゃいませ」

「父さん、何か急ぎの用でも?」


英治の口ぶりではあまり歓迎されているようにはみえなかった。

「いやあ、天気がよかったから、散歩のついでに寄ったんだ」

「 … そう言って、毎週日曜に来てますね」

「たまたまだ、たまたま」


* * * * * * * * * *

「調子はどうだね?」

「ええ、相変わらずよく動くんですよ。

夜でも足で蹴るから起こされちゃうくらいです」

「そうか ~ 結構、結構、それなら男の子だな」


花子の話を聞いて、平祐は好々爺のように笑った。

「元気な女の子かも知れませんよ」

「いや、まずひとり目は村岡印刷の跡取りを産んでもらわないとな」


すると、英治は花子のお腹に顔を近づけて話しかけた。

「どっちでもいいからね ~ 元気に生まれておいで」

「生まれておいで ~ 」


* * * * * * * * * *

自分の存在を無視したかのようなふたりの振舞に平祐は思いきり咳ばらいをした。

ハッとする花子。

「お義父様、お茶もお出ししてなくて、失礼しました … 只今」

「大丈夫、僕が淹れるから」


席を立とうとする花子を制して、英治が立ち上がった。

「あ、平気よ … 」

「明日、醍醐さんが原稿取りにくるんだろう?

締切厳守だ」


花子は申し訳なさそうな顔をして平祐を見た。

「お義父様、せっかくいらしていただいたのにすみません。

ゆっくりしていらしてくださいね」

「仕事辞めればすべて解決するぞ」

「父さん」


英治は平祐を諌めた。

「『王子と乞食』の翻訳は君にしかできないんだから」

そう言いながら、花子に手を貸して立ち上がらせた。

「はいじゃあ、頑張って」

花子の肩を叩いて、書斎へと背中を押した。

< 英治の協力もあり、花子は臨月まで翻訳を続けておりました >

* * * * * * * * * *

早々に英治の家を退散した平祐の行く先はお決まりのカフェードミンゴだった。

「今日はお疲れみたいですね?」

「ちょっと当てられてしまってね ~ いつまでも新婚気分で困るよ」


平祐は不機嫌な顔をして、かよに話した。

「君のお姉やんは、出産の最中でも翻訳してるよ、あれは … 」

いかにもありそうなことだとかよは笑った。

「英治も英治だ、村岡印刷の次期社長ともあろう者が尻に敷かれて …

だからふたりの結婚に反対だったんだ!」


かよは平祐から、幾度となく同じ愚痴を聞かされていた。

そして、いつも同じように聞き返すのだ。

「そんなこと言って、また遊びに行くんですよね?」

「いや、もう行かないさ」


かよは吹き出した。

平祐はこんなやりとりを楽しんでいる節がある。

「すぐに美味しいコーヒーをお持ちします」

* * * * * * * * * *

奥の席に龍一がひとりで座っていた。

彼が手にしているのは、蓮子からの手紙だった。

『龍一様

私は覚悟いたしました

すべてを捨てます



あなたにこのまま、お会いできないなら

生きている意味などありません

あなたの傍で生きられない今の境遇に、もう耐えられないのです



悪魔の涙に濡れる私を、一刻も早く救い出してください

蓮子』


この手紙は龍一にある決意をさせた。

* * * * * * * * * *

< それから数日が経ち … >

蓮子のこもるサロンのドアをノックする者がいた。

「奥様、すずです」

蓮子が唯一信頼している女中のすずだった。

「あの方から、お手紙が届いたの?」

慌ててドアを開けて訊ねると、すずは首を振った。

「お手紙ではなく … 」

すずが振り向いた先 … 蓮子は我が目を疑った。

そこに龍一本人が立っていたのだ。

蓮子の鼓動が早鐘のように鳴りはじめた。

「久しぶりですね」

龍一の声を耳にして、更に激しくなる鼓動。

「 … どうぞ」

蓮子は龍一をサロンへと招き入れた。

* * * * * * * * * *

サロンでふたりきりになると、蓮子は龍一に背を向けて、先程の動揺がウソのように冷静な声で訊ねた。

「私のことなんて、とっくにお忘れになったと思っていました」

「残念ながら、忘れることができなくて … 」


龍一は蓮子の正面に回って、彼女から届いた手紙を差し出した。

「手紙、拝読しました。

暇つぶしに僕をからかって遊んでいるんですか?

それとも … 」


龍一の声は震えていた。

「そんなことを聞きにわざわざいらしたの?」

「いや違う、あなたを … 」


そう言いかけた時、サロンの外で足音が聞こえた。

* * * * * * * * * *

足音の主はタミだった。

「なんばしょっと?」

サロンの前で見張っていたすずを見て、不審な顔で近づいてくる。

「な、なんも … 」

その時、サロンの中から大音量の音楽が聞こえてきた。

タミは顔をしかめて立ち去っていった。

* * * * * * * * * *

機転を利かせた龍一が蓄音機を回したのだ。

「 … 私を何ですの?」

龍一は蓮子に近づくと耳元に口を寄せた。

「今日ここに来たのは、あなたを連れ出すためです」

その言葉に蓮子の虚勢がもろく崩れていった。

「 … あなたの本当の気持ちを教えてほしい」

龍一は、蓮子をじっと見つめて答えを待った。

* * * * * * * * * *

「その手紙の通りです。

あなたの傍で生きられるなら、私はすべてを捨てます」

「そ、それがどういうことか分かってますか?」

「分かっています!」


蓮子は声を荒げて、龍一をにらみつけた。

そして、おもむろに指輪を外してテーブルの上に置いた。

「宝石も着物もいらない!

家も名前も捨てます … あなたの傍で生きられるなら!

だから、今すぐ私をここから連れ出して!」


帯を解こうとする蓮子を龍一は抱きしめた。

* * * * * * * * * *

「あなたを試すようなことを言って、すみませんでした」

龍一は体を離すと蓮子の目を見た。

「逃げましょう。

そして、ふたりで暮らしましょう」


涙ながらにそう訴えた龍一を見て、蓮子も歓喜の涙をこぼした。

「けれど、今すぐという訳にはいきません」

喜びが一瞬でしぼみかけ、蓮子は龍一を問い質した。

「どうして?」

「今逃げたところで、すぐ見つかって引き裂かれるのが落ちだ。

あなたはこの家に連れ戻され、僕は牢屋に入れられる … そうならないためにも、準備が必要だ」


そう説明されても、蓮子はまだ不満だった。

「僕たちは必ず一緒になれる。

だから、もう少しだけ我慢してください」


ようやく蓮子はうなずいた。

「分かったわ … 」

ふたりは見つめ合い、そしてまた熱く抱擁した。

* * * * * * * * * *

その日、花子は朝から、そわそわと落ち着かなかった。

東京で仕事がある伝助について上京する蓮子が、この家に訊ねてくるのだ。

約束の時間を待ちきれずに外へ出ると、陽炎のたつ通りの向こうから日傘をさした蓮子が伝助と共に歩いてくるのが見えた。

「蓮様!」

花子は蓮子に見えるように自分の大きなお腹を指さした。

「まあ!」

目を丸くした後、蓮子は拳を握ってうなずいてみせた。

* * * * * * * * * *

「はなちゃん、すごくきれい。

やっぱり村岡さんは、はなちゃんの巡り合うべきたったひとりの人だったのね」


式の写真を見ながら蓮子は言った。

急に決まった式ゆえに出席もかなわず、伝助から許しがもらえず、久しぶりに上京した蓮子。

ふたりがあうのは花子が結婚して以来初めてのことだった。

「それにしても大きなお腹 ~ もう今にも生まれそうね」

すると、花子が急に顔を曇らせた。

「私、怖いの … 無事に産めるのか、ちゃんと育てられるのかって」

そんな不安も蓮子にだから口にできた。

「大丈夫よ、はなちゃんなら。

小さい妹さんたちの子守をこぴっとしてたんでしょ?」

「ええ … 」


しかし、花子の表情は冴えなかった。

「でも …

産む時は覚悟した方がいいわよ。

もの凄く痛いから」


そういえば、蓮子は経験者だった。

「てっ?!」

恐れをなした花子を見て、蓮子は無邪気に笑い出した。

「そんなに怖がらないで。

『案ずるより産むが易し』よ」


* * * * * * * * * *

「よし、安産祈願をしちゃる」

ふたりの話を聞いていた伝助が急に立ち上がって、花子の横にしゃがむと、その大きなお腹に手のひらを当てた。

「てっ?!」

花子は伝助の顔を見た。

「俺の安産祈願は評判ばい」

真っ赤な顔で唸りはじめると気合を込めて叫んだ。

「やっ!!」

「てっ … て … ??」


ただそれだけのことだった。

「これで安産間違いなしじゃ」

そう言ってさも愉快そうに高笑いし始めた。

「 … はあ、ありがとうございます」

よく分からないが、少し気持ちが軽くなった気がした。

「嘉納さん、そんなに大勢に安産祈願なさったんですか?」

「よそに女の人が大勢いらしゃっるの」


花子の問いに代わりに答えたのは蓮子だった。

「男の甲斐性たい」

相変わらず笑っているが、やや気まずそうにもみえる。

* * * * * * * * * *

「ねえ、あなた。

赤ちゃんが産まれたら、すぐに会いに来たいの」


この時とばかりに蓮子は伝助にねだった。

「蓮子の奴、またすぐに東京に来ようとしちょるばい」

伝助はいたずらっぽい顔で花子に言った。

「ねえ、来てもいいでしょ?」

「うん、分かった … 分かった」

「ありがとうございます」


蓮子はこれ以上ないほどの笑顔を見せた。

伝助は蓮子の喜ぶ姿を見るのが好きなのだろう。

花子の目にもふたりが仲睦まじく映った。

「ええ、さあ、そろそろ行くばい。

じゃあ、はなちゃん、またな」


伝助は居間を出て行った。

* * * * * * * * * *

「蓮様、是非いらしてね」

「はなちゃん、赤ちゃんが産まれたらすぐに知らせてね」


蓮子の言葉に妙に力が入っていた。

「私、元気な赤ちゃんを産むわ」

「待ち遠しいわ … 」


< この時、蓮子が駆け落ちの計画を進めていたとは、知る由もない花子でした。

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2014年07月15日 (火) | 編集 |
第92回

突然の思いつきで、はなと英治は急きょ甲府で結婚式を挙げることになった。

< はなの結婚式のために、北海道からももが、そしてかよが久しぶりに甲府に帰って来ました >

ももは何時間もかけて船や電車を乗り継ぎ、かよと東京で落ち合って、姉妹揃っての帰郷となった。

< 三姉妹が顔を合わせるのは大層久しぶりでした >

かよは製糸工場へ奉公に出て以来、ももは北海道に嫁に行って以来の我が家だった。

* * * * * * * * * *

「こうしてふたりとも帰ってきてくれて、お祖父やんも喜んでるら」

周造の死に目には会えなかったふたりが仏壇に手を合わせるのを見て、ふじが感慨深く言った。

英治が甲府で式を挙げようと言ってくれたお蔭だと感謝していた。

「もも、どうでえ、北海道は?」

すっかり大人びたももに吉平が尋ねた。

「お父が言った通り、広え土地がいっぺえあるだよ」

「やっぱし北海道に嫁いでよかったら?」


ももはうなずいて幸せそうに微笑んだ。

ひとり見知らぬ土地へ嫁いでいったもものことが気がかりだったはなも、これでようやく安堵できた。

* * * * * * * * * *

一方、かよはももの隣りに何か思いつめたような顔で座っていた。

「かよ、元気そうじゃん」

ふじに声を掛けられてもうつむいたままだ。

「お父、お母、ごめんなさい」

かよは両親に向かって、いきなり手をついて頭を下げて謝った。

「おらが製糸工場から逃げちまったせいで、借金背負わしちまって … ごめんなさい」

そのことを気に病んでいて、帰ってきた時から様子が変だったのだ。

「ほんなこん、気にしてただけ?

かよはこぴっと仕送りしてくれてるじゃん」


ふじはそう言って笑ったが、かよは首を振った。

「まだまだ足りん、もっと稼いでまた送る」

かよは懐から取り出した封筒をふじの前に申し訳なさそうに置いた。

「いっつも大事なお金、ありがとうね」

ふじは手にした封筒を見つめながら言った。

「ふんだけんど、もういいだよ」

その封筒をかよの前に置き返した。

すると、吉平がかよに優しく言い聞かせるように話しはじめた。

「かよ、お母はな ~ かよが送ってきた金、全部取ってあるだよ。

かよが嫁ぐ時、全部持たせるだと」

「てっ?!」


かよは驚いて、ふじの顔を見た。

「ふんだから、かよも早くいい人見っけて、一緒になれし」

「お母 … 」

「何も気にすることねえだよ … これっからはいつでも好きな時に帰ってこうし」


そう言って、かよを抱きしめた。

心のつかえが取れたかよはふじの胸の中で幼い頃のように泣き続けた。

* * * * * * * * * *

< そしていよいよ、はなと英治の祝言の日です >

「ああもう ~ 何でおらがはなたれのために準備しんといけんら?!」

参列者のつもりでやって来たのに、即席の祭壇造りに駆り出され、文句たらたらの武を朝市が煽った。

「武、時間ねえから早くやれし!」

何しろ急に決まった上に、正月ということもあって、人手が足らないのだ。

* * * * * * * * * *

紋付袴に着替えた英治が式場である広間を覗くと、同じく着慣れない紋付き袴姿の吉平が落ち着きなく座っていた。

お互いに笑顔を交わしたが、どことなく引きつっている。

はじめてではないのに、英治はひどく緊張していた。

広間を出た英治が深呼吸していると、郁弥がやって来た。

「兄さん … Look great!

似合うじゃないか!」


… 一度めは、タキシードだったのだろう。

英治は一瞬照れてみせたが、すぐに不安そうに訊ねた。

「郁弥、父さんは?」

「ちゃんと連れてきたよ」


その表情から苦労のあとが読み取れた。

郁弥の視線の先から不機嫌な顔をした平祐が現れた。

「まったく、結婚も式のことも勝手に決めおって … 」

「頼むから、妙なこと言わないでくださいよ」


汽車の中で郁弥からも、しつこく念を押されていたのだろう … 平祐は口を真一文字に結んで横を向いてしまった。

* * * * * * * * * *

「只今より、村岡英治さんと安東はなさんの婚礼の儀を執り行います」

畳の広間には不似合いな結婚行進曲が蓄音機から流れ、司会を任された教会の森牧師が宣言した。

急なことだったので、甲府は安東家の人々、リンと朝市、地主の徳丸親子、英治側は平祐と郁弥のみの参列だった。

ももに手を引かれ、花嫁衣装に身を包んだはなが現れると、男性一同が息を呑んだ。

はなは皆に向かって一礼すると、ももと共に一歩ずつ、祭壇の前で待つ英治に向かって歩きはじめた。

「て ~ ありゃ本当にはなたれけえ?」

ポカンと口を開けている武。

馬子にも衣装というけれど、今日のはなは格段に美し見えた。

吉平、ふじ、かよ、そして朝市、それぞれの思いを胸にはなを見つめていた。

* * * * * * * * * *

英治にはなを届けるとももは一礼して席についた。

差し出した英治の手のひらにはなは自分の手を乗せ、そして、ふたりは祭壇の森牧師の方へ向き直った。

「神の御前で誓う前に、出席されている皆さんのうちで、この結婚に正当な理由で異議のある方は、今ここで申し出てください」

形式的に済ませ、森牧師が式を進行させようとした時だった。

「異議あり!」

* * * * * * * * * *

「てっ?!」

「 … 父さん?!」


異議を唱えたのは、平祐だった。

「私は、この結婚には反対します!」

あ然としている安東家の一同を前にそう言ってのけたあと、祭壇のふたりを見た。

「はなさん、君はそこそこの編集者になったが、村岡家の嫁には失格だ!」

「はなの何処が不満だっちゅうら?」


平祐の言い草に納得いかない吉平が問い質した。

「英治には、結婚したら、家に入って夫を支える嫁をもらいたい!

… 仕事を続けるなど言語道断!」


結婚ばかりか式まで自分にひと言も相談なく決めてしまったことを腹に据えかねていたらしい。

「と、父さん … 」

英治が困った顔で平祐を見た。

* * * * * * * * * *

「俺も異議ありじゃん!」

すると、負けじと吉平も手を高く上げた。

「てっ、お父?!」

「 … こんな古臭え考えの舅の家に嫁いでも、はなは幸せになれん!」

「ちょっとあんた何を言うでえ?!」


ふじたちが諌めたが、吉平と平祐は座ったままでにらみ合っている。

* * * * * * * * * *

「お父様方、冷静に!」

森牧師が執り成そうとした時、事態を更にややこしくする人物が現れた。

「ほれなら、おらも異議ありじゃん!」

関係のない武が異議を唱えたのだ。

「武、おまんどういで、反対するだ?」

「はなたれが、あんなきれいな花嫁になるなら … おれが貰ってやればよかったじゃん。

はなたれ、おらの嫁になれ!」


* * * * * * * * * *

「ほれなら、おらも異議あり!」

それを聞いて、リンまでが手を上げた。

「お母?!」

「朝市、おまんこそ異議がありじゃねえだけ?

ほら、反対しんと、はなちゃん結婚しちまうよ」


朝市に向かって小声で促した。

それを聞いて、ももも朝市の顔を見た。

朝市は祭壇のふたりをじっと見つめたまま動かない。

* * * * * * * * * *

「異議のある方が4人も …

このような事態は今までありませんでしたが」


困惑した森牧師は、ふたりに訊ねた。

「取りやめますか?」

「そんな … 」


ここで英治がビシッと決めれば男を上げられるのだが … 図体ほど、心臓はデカくなかった。

はなの悲しそうな横顔。

その時、朝市がすくっと立ち上がって叫んだ。

「異議なしっ!」

* * * * * * * * * *

朝市を見て、ニコリと笑ったももが立ち上がった。

「おらも異議なし!」

「異議なし!」


かよがにつられて、村岡家からも郁弥が立ち上がった。

「異議なし!」

『そうさの ~ 異議なし!』


その時、はなははっきりと周造の声を聞いた。

* * * * * * * * * *

「今、お祖父やんが?!」

かよとももが顔を見合わせた。

周造の声は、吉平の耳にも届いたようだ。

「 … ほれじゃあ、俺も異議なし!」

吉平が立ち上がると、ふじがうれしそうに後に続いた。

* * * * * * * * * *

結局、座っているのは平祐だけになってしまった。

皆の視線が集中する。

周りを見回して、ついに平祐も白旗を掲げた。

バツが悪そうな顔をして郁弥に手を借りて立ち上がった。

それを確認して、森牧師が宣言した。

「異議なしと認めます。

… では、続けましょう」


ホッとした英治とはなは、再び森牧師に向き直った。

* * * * * * * * * *

「村岡英治さん、安東はなさん … 」

「あ、すみません、ちょっと待ってください」


今度、進行を妨げたのは、はな自身だった。

「まさか、あなたまで異議があるんですか?」

「えっ?!」


英治が動揺してはなの顔を見た。

「いえ、異議ではないんですが …

はなではなく、花子と呼んでください」


それを聞いて、甲府の一同が笑い出した。

「お姉やん、また言ってる」

ここに座っている皆は何百回とその言葉を聞いてきたことだろうか。

「僕からもお願いします … 花子と呼んでください」

はなは英治を満足そうに見上げた。

* * * * * * * * * *

森牧師は笑ってうなずくと式を再開した。

「 … では、誓約していただきます。

村岡英治さん、あなたは安東花子さんを妻とし、生涯愛することを誓いますか?」

「はい、誓います!」


それは先ほどの朝市に負けないほどの大きな声だった。

「そんなに大きな声で返事をした人は、後にも先にも初めてですよ」

森牧師は笑いながら、次にはなに向かった。

「花子さん、あなたは英治さんを夫とし、共に歩み、生涯愛することを誓いますか?」

「はい、誓います」


見つめ合って微笑んだふたり、はなの目には光るものがあった。

『そうさな ~ 』

はなにはまた周造の声が聞こえた。

ハッとして振り向くと、紋付袴姿でにっこりと笑った周造の姿が消えていくのが見えた。

* * * * * * * * * *

「牧師様、今日は急なお願いだったに、ありがとうごいした」

ひと足先に帰る森牧師を見送りに出てきた朝市が改めて礼を言った。

「はなさんの … あ、いや … 花子さんの結婚の誓いに立ち会えて、私も大変うれしかったです。

まあ、途中はどうなることかと思いましたが」


ふたりは顔を見合わせて笑った。

「朝市君、あなたにも … 神の祝福がありますように」

そんなふうに願うのは森牧師だけではないだろう。

* * * * * * * * * *

波乱が治まった後、宴は和やかに続いていた。

しばらくすると、高砂に座ったふたりの元にかよとももがやって来た。

「おらたちから英治さんに、これささやかなお礼です」

かよが取り出したのは、はなにとって懐かしい『おやゆび姫』の本だった。

「お姉やんがはじめて読んだ本、おらたちに何べんも何べんも読んでくれた … 3人の宝物」

「いつか、お姉やんと一緒にこんな素敵な本作ってください」


ももが由来を説明して、かよが本を英治の前に置いた。

「お姉やんのこと、よろしくお願えします」

そして、ふたりは英治に向かって頭を下げた。

英治は本を手に取った。

「ありがとう、きっと素敵な本を作ります」

「ありがとう」


はなもふたりに礼を言った。

「お姉やん、お幸せに」

< はな … じゃなくて、花子、おめでとう。

ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月14日 (月) | 編集 |
第91回

大晦日の安東家に電報が届いた。

「おお、はなからだと!」

「はなから?」


ふじは糸を紡いでいた手を止めて、吉平が受け取った電報を覗きこんだ。

『シヤウグワツカヘル アハセタイヒトガイル』

「正月帰る 会わせたい人がいる … だと?!」

「へえ! 会わせてえ人?!」


* * * * * * * * * *

年が明けて、はなはひとりの男性を連れて帰省してきた。

「はじめまして、村岡英治です」

背が高く、誠実そうな雰囲気のその男性をふじは一目で気に入った。

「はなの母でごいす」

挨拶する声もうわずってしまった。

難しい顔で腕を組んでいた吉平は、ふじに促されてやっと頭を下げた。

「お隣の木場リンでごいす!」

何故か同席していたリンが朝市の母親だと、はなが英治に教えた。

英治にとっては、はなに求婚するよう背中を押してくれた恩人の母親ということになる。

「 … 花子さんはこの家で育ったんですね」

英治は部屋を見回しながら、感慨深げにつぶやいた。

「花子?」

吉平もふじも、はなのことを花子と呼ぶ人物を初めて目にした。

「これ、つまらないものですが … よろしかったら」

英治は抱えていた風呂敷包みを解いて、中から取り出したウイスキーの箱を相変わらずムスッとしている吉平に差し出した。

* * * * * * * * * *

「ああ、ほうけ ~ お宅は印刷会社をやってるだか?」

酒を酌み交わしはじめると、吉平はあっという間にいつもの調子に戻った。

「ほんじゃ、はなの出版社の本も印刷してるだか?」

「はい」


はなが『王子と乞食』の挿絵を描いてくれたのも英治だと教えると、吉平だけでなくふじまで声を上げた。

「え ~ あの挿絵描いたの君だったか?」

「あれはいい絵だったじゃんね」


誰が描いたかも知らずに、ふたりではなの翻訳にぴったりだと褒めていたのだ。

はなと英治は顔を見合わせて微笑んだ。

「さあさあ、村岡さん飲めし」

吉平も英治をすっかり気に入ってしまったようだ。

* * * * * * * * * *

「ところで … 」

ずっと緊張したままの英治が、突然切り出した。

ここからが本題なのだ。

「 … お父さん、あの … 今日は …

大事なお話があって、伺いました」


改めて吉平に向かって姿勢を正した。

はなも英治の横で座り直した。

「えっと、そのですね … あの …」

英治がなかなか思うように言葉が出ないでいると、吉平の方がいい調子で話しはじめた。

「いやあ ~ 村岡さん、もう英治君でいいら?」

「は、はい」

「俺は君のことが気に入ったぞ!

ボコの頃から、本が大好きなはなにぴったりの相手じゃん」


それを聞いたふじがはなの顔を笑顔で見た。

はなもうれしそうな顔をしている。

すると、吉平も胡坐から正座に座りなおした。

「はなのこん、嫁にもらってくれちゃあ ~ この通り」

英治に向かって、手をついて頭を下げた。

* * * * * * * * * *

予想しなかった展開に戸惑った英治は、吉平に向って頭を下げて返した。

「て ~ お父が先に言っちゃあ駄目じゃんけ!」

「お父、村岡さん困ってるじゃん!」


ふじとはなから咎められて、気づいた吉平は大笑い。

拍子抜けしたような、ほっとしたような … 英治も複雑な顔で笑っていた。

* * * * * * * * * *

「ほれにしても、はなから電報もろうたときゃあ、一体どんな男が来るかと思ったけんど。

英治君みてえな青年でよかった」


吉平はご機嫌で英治の肩をポンポン叩いた。

「まったく東京には、ひでえ男もいるからな ~ 」

酒も大分回っているようで、ふじが嗜めたが吉平は構わず話し続けた。

「英語の辞書をくれた男から、はなはひでえ目に遭ったらしい … 」

途端、英治の顔が強張った。

「すまんじゃんね ~ この人すっかり酔っぱらっちまって … 」

微かに遠雷が聞こえてきて、空模様が怪しくなってきた。

* * * * * * * * * *

雨が本降りになった頃、男ふたりは酔いつぶれて囲炉裏端で眠ってしまっていた。

「村岡さん、はなのこと『花子』って呼んでくれるだね」

吉平に毛布を掛けながらふじが言った。

「よかったね ~  本当にいい人に巡り合っただね」

英治に毛布を掛けながら、はなはしっかりとうなずいた。

「はな、あの辞書くれた人のこん、もう忘れただね?」

急に真顔を戻って、小声で訊ねた。

「 … うん」

ふじは安堵のため息をつくと、何度もうなずいた。

「村岡さんとふたりでこぴっと幸せになれし」

* * * * * * * * * *

次の朝、外はすっかり晴れ上がった。

朝食の席で、英治がまた、吉平とふじに大事な話があると言い出した。

「昨夜は酔っぱらってたけんど、はなを嫁にくりょうって話ならこぴっと覚えてるだぞ」

吉平はそう笑っているが、英治は真剣な顔をしている。

「実は、おふたりに黙っていることがありまして … 」

何を言うのか察したはなが慌てて止めた。

偶然にはなとふじの会話を聞いてしまった英治は、つつみ隠さずに全部話そうと決めていたのだ。

英治の思いにはなも仕方なく承知した。

* * * * * * * * * *

「花子さんに英語の辞書を贈ったのは … 僕なんです」

「てっ?!」


ふたりとも仰天した。

「一体、どういうこんでえ?」

「ふんだって、ほの人は結婚してるって?!」


英治は話を続けた。

「 … 僕には妻がいました。

半年前に病気で亡くなりましたが」


吉平とふじは言葉をなくして英治のことを見つめた。

「花子さんと初めて出会ったのは、花子さんがまだ女学校に通っていた時のことです。

… それから、妻に出会い、結婚しました」


英治は感情を押し殺したように訥々と語り続けた。

「花子さんと再会したのは、去年の春、花子さんが上京して聡文堂で働き始めた時です」

* * * * * * * * * *

「 … 僕は、妻が居る身でありながら、花子さんのことを好きになってしまいました」

「ちがう、おらが悪いの!」


はなは英治を庇って、妻帯者だと知らずに「好きです」と告げてしまったと、自分を責めた。

「 … ほれで?」

吉平は苦虫を噛み潰したような顔で英治に話の先を促した。

「僕は、何とか花子さんの思いを忘れようとしました。

でも、妻には分かったようで … 離婚したいと言われました」


はなは沈痛な顔で英治の話を聞いた。

「離婚してすぐに妻は亡くなりました」

* * * * * * * * * *

「てっ?!」

ふじが悲鳴のような声を上げた。

「駄目だ … この結婚は認められん」

吉平が苦しげに口を開いた。

「離婚しただけならいい。

だけんど、奥さんを亡くしてる男とは … 一緒になっても幸せになれん!」


* * * * * * * * * *

「どうして?」

はなは目を見開いて、吉平に訊ねた。

「亡くなった奥さんへの思いは、この人の中に生き続ける。

ほんな男と一緒になっても … はなは幸せになれん」


そんな風に決めつけられても、はなは納得できなかった。

英治を見ると、返す言葉もなくうつむいていた。

「お父 … おら、ほれでもいい」

「はな!」


ふじの悲しそうな顔が見えたが、はなは話続けた。

「前の奥さんのことも全部含めて、おら今の村岡さんを好きになったの」

* * * * * * * * * *

「おら、自分はもっと強い人間だと思ってた。

ボコの時っから、ちっとぐれえ辛えこんあっても、心を強く持って人前では笑ってた。

… ふんだけんど、村岡さんと会ってから、自分は何て弱い人間なんだろうって思った。

泣くほどの辛い思いも、飛び上がるほどのうれしい思いも、どうしようもねえほどのときめきも … 全部、村岡さんから教えてもらった。

村岡さんを好きにならなんだら、こんな自分にも出会えなんださ」


はなは今にも泣きそうな気持ちを堪えて懸命に訴えた。

「お父、お母 … おら、村岡さんと一緒に生きていきたい!

結婚させてください!」


両親に向かって頭を下げると、隣りの英治も同じように頭を下げた。

「お願いします!」

そして、絶叫に近い声を張り上げた。

「必ず、花子さんを幸せにします!」

* * * * * * * * * *

目に涙をいっぱい溜めていたふじがふっと微笑んだ。

「 … ほういやあ、おらたちも」

その言葉に吉平が遠い目をした。

周造にふじとの結婚を認めてもらうために、この家を訪れた日のことを思い出していたのだ。

「お父やんは随分と頑固で … 」

「本当に許してくれたのは、お祖父やんが亡くなる間際だ」


いつしか吉平も頬を緩ませていた。

「ほんなに待ってたら、はなはお婆やんになっちもう。

英治さん … 」


ふじに名を呼ばれて、英治は顔を上げた。

「今のうちにもらってやってくりょう」

* * * * * * * * * *

「 … はなのこん、幸せにしてやってくりょう」

「英治君 … 頼む」


吉平も正座し直して英治に向かって頭を下げた。

「はい」

「 … ありがとう … ありがとうごいす」


はなの目から大粒の涙がこぼれた。

* * * * * * * * * *

「ここが花子さんの一番好きな場所ですか?」

「はい」


はなは英治をこの教会の図書室に案内したかったのだ。

ステンドグラスから外の光が差し込んでいる。

英治は突然思いついた。

「そうだ、花子さん。

ここで結婚式をやりましょう」

「結婚式?」

「はい … この甲府で」


英治は自分の思いつきに満足そうに笑っている。

はなもそれに笑顔でうなずいた。

< 甲府で結婚式?

さて、どんな式になるのでしょう ~ ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月13日 (日) | 編集 |
まずは、先週のおさらいを …



それでは、次週の「花子とアン」は?

はな(吉高由里子)は英治(鈴木亮平)を両親に紹介するべく、甲府を訪れる。

吉平(伊原剛志)とふじ(室井滋)は酒をくみ交わすうちに英治を気に入るが、酔った吉平は「いい人で良かった。はなは英語の辞書をくれた男にひどい目に会わされたから」と口をすべらす。

おら、村岡さんと一緒に生きていきたい

必ず、花子さんを幸せにします


それを聞いた英治は意を決し、これまでの全てを話す。妻がいた事などを聞いて吉平は怒り出すが、はなの真剣な思いを知って、ふじとともに受け入れるのだった。

結婚式は甲府で行われることになり、かよ(黒木華)ともも(土屋太鳳)が久々の帰郷を果たす。家族に借金を背負わせたことを気に病んでいたかよは、両親から温かい言葉をかけられ思わず涙する。

異議あり!

ほれなら、おらも意義あり!

俺も意義ありじゃん!

はなたれ、おらの嫁になれ!


朝市(窪田正孝)らが手伝って婚礼の準備は整えられ、平祐(中原丈雄)や郁弥(町田啓太)も到着。森牧師(山崎一)の司会のもと、式は和やかに進むかのように見えたが、思わぬ波乱が待ち受けていた…

* * * * * * * * * *

それから一年半。安東はな改め村岡花子は、英治とともに東京の大森で暮らし、お腹の中の赤ちゃんが産まれる日を心待ちにしていた。

今すぐ私をここから連れ出して!

一方、福岡の蓮子(仲間由紀恵)は伝助(吉田鋼太郎)の目を盗み、ある重大な決意をしたためた手紙を龍一(中島歩)に送る…

蓮様、何があったの?

花子とアン 公式サイト、YAHOO!テレビガイド他を参照)

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2014年07月12日 (土) | 編集 |
第90回

英治が描き上げた『銀河の乙女』の挿絵を見て亜矢子は言った。

「これは、はなさんよね … だってほら、この女の子、想像の翼を広げてる」

はなは改めて挿絵を見直した。

それは、天空のひときわ輝く星を目指して、背中の羽を羽ばたかせている少女の絵だった。

「て … 」

「私、英治さんに言ったのよ … あなたの心の中にも『銀河の乙女』がいるはずだって。

それは、はなさんだったのよ」


* * * * * * * * * *

挿絵を仕上げるために徹夜になってしまった英治。

自分の『銀河の乙女』を描き上げることが出来た安堵感も重なって、猛烈な睡魔が襲ってきた。

いつの間にかソファーでうたた寝をしていた。

どれくらい経ったのか … 人の気配にハッとして目を覚ますと、聡文堂から郁弥が戻ってきていた。

「 … おかえり」

「挿絵、好評だったよ」

「そうか … 」


英治は微かに笑ったが、半分未だ夢うつつだった。

そんな英治の目の前に郁弥はおもむろに小箱を差し出した。

「 … これ、義姉さんから預かってたんだ」

一気に目が覚めた英治は、郁弥からそれを受け取った。

ふたを取ると中には、赤子を抱いたマリアが彫られたカメオが入っていた。

「ごめん、もっと早く渡すべきだった … 」

「どういうことだ?」


郁弥は、香澄からこのカメオを預かった時のことを話しはじめた。

* * * * * * * * * *

それは香澄が英治に離婚を切り出した後に郁弥が見舞いに訪れた時のことだった。

「あの人、優しいから … 私のこと引きずって、ひとりぼっちで生きていこうとするじゃない?

それだと私、安心して天国へも行けないわ」

香澄はそう言って笑った。

「英治さんに伝えて … 私が死んだら、もう私にしばられないで、誰かと一緒に生きていってほしい」

たぶんすでに自分の死期が近いことを悟っていたのだろう。

郁弥は返事できずにうつむいていた。

香澄はベッドわきの引き出しから小箱を取り出し、郁弥に手渡した。

「 … これは?」

「結婚式の時にお義母様からいただいた形見のカメオ」

ふたを開けてみる郁弥。

「これをその人に渡して欲しいの。

英治さん、きっと … もうその人に会っているわ」

* * * * * * * * * *

カメオを見つめていた英治の顔がくしゃくしゃに崩れて、目から涙があふれ出した。

「俺は許せなかったけど、義姉さんは兄さんのこと、もっと深く愛してたんだな … 」

香澄が英治に直接渡さなかったのは、決して受け取らないことが分かっていたからだろう。

英治は口に手を当てて、嗚咽した。

* * * * * * * * * *

< 一方、福岡に戻った蓮子は …

居ても立っても居られないほど、龍一の手紙を待ちわびておりました >

相変わらずサロンにこもっていたが、足音がするたびに、手紙を届けに来たのではないかと、廊下に飛び出してしまうほどだった。

「奥様、来ました!」

女中のすずから、ようやく届いた封書を受け取った蓮子は封を開けるのももどかしく、立ったままで手紙を広げた。

そして、愕然とする。

『あなたは、あのご主人と別れることは出来ない

それがよく分かりました

もうこれでお終いにしましょう

… さようなら、筑豊の嘉納夫人』


どれほど自分本位な文章だということが、今の蓮子には判断することができなかった。

一方的に告げられた別れを悲観して涙を流すほどに龍一への思いは一層募るばかりだった。

* * * * * * * * * *

突然、ドアが開いて伝助が入ってきた。

蓮子は慌てて手紙を袂に隠した。

「 … どけんしたとか?」

サロンに引きこもりっきりの蓮子を心配して様子を見にきたようだ。

「東京では、あげんご機嫌やったとに … 」

蓮子の顔を覗きこんで、涙を浮かべていることに気づいた。

「腹でも痛いとか? 医者呼ぶか?」

まるで幼子に対するように優しく訊ねた。

かぶりを振った蓮子は絞り出すような声で言った。

「 … と、東京へ行かせてください」

「ああ ~ 何か ~

もう、東京が恋しくなったとか?」


伝助は笑い出した。

「よかよか、そのうちまた仕事で行くき、一緒に連れて行っちゃる」

「今すぐ行きたいんです!

… お願いです、東京へ行かせてください!」


* * * * * * * * * *

伝助はその尋常ではない蓮子の姿に不吉な何かを感じた。

「だめだ … 」

がらりと変わって、冷たく言い放った。

「俺が上京するまで、言ってはならん」

部屋を後にしようとした伝助の背中に向かって蓮子は叫んだ。

「それなら、私はこの家を出て行きます!」

「な、何やと?!」


さすがの伝助も驚き振り返った。

「私と離縁してください!」

「お前、何を言いよると?!」


伝助にしてみれば、突然の蓮子の言動は狂喜の沙汰としか思えなかった。

「ほんなこつ、お前どげんしたとか?」

「お願いです、私を自由にしてください!」


駄々っ子のように泣き喚く蓮子を伝助は呆然と見つめていた。

* * * * * * * * * *

『銀河の乙女』の挿絵が仕上がったと連絡を受け、満代は聡文堂へやって来た。

満代は手にした挿絵をじっと見つめて、難しい顔で黙ったままだ。

「今度のは、なかなかいいと思うんですけど … 」

はなと並んで満代の答えを待っていた亜矢子が恐る恐る尋ねた。

「 … まだ、お気に召しませんか?」

出来栄えには自信はあったが、相手は満代である … 何を言い出すか分からない。

ただ、駄目と言われても、英治にこれ以上のものを望むことは到底無理だ。

あまりにも長く考え込んでいるので、梶原や職員一同が注目していた。

ほどなく満代は挿絵から顔を上げて言った。

「いいじゃない」

はなと亜矢子は顔を見合わせて安堵の笑みを交わした。

「では、それで進めさせていただきます」

はなの肩からホッと力が抜けた。

* * * * * * * * * *

「花子さん」

『銀河の乙女』の入稿を終えて、長屋の前まで戻って来たはなを呼び止めたのは英治だった。

「ごきげんよう … 今日は素敵な挿絵ありがとうございました」

未だに英治と向かい合うと、態度がぎこちなくなってしまうはなだった。

「宇田川先生も喜んでいらっしゃいました」

「あなたのお蔭で描けたんです」


英治も緊張しているのかニコリともせずに言った。

「 … 大事な話があります」

* * * * * * * * * *

はなは英治を長屋へと招き入れた。

「あっ、おらちょっと出かけて来ようか … 」

お茶を出した後、気を利かせて出かけようとするかよを、ふたりが揃って留めた。

英治にしたら、これからする大事な話の立会人、はなにしたら、ひとりで聞くのは不安 … ということかも知れない。

「花子さん、僕は … あなたを愛してしまいました」

いきなり、直球過ぎる言葉だった。

しかし何故かはなは冷静に聞くことができた。

「自分の気持ちにふたをして、今までずっと気がつかない振りをしていたんです」

* * * * * * * * * *

「思いを貫けば、傷つける人がいました。

その人も僕にとって大切な人でした」


はなは小さくうなずいた。

「でも … 自分の気持ちから逃げるのは、もう止めることにしました。

僕の人生には、あなたが必要なんです。

結婚してください」


* * * * * * * * * *

はなの心は揺れていた。

求婚された喜びは大きかったが、郁弥に話したように自分のことを許せないという気持ちの方がより大きかったのだ。

そして、はなは答えを出した。

「村岡さん …

ごめんなさい、それはできません」


英治に向かって頭を下げた。

「お姉やん … 」

* * * * * * * * * *

「 … 好きとか、一緒に居たいとか、そういう気持ちは全部甲州の山に捨ててきたそうですね?」

「て … 」


はなは唖然とした。

「すみません、弟に全部聞いてしまいました」

… ということは、他に話したことも筒抜けなのだろう。

「僕は、あなたをいっぱい傷つけたんですね。

何て謝ったらいいのか … 言葉が見つかりません。

でも … 自分を許せないなんて、それだけはどうか思わないでください」


* * * * * * * * * *

うつむき加減だったはなが英治の顔を見上げた時、部屋の隅に居たかよが厳しい顔をしてはなの横に座りなおした。

「ほうだよ、お姉やん。

お姉やんは、幸せになっていいだよ。

こんなに好きになれる人は、お姉やんの前にもう現れんだよ」


はなにそう言った後、かよは英治の方に向き直った。

「村岡さん … お姉やんのこん、幸せにしてやってくれちゃあ ~

お願えします!」


畳に手をついて深く頭を下げた。

* * * * * * * * * *

はなは英治を、英治ははなのことを互いに見つめ合った。

「 … ありがとうございます。

よろしくお願いいたします」


はなはかよと並んで手をついて頭を下げた。

英治の顔から緊張が解けていった。

「お姉やん、よかったね ~ 本当によかったね」

はなが一番辛い時も目の当たりにしていたかよは心の底から喜んで涙を浮かべている。

「ほうだけんど … 何でかよが先に返事するでえ?!」

はなは泣きながら吹き出した。

笑顔になった英治の目にも涙が光っていた。

< 本当によかったですね ~

でも、このふたりが結ばれるまでには未だ、山あり谷ありのようです。

そのお話はまた来週 … ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月11日 (金) | 編集 |
第89回

クリスマスパーティの後、カウンター席に残った朝市は英治を問い質した。

「はなに英語の辞書贈ったのあんたですか?」

「 … はい、そうですけど」


はなは酔いつぶれて、朝市の向こうで突っ伏して眠っていた。

「あんたに言っておきてえことがある。

はなは … 甲府に帰ってきた時、あの辞書を捨てようとしたです」


驚く英治。

「あんな大事なもの投げ捨てようとするなんて、びっくりして止めました。

あん時のはなは … おらが見たこともねえ、悲しい目してたです。

あの辞書をくれたあんたのことを、必死に忘れようとしてただと思います」


掃除をしていたかよも手を止めて朝市の話に耳を傾けている。

「今は、元の明るいはなに戻ったみたいに見えるけんど … やっぱり、おらには違って見えます。

いくら明るく笑ってても、昔の屈託のないはなの笑顔とは違うです」


朝市は眠っているはなに目を落とした。

「はなはきっともう、おらの知らんはなになっちまった。

… あんたのせいじゃないですか?」


顔を上げて責めるような目で英治を見た。

英治は悲痛な顔で黙って話を聞いている。

「あんたもはなのことが好きなら、はなの気持ち … こぴっと受け止めてやってくりょう」

* * * * * * * * * *

「ちょっと待ってください。

… どうして、僕にそんなこと言うんですか?」


英治は目をそらさずに朝市に訊ねた。

「あなたは、僕よりずっと彼女のことを分かっている。

朝市さんこそ、はなさんのことが好きなんじゃないですか?」


英治から指摘された朝市はあっさりと認めた。

「はい …

おらは、はなが好きです。

ボコの頃から、はなはずっとおらの傍に居ました。

いつか、おらの嫁さんになって欲しいと思ってました」


今日までずっと自分の胸に秘めてきた思いを初めて口に出したのだ。

「 … そんなに思ってるなら、あなたが彼女と結ばれるべきだ」

朝市は、苛立って声を荒げた。

「まだ分からんだけ?

… おらじゃ駄目じゃん!

あんたじゃなきゃ駄目どう!!」


英治は朝市の気迫に言葉を失った。

にらみつけている朝市の顔には、はなのために何もできないもどかしさや悔しさがにじみ出ていた。

* * * * * * * * * *

朝市は、グラスに残っていたウイスキーを一気に飲み干すと、ふっと表情を緩めた。

くしゃくしゃの顔をして笑うと息をついた。

「はあ、酔っぱらった … 武が待ってるから帰る」

そう言って席を立った。

「朝市、もう電車ねえよ」

「歩いて帰る … ちょうどいい酔い醒ましだ」


心配するかよにそう言って笑った後、扉の前でもう一度、英治の方に向き直った。

「はなのこと、お願えします」

英治の背中に深く頭を下げると、店から出て行った。

いつのまにか、ソファーで酔いつぶれていたはずの郁弥が目を覚ましていた。

* * * * * * * * * *

一夜明けた開店間もないドミンゴ。

武と朝市がライスカレーをかっ込むように食べている。

「ここのライスカレーも食べ納めじゃん」

「てっ、やっと甲府に帰るだけ?」

「ほんなに寂しいなら、もっと居てやらっか?」


かよは思いっきり首を振った。

「ごちそうさまでした!」

あっという間に平らげたふたりは両手を合わせると、荷物を手に立ち上がった。

「釣りはいらん、世話になったじゃん」

武はかよの掌に紙幣を数枚渡した。

「てっ、武 … はじめてチップくれたじゃん、ありがとう!」

最後にいいところを見せたのだ。

「 … やっぱし、もっと居っかな?」

そのまま帰ればいいものを自分で男を下げるのが武らしかった。

* * * * * * * * * *

「朝市、お姉やんに会わんで帰っちまうだけ?」

そう言われて、朝市は少しだけ名残惜しそうな顔をみせた。

「うん、いいら … こぴっと頑張れって、かよちゃんから言っといてくりょう。

かよちゃんも元気で」


かよは朝市に言いたいことがあった。

「ゆんべの朝市、うんとこさかっこよかったよ」

かよから褒められて、照れまくる姿はいつものシャイな朝市だった。

昨夜は、はなのためにと、一世一代の勇気を振り絞って英治に意見したのだろう。

「朝市の何処がかっこいいでえ ~ ?!」

経緯を知らない武は納得がいかない。

「汽車に遅れるから早く行こう!

ごっそうさん!!」


朝市は武を急かして帰って行った。

「ありがとうございました!!」

* * * * * * * * * *

< 朝市がはなのためにそんなかっこいいことをしてくれたなんて … つゆほども知らないはなでした >

「昨夜は相当飲んでたけど、大丈夫?」

二日酔いですっきりしない顔のはなを見て亜矢子は声をかけた。

「お恥ずかしい … 」

酒の上での失敗が多いはな、きまりが悪いので話を変えた。

「あっ、『銀河の乙女』、今日こそ入稿したいわね。

村岡さんの挿絵まだかしら?」


すると、亜矢子は確信しているように答えた。

「きっとすごくいい絵が上がってくるわ」

「えっ?」

「私、そんな気がするの」


はなの顔を見て意味深に笑った。

* * * * * * * * * *

「 … 安東さん」

気がつくと、郁弥が会社にやって来ていた。

何だか、やけに緊張した感じで立っている。

「後でちょっと話したいことがあるんです」

「はい?」


その口ぶりからすると、仕事のことではないようだ。

「 … 兄のことで」

* * * * * * * * * *

「『銀河の乙女』は、誰の心にも居ると思うんです。

… 英治さんの心にもきっと居るはずです」

机の上に置いた真っ新な紙を前に英治は昨夜の亜矢子の言葉を思い返していた。

自分の心に居る『銀河の乙女』とは? …

答えはひとつだった。

英治はそれを形にするために鉛筆を手に取ると、紙に走らせ始めた。

* * * * * * * * * *

郁弥は、ドミンゴのカウンターに着くなり、はなに切り出した。

「昨夜、ここで兄と朝市さんが話ているのを聞いてしまいました」

やはり郁弥は目を覚まして、ふたりのやりとりを聞いていたらしい。

酔いつぶれて眠ったままだったはなには何のことか分からなかった。

「あのね、お姉やん眠てたけんど、ふたりでお姉やんの話してただよ」

カウンターの内側でかよが説明した。

「そうですか … 」

どんな話をしていたのか気になったが、郁弥の表情からすると楽しい話ではなさそうだ。

「 … それで?」

「やはり、兄とあなたは心が通じ合っていたんですね。

… 義姉さんが亡くなる前から」


はなに動揺の色がみえた。

「義姉さんも気がついていました」

姉に代わって確かめたのは、かよだった。

「それで、お義姉さん、突然英治さんと別れたいなんて言い出したんですか?」

「 … きっとそうです」


郁弥はため息をついた。

「義姉さんの気持ちを思うと、僕は兄とあなたが一緒になるのだけは許せないんです」

* * * * * * * * * *

「 … そうだと思います」

絶句していたはなはようやく、そう言葉にした。

「私も自分のこと許せないんです」

はなは深呼吸すると、郁弥の顔を見た。

「正直に言います。

お兄さんの離婚話を聞いた時、一瞬だけ考えてしまいました。

… お兄さんと一緒になれるんじゃないかって」


英治をひとことも責めず、自分の気持ちも偽らず、ありのままを話そうとするはなに、反対に郁弥の方が狼狽えていた。

「もうそんなこと二度と考えません。

好きだとか、一緒に居てえだとか … そういう気持ちは全部、甲州の山の中に捨ててきましたから …

どうか、安心してください」


はなが「自分を許せない」と言った言葉に嘘はないと郁弥は信じた。

「 … そうですか」

郁弥は視線をそらして目を伏せてしまった。

「村岡さんとはいい仕事の仲間でいたいんです。

今心からそう思ってます」


はなを責めるような言い方をしてしまった自分を恥じていた。

「 … 分かりました」

笑顔で取り繕うことしかできない自分が情けなかった。

「すいません、未だ仕事が残っているので … 失礼します」

そう断ると、はなは慌ただしく会社へと戻っていってしまった。

* * * * * * * * * *

同じ頃、英治は会社に残って、スタンドの灯りの下、一心に挿絵を描いていた。

夜も大分更けて下描きが終わり、鉛筆をペンに持ち替えた。

そして、東の空が白む頃に英治は自分の心に居る『銀河の乙女』を遂に描き上げた。

徹夜明けで疲れた顔の中に満足げな表情が宿っていた。

* * * * * * * * * *

英治が描き上げた挿絵を持って、郁弥が朝一番に聡文堂にやって来た。

「おはようございます。

これ、兄から預かって来ました」


郁弥は、はなと亜矢子に封筒を差し出した。

「挿絵出来たんですか?!」

「はい」


昨日の今日なので、郁弥に対するはなの態度がいくらかぎこちなくも感じたが、挿絵が完成したことでそんなことは吹き飛んでしまったようだ。

ふたりは郁弥を応接席に案内して、早速封筒から挿絵を取り出した。

* * * * * * * * * *

「素敵 … 」

はなの口から思わず感嘆の声が漏れた。

「これなら、宇田川先生も気に入って下さるわよね」

はなはそう確信して、亜矢子に同意を求めた。

当然、亜矢子も同じ感想だった。

「これは … はなさんよね」

亜矢子は少し羨ましそうにその絵を見ながら言った。

「えっ?!」

「だってほら、この女の子、想像の翼を広げてる」


はなは改めて挿絵を見直した。

今まで英治が描いてきた『銀河の乙女』は鎧に身を包んだ凛々しい少女の姿をしていた。

しかし、今回は、天空のひときわ輝く星を目指して、背中の羽を羽ばたかせている微笑みをたたえた天使の様な少女だった。

< 英治の心の中に居る『銀河の乙女』というのは、ひょっとして … >

「てっ … 」

< … ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月10日 (木) | 編集 |
第88回

突然、長屋に戻って来たかよは、玄関に倒れ込むようにして、切羽詰まった声で言った。

「武、何処行ったか知らんけ?

お姉やん、おらには … 武が必要なんだ!」

「て …

かよ、武といつからそんな?!」


よりによって武なんかと、はなはまるで責めるようにかよを問い質した。

「武だけじゃねえ、お姉やんも、朝市も、醍醐さんも、ほれからほれから … 」

何だか話の様相が変わってきた。

「とにかく落ち着けし!」

すると、かよは懐から一枚のチラシを取り出して、はなに見せた。

それは、クリスマス会の案内だった。

「うちの店で急にクリスマスパーティやることになっただよ。

ほれで、女給ひとりで、最低10人はお客さんを呼ばんといけんだ。

ふんだけんど、おら東京に知り合いなんていないし … 」


かよは今にも泣きそうな顔で訴えた。

たぶんノルマを果たさないと、その分、本人が負担しなければならないのだろう。

「な~んだ」

「お姉やん、どうしよう?」


武のことは思い違いと分かって、安堵したはなは胸を叩いてみせた。

「お姉やんに任せとけし、こぴっと集めてあげるさ」

* * * * * * * * * *

< 大正8年この頃、銀座の街ではクリスマスパーティが流行りはじめておりました >

ドミンゴの前にはサンタクロースに扮した呼び込みが立ち、行きかう人たちにチラシを配っている。

店内はクリスマスの装飾が施され、ホールのテーブルは片付けられていた。

ひとりでも多く客を入れようと、今夜は立食パーティの形式らしい。

「随分人が集まってるな」

はなが梶原や亜矢子、聡文堂の同僚を誘って店を訪れた頃には、すでに所狭しと客が入っていた。

かよたち女給はサンタクロースの帽子を被って慌ただしく接待をしている。

「秀和女学校のクリスマスとは趣が全然違うけど楽しそうね」

「ええ」


亜矢子もはなもクリスマスは卒業以来だった。

* * * * * * * * * *

「あ、宇田川先生!」

三田がいつもの指定席に座って原稿用紙を広げている満代を発見した。

「まったくどうして今日はこんなにうるさいのよ?!」

クリスマス会があるとは知らなかったらしく、不機嫌な声が聞こえてきた。

「いや ~ この状況でも原稿が書けるって、さすがとしか言えません!」

三田の『よいしょ』もクリスマスのせいかやけにテンションが高く、却って満代をいらだだせた。

「うるさい!」

「 … せっかくだ、楽しもうじゃないか」


三田は梶原に促されて、そそくさと満代の傍から離れていった。

* * * * * * * * * *

梶原、三田、亜矢子、はな、それに朝市 … 武の姿が見当たらないと思ったら、サンタの扮装をした女給たちに見惚れて後をつき回っていた。

これで6名、かよのノルマはあと4名だ。

「お姉やんの会社の人、5人じゃないだけ?」

かよが血相を変えて飛んできて、はなに訊ねた。

「あ、須藤さんが遅れて来るって」

かよは取りあえずうなずいたが、はなへの用事はそれだけではなかった。

「お姉やん、ちっと来て … お姉やんが必要なんだ」

* * * * * * * * * *

「 … お待たせしました」

しばらくすると、エプロンをつけたはなが一同が陣取った席に酒を運んできた。

「金に困って、ついに女給はじめたのか?」

「安東君、そんなに困ってるのか?」


三田と梶原が真剣な顔で訊ねた。

亜矢子も心配そうに見つめている。

「今日だけです … 女給さんが風邪をひいてしまって、人手が足りないみたいなんです」

はなはそう説明すると、慌ただしく戻っていった。

* * * * * * * * * *

その時、店の扉が開いて、入ってきたのは蓮子だった。

これで7名。

「蓮様、来て下さったのね」

「はなちゃんのお誘いだもの、来るわよ!

… はなちゃん女給になったの?」


蓮子もエプロン姿でお盆を手にしたはなを見て、不思議そうな顔をした。

「いや、これはその … 」

「ちょっと退きなさいよ」


説明しようとしたはなを押し退けたのは帰り支度をした満代だった。

「先生、もうお帰りですか?」

「うるさくて仕事になりゃしない」


こんな日にわざわざこの店で仕事をする方もどうかと思う。

扉に手をかけた満代がふと足を止めて振り向いた。

「ひょっとして … 白蓮?」

蓮子は驚いたようにうなずいた。

「 … 失礼ですけど、あなたは?」

「私のこと知らないの?」


はなが慌てて、自分が担当している作家の宇田川満代だと紹介した。

「申し訳ございません。

現代小説はあまり読まないので … 」

「こっちはよく存じ上げてるわ」


満代は不敵に笑いながら、蓮子に迫ってきた。

「それは、どうも … 」

「私がこの世で一番嫌いな女よ」


満代の悪態にも蓮子はきれいに微笑んで返した。

「お目にかかれて光栄です」

目に見えない火花がふたりの間で飛び交っているようだ。

横で聞いているはなは気が気ではなかった。

「大正三美人のひとりとか言われて、いい気になんないでよ!」

そう捨て台詞を残して、満代は店から出て行った。

* * * * * * * * * *

「ごきげんよう」

満代の背中に投げかけた言葉を聞いて、亜矢子が蓮子のことに気づいた。

「蓮子様!

ごきげんよう、お久しぶりです」


ふたりともこの界隈にいることが多い割には顔を合わせることなく、蓮子の婚礼以来の再会だった。

「あら、醍醐さん … ごきげんよう」

「ごきげんようの嵐だな … 」


三田の吐いたひと言が言いえて妙だ。

* * * * * * * * * *

そんなやり取りをしているところに村岡兄弟が店に入ってきた。

かよが誘ったのだろう。

「皆さん、メリークリスマス」

イギリス留学の経験がある郁弥にとって、クリスマスというイベントが心を和ませたのかも知れない。

彼の楽しそうな笑顔を久しぶりに見たような気がする。

とにかく、これで9名 … あとひとりでクリアだ。

「お姉やん、須藤さん未だけ?」

「ああ、どうしたんだろう?」


奥方との約束を思い出して直帰してしまったのではないだろうか?

* * * * * * * * * *

パーティの賑やかな声は通りまで漏れていた。

「お祭り騒ぎだな … 」

龍一と演劇仲間の田中は、店の前までやって来てはじめてクリスマスパーティだと知ったようだ。

「たまにはいいだろう」

ふたりはうなずき合うと店の扉を開けた。

彼らは気づいていなかったかもしれないが、ずっと尾行してきたふたりの男が店を少し通り過ぎたところで足を止めた。

片方は吉太郎だ。

< おやまあ、クリスマスだというのに、吉太郎は憲兵のお仕事ですか? >

上司と思われる男が煙草を吹かすと、苦々しく言い捨てた。

「浮かれやがって …

ブルジョアは敵だの、革命を起こすだの大層なこと言ってるくせに、所詮ああいう主義者は頭でっかちの生ぬるい坊ちゃんさ」

「同感であります」

「で、どうする?

この様子だと当分出てこないぞ」

「自分が店に入ります」


上司はさすがに躊躇したが、吉太郎は自信ありげに答えた。

「大丈夫です」

* * * * * * * * * *

店内に入った龍一は、亜矢子と談笑している蓮子を見つけ、近づいて行こうとした。

「もうあの女には、関わるなと言ってるだろう」

しかし、田中が龍一を引き留めた。

「この店には石炭王も来るそうじゃないか」

その言葉で龍一の脳裏に先日のことが忌まわしい思い出としてよみがえった。

結局、ふたりはカウンター席に腰を下ろした。

「かよちゃん、強い酒をくれ」

* * * * * * * * * *

その声に気づき、蓮子が龍一の傍に駆け寄ってきた。

「龍一さん … 」

「今日は石炭王とご一緒じゃないんですか?」


龍一は強い酒を呷って、蓮子の目を見ずに訊ねた。

「あの日はごめんなさい。

お目にかかって謝りたかったの」


入り口付近で吉太郎は龍一のことを鋭い目で見つめていた。

そこに一番お呼びでない奴が首を突っ込んできた。

「どうも、お久しぶりじゃん」

割り込んできた武がポーズを取りながら蓮子を見た。

「 … あの?」

「はなたれんとこの地主の徳丸武でごいす」


そう言われても、蓮子の記憶には全く残っていないのだ。

「ごめんなさい、何処のどなたか全く思い出せないわ」

村人たちの前で親子共々面目をつぶしてやったことなど、ひとかけらも覚えてはいなかった。

「蓮子さん、お久しぶりです!」

「あら、朝市さん?!

お懐かしいわ」


その時、龍一は不愉快そうな顔で田中と共に席を立っていった。

蓮子は寂しげな顔で見送るしかなかった。

* * * * * * * * * *

「てっ、吉太郎さんじゃん?!」

ひと目を避けるように気配を消して立っていた吉太郎を朝市が目ざとく見つけた。

「てっ、兄やん」

その声にはなとかよも吉太郎を見つけた。

「兄やん、来てくれただけ?」

「いや、たまたま通りかかったらすげえ賑わいなんで … 」

「やった ~ これで10人じゃん!」


吉太郎は気まずそうな顔をしているが、かよはノルマをクリアできたことで大喜びだ。

「勢ぞろいね ~ 吉太郎さん、乾杯しましょう」

「いえ、実はまだ仕事が残っていて … 」


蓮子の言葉に少しはにかむように答えた顔は甲府に居た時の吉太郎だった。

「軍隊の仕事も忙しそうじゃん」

「まあな … 」


そんな会話を交わしながら、吉太郎の目はしっかりと龍一たちを捉えていた。

* * * * * * * * * *

「ふんだけんど、どうして蓮子様と知り合いでえ?」

武は自分は忘れ去られていたのに、しっかりと覚えられていた朝市のことが羨ましかった。

「蓮子さんが甲府にいらした時、はなと吉太郎さんと一緒に4人で釣りをしただ。

蓮子さん、こ~んなでっけえ魚釣っただ!」


蓮子や吉太郎、思いがけず懐かしい顔に再会した朝市は興奮気味に大声をあげながら誇張して腕を目いっぱいに広げてみせた。

「それは大げさよ、これくらいだと … 」

慌てて否定する蓮子。

場が一気に和んで皆大笑いした。

「でも楽しかったわね」

吉太郎もその瞬間、職務にあることを忘れ、遠い日を思い出していた。

自然と気持が優しくなり、頬を緩めた。

* * * * * * * * * *

宴は進み、ちらほら帰る客も出てきて、梶原と三田は銀座の街へと繰り出していった。

蓮子の視線の先では、相当酔っぱらった龍一が女給の肩に手を置いて何か話していた。

「ああ、かよちゃん、踊ろう!」

「てっ?!」


龍一は通りかかったかよを呼び止めると強引に手を取って、おぼつかない足取りでホールの中央へと引っ張り出した。

千鳥足の上、でたらめなステップで踊る龍一。

その姿を悲しげな目で見つめている蓮子。

「蓮様 … 」

はなは何と声をかけていいのか分からなかった。

* * * * * * * * * *

急に踊ったため、なおさら酔いが回ったのだろう、龍一はフラフラしながら店から出てきた。

すると後を追うように蓮子が飛び出してきた。

「龍一さん!」

龍一に歩み寄ろうとしたその時だった。

「蓮子!」

従者を従えた伝助だった。

「これは、これは、石炭王の嘉納伝助 … 様ではありませんか?」

近づいてきたのが伝助だと分かると、龍一はおどけた調子で頭を下げた。

「ふふふ、よかご機嫌やな」

龍一を笑い飛ばした後、伝助は蓮子の方を心配そうに見た。

「何しよっと?

遅いき、迎えに来たばい」

「ほぇ ~ お優しいご主人だ」


顔を上げた龍一を見て、伝助は蓮子に訊ねた。

「お前の知り合いか?」

蓮子は一瞬迷ったように見えたが、すぐに首を振った。

「 … いいえ」

自らがつれない態度を取っておきながら、その言葉が龍一にとってはショックだった。

* * * * * * * * * *

「行くぞ、あっちで運転手が待ちくたびれちょるき、さあ」

伝助は蓮子の肩を抱くと促した。

早足で大通りに向かうふたりの背中に龍一は叫んだ。

「待てよ!

… 待ってくれ、行かないでくれよ」


振り向いたのは伝助だった。

「酔っぱらいたい、相手するとやなか … 」

そう耳元で言うと、ふたたび蓮子の肩に手を置いて歩き出した。

ふたりが去った路地に残された龍一は呆然と立ち尽くしていた。

店から出てきた吉太郎はそれを一瞥すると、何も言わずに立ち去っていった。

* * * * * * * * * *

< 蓮子たちがそんなことになっていたとは知らず … はなは三杯目のぶどう酒を飲もうとしていました >

「やっぱし徳丸商店のぶどう酒は美味えら?」

武も遊んでばかりではなく、ドミンゴに自家のぶどう酒を売り込んでいたらしい。

「美味え!」

武に朝市、郁弥と今、はなの周りに座っている男たちは、はな三杯限界説を知らなかったのだ。

* * * * * * * * * *

英治は亜矢子とカウンター席に居た。

「英治さん、挿絵の調子はいかがですか?」

「それが、なかなか難しくて … 」


英治は浮かない顔をみせた。

「 … 宇田川先生は、もしかしたら、英治さんだけの『銀河の乙女』を見たいんじゃないかしら?」

「それはどういうことですか?」

「遠い遠い星まで、傷つきながらたったひとり旅を続ける銀河の乙女。

『銀河の乙女』は、誰の心にも居ると思うんです。

… 英治さんの心にもきっと居るはずです」


亜矢子が何を言いたいのか … この時、英治にはまだ分からなかった。

「 … 僕の心にいる?」

♪ Twinkle, twinkle, little star ~

後ろから聞こえてきた歌声に振り向いた亜矢子が顔色を変えた。

はなが『きらきら星』を歌いながらホールで踊っているではないか?!

「大変、はなさん、いつの間にあんなに酔っちゃったの?!」

三杯目を超えるとはなはこうなってしまうのだ。

楽しそうに歌いながら踊るはな、その足取りの危うさは龍一どころではない。

つまずいた途端、グラッとよろけた。

「危ない!」

英治と朝市がほぼ同時に飛び出して、はなを両側から支えたので事なきを得た。

「ああ、優しいですね ~ 」

はなは英治を見て、へらへらと笑った。

「花子さん、こぴっとしてください!」

ふたりは、はなをカウンターの隅の席に腰かけさせた。

* * * * * * * * * *

パーティは終わり、かよたち女給が店の後片付けをはじめた。

酔いつぶれたはなはカウンターに突っ伏して眠ってしまった。

同じように郁弥もソファーで引っくり返っている。

英治と朝市だけ、カウンターに並んで、ウイスキーを酌み交わしていた。

「 … どうぞ」

英治が朝市のグラスに注ぎ足した。

「やっぱり寝てしまいましたね」

はなの微かな寝息が聞こえていた。

「朝市さんは、花子さんの幼なじみだそうですね」

「 … はなのこと花子って呼ぶですね?」


小難しい顔をして黙っていた朝市がようやく口を開いた。

「ああ」

英治にとってはそれがもう当たり前になっていた。

「村岡さん」

朝市は改めて英治の名を呼んだ。

「はい」

「はなに英語の辞書贈ったのあんたですか?」

「 … はい、そうですけど」


* * * * * * * * * *

「やっぱり、ほうけ」

朝市はひとり納得したようにうなずいている。

しばらく考え込んだ後、英治の方に向き直った。

「あんたに言っておきてえことがある」

はじめて英治の目を見て話しはじめた。

「はなは … 」

< まあ、怖い ~ 朝市は決闘を申し込むのでしょうか?

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2014年07月09日 (水) | 編集 |
第87回

はなと待ち合わせたカフェードミンゴに蓮子は龍一も呼び出していた。

しかし、店に入ってきたのは蓮子の夫、嘉納伝助だった。

顔を強張らせる蓮子。

そして、少し遅れてやって来た龍一に向かって小さく首を振った。

* * * * * * * * * *

「蓮子、どげんしたとか?」

伝助は様子がおかしい蓮子のことを不審な顔を見た。

「 … あなたこそ、どうしてここに?」

責めるような口調で伝助に訊ねた。

「いや、はなちゃんとこの店で会うち、お前が言うたとやないか?」

この間に、機転を利かせたかよが、入口の前で棒立ちしていた龍一をカウンター席へと案内した。

これでひとまず事なきを得ることができて、蓮子は腰を下ろした。

* * * * * * * * * *

「あなたがカフェーなんかに来るなんて、一体どうなさったの?

今夜は料亭で接待があるっておっしゃってたじゃありませんか」

「いや、まだ少し時間がある … 」


伝助は何となくそわそわしながら、蓮子の隣の席に座って従者に合図した。

「お前が欲しがっちょったもんが見つかったき、渡そうと思うてな」

金色の丸い箱を受け取った伝助は、それをテーブルの上に置いてふたを開いた。

「ほ~れ」

中に収められていたのは、黄金のティアラだった。

伝助は、どうだとばかりに蓮子の方へ向けてみせた

「てっ … きれい」

その輝きにはなも目を奪われた。

「こないだ、え ~ 何とかブルグっち国の皇太子が結婚した記事を見て、この『てあら』ちゅう宝石を、お前欲しそうに見よったやろ?」

「欲しいなんて、私はひとことも … 」

「言わんでん分かるたい!

… お前ここんとこしばらく元気がなかったき、これで機嫌も治るち思うて、東京中の宝石店やら百貨店やら探させたとばい」


伝助はそう話しながら、ティアラを箱から取り出して、蓮子の頭の上に乗せた。

「てっ … こんなにきれいな宝石、始めて見たじゃん」

コーヒーを運んできたかよが目を丸くした。

「おお、よう似合うちょるばい!

なあ、はなちゃん?」

「ああ ~ 蓮様、すっごくきれい」


* * * * * * * * * *

しかし、蓮子は少しもうれしそうな顔をしていない。

「こんなもの買うくらいなら、貧しい子供たちに寄付でもなさったらどう?!」

それどころかティアラを外すと、テーブルの上に放り出した。

「蓮子!」

カッとなった伝助が立ち上がったので、はなは慌ててとりなした。

「でも、蓮様、すごくお似合いだったわよ」

「本当にお姫様みたいでした」


かよもそう言って、ふたりして伝助を宥めた。

「 … まったく、わがままなお姫様たい」

伝助は腰を下ろすと高笑いした。

* * * * * * * * * *

「 … 早く新橋に行った方がよろしくってよ」

「いや、たまにはこういう店で食うともいいばい」


少しでも早く伝助を追い払いたい蓮子が顔色を変えた。

「一番高い酒と、何でんいいき高い料理どんどん持ってこんね」

機嫌よくかよに指示した。

「そんな?!」

「なんか、俺がここに居ったらいかんとか?」

「そういう訳では … 」


蓮子は口をつぐんだが、不満一杯の顔をしている。

「今日は、思いがけず、ご主人にお目にかかれてよかったです」

一方、伝助ははなの言葉に満足そうにうなずいている。

「ああ、俺もたい ~ あんたとは気が合いそうやきね」

愉快に笑った伝助につられてはなも笑顔になった。

「さあ、酒持ってきちゃってん」

伝助は財布から紙幣を取り出してチップとしてかよに渡した。

「てっ、こ、こんなにたくさん?!」

「よかよか」


厨房に駆け込むかよ。

「あんたたちもこれで一杯やりなさい!」

他の女給にも同じようにチップを配った後、店に居合わせた客にも振舞うよう指示した。

「ごちそうさまです!」

「どうぞどうぞ」


豪快に笑う伝助。

先ほどから苦々しい思いで様子をうかがっていた龍一は我慢できずにカウンターを叩いて席を立った。

憤然と店を出ていく姿を見て、思わず立ち上がりそうになった蓮子の手をはなは握った。

そして、静かに首を振ると、蓮子は黙ってにらみ返した。

「ああ、どげんしたとか?」

伝助はまたも怪訝な顔をしたが、かよが乾杯の酒を配り始めると、そちらに気を取られた。

「おう、乾杯じゃ」

「ほら、蓮様も … 」


はなから、コップを渡されて、蓮子もしぶしぶ受け取った。

「では、乾杯!」

ドミンゴに伝助の機嫌のよい乾杯の音頭が響き渡った。

* * * * * * * * * *

酒宴は終わり、伝助は宿へと引き上げていった。

蓮子は、はなたちの長屋へ泊まることを許された。

「蓮様、私今夜ご主人がいらしてくださってよかったと思ってる」

「 … どうして?」


はなを責める気はなかったが、今夜のことは蓮子にとっては苦痛でしかなかった。

「お金儲けの話ばかり聞かされてうんざりしたでしょ?」

「ううん … 嘉納さんって今はすごくお金持ちだけど、子供の頃は貧しくて苦労なさった方なんじゃないかしら?」


貧しい農家で生まれ育ったはなには何となく分かった。

「確かに昔は苦労したらしいけど … 」

「ほれに優しい人じゃん、たくさんチップいただいちまって … 本当にありがたいことです」


店に来るたびに伝助は、チップを紙幣でくれるので、かよはうれしかった。

ティアラの件も、不器用なやり方だが、蓮子を大事に思うが故のことだろう。

金にものを言わせるようなところはあるが、決して嫌味はなく、どちらかといえば、はなが好きなタイプの人間だった。

* * * * * * * * * *

はなは蓮子の隣りに座りなおした。

「蓮様、もう帝大生の方とは会わない方がいいんじゃなくて?」

腹心の友だからあえて苦言を呈したのだ。

「 … それは無理。

今、この瞬間も会いたいんですもの」

「蓮様 … 」


思うよりずっと、重症だった。

それでも、はなはあきらめず蓮子を諌めた。

「言ってたじゃない、『道ならぬ恋なんて愚かなことはしない』って」

「あの人を思う気持ちを止められないの ~ もう恋に落ちてしまったんですもの」

「そんな …

ご主人を裏切ってはダメ!」


* * * * * * * * * *

「はなちゃん、例え誰を傷つけても私はこの思いを貫くわ。

やっと分かったの、私がこの世に生まれて今まで生きてきたのは … 彼と巡り合うためだったの」


熱に浮かされたように蓮子、はなには到底理解できなかった。

しかし蓮子は言った。

「はなちゃんなら分かるでしょ?

はなちゃんも村岡さんのことそう感じたから好きになったんでしょ?」


突然、英治のことを引き合いに出され、はなは狼狽えた。

「そんなこと … 

そりゃ、ちょっとはパルピテーション感じてしまった瞬間はあったけど、そんなのはとっくに昔の話よ」

「村岡さんは、はなちゃんにとって、たったひとりの『巡り合うべき人』じゃなかったのかしら?

… 私の思い過ごし?」


蓮子の道ならぬ恋を思いとどまらせるつもりのはなだったが、完全に出鼻をくじかれてしまった。

はなは蓮子から目をそらし、心の中で自問自答していた。

* * * * * * * * * *

英治に依頼していた『銀河の乙女』の挿絵が仕上がった。

待ちわびていた満代は早速に聡文堂にやって来て、挿絵の確認をはじめた。

「いかがでしょうか?」

「どれも物語の世界に合っていて素敵だと思うんですけど」


はなと亜矢子が恐る恐る伺いを立てた。

ふたりにしてみれば、文句のつけようがない出来だったが、相手が満代だけに何を言い出すか分からない。

すると、満代は唯一注文を付けていた主人公ルカの絵を手に取った。

「これは銀河の乙女じゃないわ。

後の絵はいいけど … この絵、書きなおしてちょうだい」


その絵だけ机の上に放り出してしまった。

「 … 分かりました」

英治は了解すると、満代に彼女が思い描く銀河の乙女の像を訊ねた。

「ここに書いてあるでしょ?」

しかし、満代から原稿を突きつけられて、英治は苦笑いするしかなかった。

「先生、せめてその絵のどの辺が違うのか … 」

満代ははなの言葉を遮った。

「とにかく、何か違うのよ!」

はなはすまなそうに英治の顔を見た。

「 … 分かりました。

もう一度、読み直して描いてみます」


自分の言いたいことを伝え終わると満代はさっさと帰って行った。

「ああいう抽象的な感想が一番厄介なのよね … 」

ため息交じりに亜矢子がぼやいた。

はなは英治のことを心配そうに見つめていた。

* * * * * * * * * *

満代の思い描くルカ像とは?

英治はひとり会社に残って、自分の席で鉛筆を走らせていた。

描いては消し、また描いては消しての繰り返し。

「何か違う」 … あんなふうに言われると、自分の描く絵がウソっぽく見えてきて、途中まで描きこんだ絵に罰点をつけて、また新しい紙に一から描きはじめた。

* * * * * * * * * *

はなは皆が帰った後の聡文堂で、改めて『銀河の乙女』を読み返していた。

そして、何やら箇条書きにメモを取っている。

* * * * * * * * * *

その日、武と朝市がふたたびドミンゴに顔を出した。

「てっ ~ また来ただけ?」

かよがあきれたのも無理はない。

「また来てやったさ、喜べし」

2、3日の滞在のはずがまだ東京に居座っていたのだ。

「やっぱり、この店のが落ち着くじゃん。

他のカフェー、女給さんたちがあまりにも積極的で … 」


朝市はホッとして居心地がよさそうな顔をした。

「田舎もんには刺激が強すぎたけ?」

「女給は美人だったけんど、こことは比べもんにならんくらい高かったさ。

ほういうもんけ?」


< どうやら、しっかりボラレタみたいです >

鼻の下を伸ばした後、請求書を見て目を点にした武が見えるようで、かよは笑いを堪えながらふたりを席に案内した。

* * * * * * * * * *

朝市はふと奥の席にはなが居るのを見つけた。

声を掛けようとしたがためらった。

ひとりではなく朝市の知らない男と向かい合って真剣な顔で話をしている。

仕事の打ち合わせ中なのだろう。

* * * * * * * * * *

はなの相手は英治だった。

「 … 『銀河の乙女』をもう一度、読み返してみたんです」

はなは英治にメモを取った原稿用紙の束を手渡した。

昨晩、思いつくがまま書き留めたものだった。

「これは?」

「ルカは乙女座のスピカへ向かう長い長い旅の途中で、いろいろな敵に出会います」

「アークトゥルスの巨人、プロキオンの悪魔 … 」

「敵と戦うルカの姿に何か手がかりがあるのではないでしょうか?」


英治はざっと、メモに目を通した。

「参考になればいいのですが … 」

「すごく助かります」


ほんの一瞬だったが、ふたりは微笑みあった。

それはいつのこと以来だったろうか。

「ということで次の締切なんですが … 」

結局、朝市はふたりの雰囲気に声を掛けることができずに、席に戻っていった。

* * * * * * * * * *

「それ、安東さんが作った資料?」

仕事を終え、帰り支度を済ませた郁弥が、英治が手にしている原稿用紙の束を見て訊ねた。

「うん … 引き受けた以上、いい本にしないとな」

英治は熱心に資料を読み込んでいる。

それを見ていた郁弥は改めて英治に向き直った。

「兄さん … 正直言って、僕は彼女はやめてほしい」

「何の話だ?」


藪から棒に言われて英治は首を傾げた。

「父さんが言うように、兄さんが再婚することに、僕は賛成だ。

でも、安東さんはやめてほしい!」


最後の言葉がきつい口調になった。

英治が黙ったまま見つめると、郁弥は目を伏せた。

「だって、それじゃあ … 義姉さんがあんまりにも可哀そうで … 」

大の男が今にも泣きそうな顔をしていた。

香澄が亡くなってから、あの陽気だった郁弥はすっかり影をひそめてしまった。

* * * * * * * * * *

はなは、『にじいろ』の次号に掲載する『王子と乞食』の翻訳作業を長屋に持ち帰り、机に向かっていた。

英英辞典に手を置いた時、蓮子の言葉を思い出した。

「村岡さんは、はなちゃんにとって、たったひとりの『巡り合うべき人』じゃなかったのかしら?」

はなの中ではっきりとした答えは出ていないのだ。

その時、突然入口の扉を勢いよく開けて、息を切らしたかよが飛び込んできた。

「お姉やん、どうしよう?」

玄関に倒れ込むようにして、はなを訴えるような目で見た。

「かよ、ほんなに慌ててどうしたで?」

はなが駆け寄ると、かよは切羽詰まった声で言った。

「武、何処行ったかしらんけ?

上野の旅館にも電話したけんど、何処にも居んだ」

「ちっと落ち着けし、武が、ど、どうしたでえ?」

「お姉やん、おらには … 武が必要なんだ!」

「て … 」


< マジですか?

… ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月08日 (火) | 編集 |
第86回

『銀河の乙女』の単行本化が決まり、はなは英治に挿絵の依頼をするために同じく担当になった亜矢子と共に村岡印刷を訪れた。

『王子と乞食』の挿絵を気に入っている満代からのご指名だった。

「どうか引き受けてください … お願いします」

引き受けてくれるものばかりと確信していたはなだったが …

「お断りします」

そんなに甘くはなかった。

「てっ、どうしてですか?」

「いや、挿絵は本職ではありませんから」

「でも、はなさんの頁にはあんなに素敵な絵を描いていらっしゃったじゃないですか?」

「素人ですが、あの挿絵だけは描きたかったんです」


理由までは話さなかったが、英治はそう言い切った。

「とにかく、そのお話はお断りします … 勝手を言って申し訳ありません」

英治はふたりに頭を下げた。

< 久しぶりに英治に再会したはなですが、依頼はあっさり断られてしまいました >

「村岡さん、私あきらめません」

英治を見据えたはなは、亜矢子が意外に思うほど強い口調で言った。

「引き受けていただくまであきらめませんから」

* * * * * * * * * *

「そうか、断られたか」

聡文堂に戻ったふたりから報告を受けた梶原は、断られることをある程度予想していたようだった。

「自分は本職ではないからと … 」

「奥さんが亡くなってまだ半年でしょ、まだ立ち直れないんじゃないですか?」


須藤の意見にうなずきながら梶原は言った。

「亡くなって、もう半年と思うか、まだ半年と思うかは人によって違うからな」

* * * * * * * * * *

「失礼するわ!」

そこへ、満代が単行本の挿絵の打ち合わせだと言って、自らわざわざ足を運んでやって来た。

昨日の今日だが、この単行本には大変気持ちが入っているようだ。

「私、大変忙しいの ~ さっさと始めましょう」

「先生、実は村岡さんに断られてしまいました」


頭を下げて詫びたはなと亜矢子、満代は信じられないといった顔をした。

「私の本に挿絵を描けるのに、こんな光栄なことを断る人がいるの?」

「先生、まだたった一度断られただけですから … 」

「必ずくどき落として」


すると、はなが一同が驚くほど、きっぱりと明言した。

「お任せ下さい!

… ただいま、お紅茶を」


< はなも随分とたくましくなったものです >

紅茶を淹れに立ったはなに亜矢子が笑顔で訊ねた。

「はなさん、何か言い策があるのね?」

あまりにもはなが自信ありげだったから、そう思うのも無理はない。

「何もないわ」

「えっ?」


< … 大丈夫でしょうか? >

* * * * * * * * * *

一方、ぶどう酒を売り込むために上京したはずの武と朝市のふたりはカフェードミンゴに入り浸っていた。

< このふたり、まだ居るんですね >

「おい、遅えぞ」

ライスカレーを運んできたかよに文句を言った武は、ひと口食べてまた大声を上げた。

「わっ、辛え!!」

「カレーだから、甘くねえさ」


かよも思わず声を荒げてしまって、後ろの席に座っていた平祐に咳払いされ慌てて詫びた。

「静かにしろし、他のお客さんに迷惑じゃん」

ちょうど、亜矢子と店を訪れたはなが凸凹コンビが居るのを見て、呆れた顔をしながら寄ってきた。

「ふたりとも他に行く場所ねえだけ?

ぶどう酒売り込みに東京来たなら、こぴっと仕事しろし!」

「だからこうしてカフェーに売り込み来てるじゃんけ」


朝市はともかく、武はさぼっているようにしか見えなかった。

「まったくコーヒーは苦くて飲めねえって言うし、カレーは辛いって文句言うし」

かよは迷惑そうに言い捨てると行ってしまった。

* * * * * * * * * *

「はなさん、お知り合い?」

亜矢子がはなの同僚だと知ると、武は気取ってポーズを取った。

「はなたれんとこの地主、徳丸武でごいす」

「ごきげんよう」


惚れっぽい武は、笑顔で挨拶を返されただけでもう有頂天だ。

「はな、こぴっと仕事してますか、ご迷惑かけてないですか?」

朝市ときたら、まるで保護者のように亜矢子に訊ねた。

「ちょっと朝市、余計なこと言わないでいいから」

「ご心配なさらないで ~ はなさん、こぴっとやってましてよ」

「はな、抜けてるとこあって、失敗もいっぺえするけんど、頑張り屋ですから、どうかよろしくお願えします」

「朝市いいから!」


はなが赤面しながら嗜めていると、また後ろの席の平祐が大きな咳ばらいをした。

* * * * * * * * * *

「コーヒーを静かに味わいたいんだ」

「すみません!」


振り向いて頭を下げたはなと亜矢子。

「あっ、社長?!」

注意してきた客が平祐だったと知ると、亜矢子は反射的に訊ねてしまった。

「あの、どうしたら、英治さんに挿絵を描いていただけるでしょうか?」

「宇田川先生の単行本の挿絵をお願いしたら、断られてしまったんです」


はなも事情を説明した。

「ここで仕事の話はしないでくれ」

今日の平祐はあまり虫の居所がよろしくないようだ。

ふたりはまた詫びて、仕方なく隣のテーブルに着いた。

* * * * * * * * * *

「はなさんの『王子と乞食』には、自分から進んで挿絵を描いてくださったのにね …

『銀河の乙女』の物語がお好きじゃないのかしら?」

「それなら、物語の素晴らしさを分かってもらえるように説得しましょう!

これから毎日でも通って」

「そりゃ困る!」


聞き耳を立てていた平祐が声を大にした。

「毎日会社に来られて居座られでもしたら、仕事にならん!

… 私から英治に言っておこう」


そう言うと席を立った。

「本当ですか?」

「ありがとうございます」


はなは早速、満代に連絡するために電話室に飛び込んだ。

「君のお姉やん、よく頑張ってるからね」

平祐は勘定を済ませ、チップを渡しながら、かよに耳打ちした。

毎日会社に来られて云々というのは方便だった。

* * * * * * * * * *

「美しい … 」

先ほどからずっと亜矢子のことを目で追っている武にかよが意地悪く告げた。

「醍醐さんは社長令嬢だから、相手にされっこねえよ」

「てっ、社長令嬢けえ ~ 地主のおらに益々ぴったりじゃん」


身の程知らずというか、あきらめるどころではなかった。

「 … 醍醐さん♥」

< 武、その人は無理 ~ 無理無理 >

* * * * * * * * * *

「『銀河の乙女』の挿絵、お前が描け!」

会社に戻るなり、平祐は英治にそう言い渡した。

「えっ?!

何ですか、いきなり」

「作家がお前に描いてほしいと言ってるそうじゃないか」

「いやでも … 他に仕事もありますし」

「もう引き受けてしまった。

社長命令だ」

「父さん?!」


英治は敢えて『社長』とは呼ばずに抗議の気持ちを現したが、大差はなかった。

「引き受けた以上、良い本にしろ!」

いずれにしろ、村岡印刷に居る限り、平祐の業務上の命令は絶対なのだ。

* * * * * * * * * *

翌日、朝一番ではなと亜矢子が村岡印刷にやって来た。

「あれ、おふたりとも今日は何ですか?」

出社はしていたが、まだ仕事に掛かっていなかった郁弥が戸惑い顔で訊ねた。

「早速、挿絵の打ち合わせに参りました」

「えっ?」


郁弥には話が通っていなかったようで、驚いて英治の顔を見た。

* * * * * * * * * *

はなは原稿を広げて、挿絵を挿入したい位置に赤鉛筆で丸を描いて、英治に伝えた。

「どんな挿絵にしましょうか?」

「物語を読んで、感じたままを自由に描いてください」

「はあ、自由にですか?」


絵心が全くないはなには、それが一番難しい注文だということが分からない。

「はなさんの頁と同じ要領で描いてくだされば結構ですから」

それも無理な相談だった。

あれは、自分がはなに出来ることはそれしかないという気持ちで描いたものだ。

それは、本人にも伝えたつもりだったのだが、英治の目には、はなはそんなことはすっかり忘れてしまっているように見えた。

「あと、一枚だけ宇田川先生の強い希望があります」

はなは原稿を一枚取り出すと、大きな丸を描いた。

「ここ … ここの部分に主人公ルカの絵を入れたいとのことです」

英治は原稿を手に取って、難しい顔をした。

「先生はどのようなルカを想像されてるんでしょうか?」

「村岡さんが物語を読んだ印象で自由に描いてくださいとのことです」


信頼しているといえば、聞こえはよいが、逆に与えられた責任が重すぎた。

「素人にとっては、それが一番難しいですね」

「心配いりませんわ ~ 私たちいくらでも相談に乗りますし」

「先生、村岡さんの絵を楽しみにしてますよ」


英治にとって何の励ましにもならない言葉だった。

「 … 分かりました」

郁弥はそんなやり取りを自分の席で納得できないような顔で聞いていた。

* * * * * * * * * *

業務時間を終えた後、英治は挿絵の構想を練り始めた。

物語を読んで、想像を膨らませて絵を描き起こす、その前の段階だ。

「ただいま戻りました」

出先から戻った郁弥が挿絵の下描きをしている英治を見て不満そうな顔をした。

「兄さん、その挿絵どうして引き受けたの?」

「えっ?

いや、父さんが勝手に引き受けてきちゃったんだよ」

「それなら兄さんから断ったらいいじゃないか」

「 … そういう訳にはいかないだろう。

社長命令なんだから」


すると、郁弥の顔が険しくなった。

「安東さんの頼みだから、引き受けたんじゃないの?」

その言葉に英治の手が止まった。

「急にどうしたんだよ、郁弥?」

英治は郁弥のことを振り返って見た。

郁弥はにこりともせずに英治をにらんでいたが、ふっと目をそらした。

「いや、何でもない … 邪魔してごめん」

笑顔で繕って自分の席に座った。

作業を再開した英治だったが、ふたたび手を止めて一点を見つめた。

「ちょっと出てくる」

鉛筆を置き、部屋から出て行ってしまった。

* * * * * * * * * *

書類に目を落としていた郁弥が顔を上げて、英治が出て行った扉を見つめた。

そして、おもむろに自分の机の一番上の引き出しを開けた。

そこから、小さな小箱を取り出した。

ふたを取ると、中には …

< これは、亡くなった香澄さんのカメオ?!

どうして、彼が持っているのでしょう? >

聖母マリアが幼いキリストを胸に抱いた彫刻が施されている。

郁弥はそれをじっと見つめた。

< … 何か秘密がありそうです >

* * * * * * * * * *

次の日の夕方、速達を受け取ったはなはカフェードミンゴに笑顔で駆け込んだ。

「はなちゃん、こっちよ」

待っていたのは蓮子だ。

「蓮様、お待たせしてごめんなさい」

そう言った後、はなは不安げに店の中を見回した。

「朝市と武なら居ねえよ ~ 他のカフェーを教えてやったら、ようやく居なくなってくれたさ」

水を運んできたかよがそうはなに伝えた。

「朝市君って、はなちゃんの幼なじみの?」

蓮子は朝市が東京に来ていることを知ると、遠い目をした。

「甲府で一緒に釣りをしたのが懐かしいわ」

「蓮様 … 今日は一段と綺麗」


はながそう口にせずにいられなかったほど、今日の蓮子はいつもにも増して美しく見えた。

蓮子は一瞬困惑してみせたが、「うれしい」と言って、少し恥じらいながら笑った。

< 恋する女は美しいのです。

… 例え、それが許されない恋でも >

* * * * * * * * * *

「ねえ、いただいたお手紙に会わせたい人が居るって書いてあったけど … 」

「そうなの ~ 実は今日、彼もここに呼んでいるの」

「てっ?!

彼って、もしかして … 帝大生の?」

「そう、もうすぐ来るわ」


はなは仰天した。

「もうすぐ来るわって、だってご主人は?

一緒に東京にいらしてるんでしょ?」

「あの人は今頃、新橋で芸者をあげて遊んでるわ」


蓮子は急に冷めた口調でそう言った。

「だからって蓮様、いけないことよ!」

「はなちゃん、そんな怖い顔しないで」


はなは信じられなかった … 蓮子から全く罪悪感が感じられない。

「だって … いけないわ」

真剣な顔で諌めるはなに蓮子はため息をついた。

* * * * * * * * * *

その時、誰か店に入ってくる気配がして、蓮子は笑顔で入口を見た。

その顔が一瞬で凍り付いた。

はなも同様だった。

入ってきたのは龍一ではなく、蓮子の夫、嘉納伝助その人だった。

「おう、はなちゃん、久しぶりやねえ ~ 」

伝助は、はなの顔を見ると嬉しそうに声を張り上げた。

満面の笑顔でこちらを見ている。

「あなた … 」

蓮子は顔を強張らせて立ち上がった。

「サイダー、飲みよるか?」

従者を従えて、笑いながら近づいてくる。

* * * * * * * * * *

少し遅れて、龍一が店に入ってきた。

蓮子を見つけて笑顔になったが、彼女のただならぬ様子に入口の前で立ち止まった。

伝助がいることに気づいた。

蓮子はわざと入口の方を見ようとはしない。

伝助は不審な顔で蓮子を見た。

< 修羅場の予感がいたします。

… ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月07日 (月) | 編集 |
第85回

失恋のあげく仕事でも失敗続きのはなは、梶原にしばらく会社を休むよう告げられ、甲府へと帰省した。

「おら、好きになったらいけん人を好きになっちまった

… 奥さんがいる人だって知らなんで、本気で好きになっちまっただ」

< お母にすべてを打ち明けたはなは、いつもの明るいはなに戻って東京に戻って来ました >

* * * * * * * * * *

1919年(大正8年)12月。

< 季節は巡り、年の瀬のことでございます>

慌ただしく人が行き交う師走の銀座をいかにも地方から出てきたばかりというように街並みを物珍しそうに眺めながら、歩いてくるふたりの男がいた。

< おや、朝市と武じゃありませんか?! >

武はあつらえたばかりの様なスーツにコートを着て旅行鞄を持ち、朝市はまるで行商人の様に風呂敷に包んだ荷物を背負い重たそうな木製の箱を手にしている。

甲府の凸凹コンビはカフェードミンゴの扉を開けて店に入っていった。

「朝市、キョロキョロするじゃねえ ~ お上りさんだと思われてバカにされるら」

「おらたち正真正銘のお上りさんじゃん」

「しっ、黙ってりゃ、分からんら」


そう思ってるのは本人だけで、その会話を聞いた女給たちが笑っている。

「て ~ 銀座のカフェーの女給って、美人ばっかしだな」

武が手を振ると、愛想笑いを返して来た。

「おらに笑顔を振りまいてるじゃん」

* * * * * * * * * *

「おねえさん、可愛いなあ ~ 」

ちょうど客の器を下げてきた女給の手を武がにやけた顔で握った。

「お客さん、ここはそういう店じゃねえから、やめてくれちゃあ」

聞き覚えがある声と甲州なまりに朝市が気づいた。

「てっ、かよちゃん?」

「てっ、朝市?」

「久しぶりじゃん」


< 朝市と武は一体どうして銀座のカフェーなんかにやって来たのでしょうか? >

* * * * * * * * * *

しばらくすると、かよから連絡を受けたはながドミンゴへやって来た。

「てっ、朝市、どうしたで?」

「朝市はおらのお供だ。

おらはお父様の言いつけで、ぶどう酒を東京で売るために来ただ」


虚勢を張っているが、実はひとりで上京するのが心細いので朝市に同行してもらったというのが真相らしい。

「学校もちょうど冬休みだし」

「いやあ、来てみたら銀座なんてどうってことねえら ~ 」


口だけは達者な武、はなは朝市に訊ねた。

「で、いつまでいるで?」

「上野に宿取ったから、2、3日は」

「この際だから、東京見物もしてえしな ~ 取りあえず、銀ブラに連れてけし」


はなと顔を見合わせたかよは武に訊ねた。

「あの ~ 銀ブラの意味分かってます?」

「バカにするんじゃねえ ~

銀座をブラブラするから、銀ブラに決まってるら」


即座に安東姉妹は胸の前で手を交差させた。

「違います!」

「銀座でブラジルコーヒーを飲むから、銀ブラというんです」


< それが銀ブラの本来の意味だという説もあります >

「すげえな ~ ふたりともすっかり東京に馴染んでて」

感心する朝市。

「ほ、ほれじゃあ、ふたりでおらたちを案内しろし!」

やり込められた武だが、銀座をブラブラすることはあきらめていなかった。

「悪いけど、私たちそんなにヒマじゃないんです」

朝市もいるというのにつれないふたりだ。

* * * * * * * * * *

その時、ドアを開けて店に入ってきたのは宇田川満代だった。

はなは軽く会釈をすると、満代の後を追った。

こちらの方がドミンゴにやって来た本来の目的らしい。

「宇田川先生、ごきげんよう」

「あのお上りさんたち知り合い?」

「田舎の幼なじみです」

「へえ ~ 」


自分で聞いておきながら、満代は興味なさそうな顔をした。

相変わらず売れっ子作家の満代は、会うたびに着物が派手になっている。

その上、今日は、狐の毛皮の襟巻もしていた。

「宇田川先生、先日は『銀河の乙女』の原稿、ありがとうございました。

感動的な最終回でした。

編集長たちも大喜びです ~ これで『にじいろ』新春特別号もきっと大評判ですね」


はなは作家を褒める言葉も躊躇なくすらすらと出てくるようになっていた。

「次の連載なら、当分忙しいからダメよ」

満代は先手を取って釘を刺してきた。

「もちろん次もお願いしたいのですが、その前に …

『銀河の乙女』を是非、単行本にしたいんです」

「単行本?」


はなの提案に満代が食いついてきた。

「はい!」

「話聞こうじゃないの」


どうやら、まんざら悪い気はしないようだ。

「ありがとうございます!」

* * * * * * * * * *

朝市には気になっていたことがあった。

教会の図書室から大事な英英辞典を投げ捨てようとしたはな。

朝市が理由を訊ねてもただ泣くだけで、結局そのまま東京に戻っていってしまったのだ。

< 朝市はあれからずっと、はなのことが心配だったのです >

はなは見違えるように元気を取り戻して、仕事に打ち込んでいた。

「はな元気になって、よかったな … 」

そうつぶやいた時、かよがコーヒーを運んで来ていた。

「 … 朝市、もしかして、お姉やんのこと心配で様子見に来ただけ?」

「うん … あ、おじさんにもはなが元気で仕事してるか見てきてくれちゃあって言われて」


朝市は少し照れたように笑った。

「おらも少し前まで心配したけんど、今ではあの通りすごく仕事に燃えてるさ」

「ほうか … 本当によかったな」


ふたりがそんな話を交わしている傍らで、武ははじめてのコーヒーを訝しげに眺めていた。

匂いを嗅いだ後、警戒するように恐る恐るカップに口をつけた。

「苦え! これが5銭もするだか?」

* * * * * * * * * *

「編集長、これ … 」

亜矢子が会社に届いた郵便物の中からハガキを一枚、梶原に差し出した。

それは、英治からの喪中の挨拶だった。

「奥様がお亡くなりになって、半年経つんですね」

「ああ … 」

「村岡さん、まだお力落としていらっしゃりますか?」

「いや、もう忙しそうに働いてるよ」


聡文堂の担当を郁弥と交代したため、編集部を訪れることもなく、すっかり疎遠になっていたのだ。

そこへ、はなが突然、満代を連れて戻ってきた。

「これは宇田川先生?!」

職員一同、起立して満代を迎えた。

「『銀河の乙女』、連載の中で一番評判がいいんですってね?」

ご機嫌よろしくソファーに腰かけた。

「そりゃあ、もう ~ 」

「みみずの女王がね、早速単行本にしたいって言うの」

「編集長、是非やらせてください」


はなは頭を下げた。

事後報告だったが、梶原に反対する理由はなかった。

「もちろん!

私からもお願いしようと思ってたんです」

「じゃあ、早速取り掛かってちょうだい」

「ありがとございます!」


話はとんとん拍子に進んでいった。

* * * * * * * * * *

「やるね ~ 安東君」

「あいつに先を越されるとは一生の不覚」


三田の悔しそうな顔と言ったら …

単行本の担当は、はなと亜矢子に決まった。

「女性編集者だけ?

まあ、使えない男の人よりはましかしら」


言いたい放題だが、単行本になるのは彼女といえどもうれしいことなのだろう。

「私、挿絵を描いてもらう人はもう決めてるの」

そんな具体的なことまでもう頭の中にあるのだ。

「誰ですか?」

「『王子と乞食』の挿絵描いてる人」


それを聞いて、はなの顔が強張った。

「はい、これですね?」

三田が、『にじいろ』に掲載されている『王子と乞食』の頁を開いて、満代の前に置いた。

「そう … 

署名がないけど、何て絵描きさん?」

「それは … えっと … 」


言葉に詰まったはなに代わって亜矢子が答えた。

「それを描いたのは印刷会社の方で、本職の絵描きさんじゃないんです」

「構わないわ ~ 私、創刊号からずっと気に入ってるの。

この人に頼んで」


名前よりも実を選んだ満代、さすがに鋭い感性の持ち主だけのことはある。

* * * * * * * * * *

「何、その人じゃダメなの?」

誰も即答できないでいると、満代の口調が不満げになった。

機嫌を損ねる訳にはいかない … はなは肚を括った。

「ああ、いえ … この絵、本当にいいですよね。

『銀河の乙女』の物語に合わせて、もっと素敵な挿絵を描いていただきましょう。

早速、村岡印刷さんに頼んでみます」


* * * * * * * * * *

はなと亜矢子は英治に挿絵を依頼するため、村岡印刷へと向かった。

「村岡さんと顔を合わせるのは久しぶりね … はなさんは、もう大丈夫?」

亜矢子が満子が挿絵に英治の絵を指名した時、躊躇したのははなの気持ちを思ってのことだった。

「醍醐さん、その節はご心配をおかけしました」

はなは足を止めて、亜矢子に改めて頭を下げた。

「でも、もう本当に大丈夫。

今、私の頭の中は、仕事のことでいっぱいなの」

「そうみたいね」


亜矢子は笑った。

「翻訳も好評だし、その上、宇田川先生の単行本の話まで進めちゃうなんて … 意外にはなさんて野心家ね」

「野心を持つということは楽しいことだわ。

ひとつの野心を実現したかと思うと、もっと高い所に別のものが輝いてるんですもの。

人生がとても張り合いのあるものになるわ」


半分冗談だったのに、亜矢子は思った以上にはなが仕事に燃えていることを知った。

「今、私のパルピテーションは仕事なの」

「そうね、私も負けてられないわ」

「さあ、行きましょう!」


ふたりは競うように建物を飛び出して行った。

< 仕事に燃えるのは結構ですが、恋のパルピテーションは、本当にすっかり消えてしまったのでしょうか? >

* * * * * * * * * *

「父さん、見合いするの?」

複数の見合い写真と身上書を見比べている平祐のことを、郁弥は不審な目で見た。

「バカ言え ~ 英治の見合いだよ。

新しい縁談が次々に来てるんだ」


しかし、当の本人には全くその気がなかった。

「断ってください」

「英治、お前は3年間、病気の香澄さんによくつくした。

そろそろ新しい家庭を築いて、子供を作ることを考えろ ~ ほら、このお嬢さんなんか良妻賢母になりそうじゃないか?」


平祐は自分が気に入った娘の写真を無理やり見せようとしたが、英治は仕事を続けながら迷惑そうな顔をした。

「僕はいいです。

郁弥、お前どうだ?」

「僕もいいよ ~ My better half は自分で探すから」


ほんの少しも写真を見ようともしない。

「まったくうちの息子たちは!」

歯ぎしりする平祐。

* * * * * * * * * *

その時、ノックとともに亜矢子とはなが部屋に入ってきた。

「ごきげんよう、聡文堂です」

平祐と郁弥はふたりを出迎えた。

はなの姿を見て、英治は仕事の手を休めて立ち上がった。

「どうも … ご無沙汰してます」

「こちらこそ、ご無沙汰しております」


英治もはなも外見上は全く平然と挨拶を交わした。

「突然押しかけてしまって、申し訳ありません。

今日はお兄様に仕事のお願いがあって参りました」


亜矢子の言葉に、郁弥は意外という顔をした。

「僕じゃなくて兄に?」

「ええ … お話し中でしたか?」


すると、郁弥はため息をついて、まるで告げ口するかのように口にした。

「父が兄に見合いを勧めているんです」

「まあ ~ 」

「君たちも早く結婚した方がいんじゃないか?」


平祐が女性たちに投げた言葉も、この時代では誰も問題視することはなかった。

「もちろん、いい出会いがあれば … 私たち仕事に理解がある素敵な男性がいらしたら、明日にでも結婚したいですわ … ねえ、はなさん」

はなも亜矢子に合わせて相槌を打った。

「そんなに都合のいい男がいるもんか」

* * * * * * * * * *

「お父さん、今日は未だコーヒー飲んでないだろ ~ カフェーにでも行ってきたら?」

「ああ、そうするか ~

私は消えるから、仕事の話を存分にしてください」


平祐は部屋を後にして、ドミンゴへと出かけていった。

郁弥に体よく追い払われたと言えなくもない …

* * * * * * * * * *

「実はこの度、宇田川満代先生の『銀河の乙女』の単行本を出すことになりまして、つきましては村岡さんに挿絵をお願いしたいんです」

はなが英治に事務的に用件を伝えた。

「えっ、挿絵を?」

思ってもみなかったのだろう、英治は驚きの表情をみせた。

「宇田川先生は、『王子と乞食』の挿絵を大層気に入ってらして、ああいう絵をお望みなんです」

「はあ、しかし … 」


顔は笑っているが困惑しているのが分かった。

それを承知ではなは頭を下げた。

「どうか引き受けてください、お願いします」

* * * * * * * * * *

はなと亜矢子のふたりに頭を下げられて、英治は黙り込んで思案をはじめた。

「あの、いかがでしょうか?」

はなはもう一度訊ねた。

『はなさんの頼みですもの、きっと引き受けてくださるわ』

亜矢子はそう信じていた。

『引き受けてくれるまで、今日は帰らねえぞ』

はなはそんな心構えだった。

『兄さん、この人に弱いからな … 』

そう思っている郁弥はさっきからはなのことをやけに気にしていた。

* * * * * * * * * *

英治がはなのことを見た。

『きっと引き受けてくれるら … 』

はながそう確信した時、英治が長い考慮の後、口を開いた。

「お断りします」

「てっ?!」


< て … そんなに甘くございませんでしたね。

… ごきげんよう、さようなら >
「えっ、挿絵を?」

思ってもみなかったのだろう、英治は驚きの表情をみせた。

「宇田川先生は、『王子と乞食』の挿絵を大層気に入ってらして、ああいう絵をお望みなんです」

「はあ、しかし … 」


顔は笑っているが困惑しているのが分かった。

それを承知ではなは頭を下げた。

「どうか引き受けてください、お願いします」

* * * * * * * * * *

はなと亜矢子のふたりに頭を下げられて、英治は黙り込んで思案をはじめた。

「あの、いかがでしょうか?」

はなはもう一度訊ねた。

『はなさんの頼みですもの、きっと引き受けてくださるわ』

亜矢子はそう信じていた。

『引き受けてくれるまで、今日は帰らねえぞ』

はなはそんな心構えだった。

『兄さん、この人に弱いからな … 』

そう思っている郁弥はさっきからはなのことをやけに気にしていた。

* * * * * * * * * *

英治がはなのことを見た。

『きっと引き受けてくれるら … 』

はながそう確信した時、英治が長い考慮の後、口を開いた。

「お断りします」

「てっ?!」


< て … そんなに甘くございませんでしたね。

… ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月06日 (日) | 編集 |
まずは、先週のおさらいを …



それでは、次週の「花子とアン」は?

てっ、朝市?!

月日が経ち、12月。ある日、朝市(窪田正孝)と武(矢本悠馬)が、かよ(黒木華)の働くカフェーへやってくる。はな(吉高由里子)が理由を尋ねると、武は葡萄酒の売り込みのため朝市をお供に上京し、しばらく滞在すると言う。

はなはカフェーに居合わせた宇田川満代(山田真歩)に積極的に話しかけ、連載が好評の『銀河の乙女』を単行本化したいと持ちかける。相変わらず居丈高な満代も、単行本の話にはまんざらでない様子。

朝市は、はなが元気を取り戻している様子に少しほっとするが、甲府ではなが辞書を捨てようとした日のことが忘れられないでいた。

私のパルピテーションは仕事なの

聡文堂では『銀河の乙女』単行本化の打合せが始まり、満代は『王子と乞食』で挿絵を書いた人物、すなわち英治(鈴木亮平)にぜひ挿絵を頼んで欲しいと言う。はなと英治のいきさつを知る醍醐(高梨臨)は躊躇するが、はなは満代に、必ず説得してみせますと請け合う。

安東さんはやめてほしい

一方の英治は、妻の香澄(中村ゆり)を亡くして半年、平祐(中原丈雄)の再婚の勧めにも耳を貸さず、仕事に打ち込んでいた。そこへはなが醍醐とともに現れ、ふたりは久々の再会を果たす。真剣な表情で挿絵を書いて欲しいと依頼するはなに、英治は …

ご主人を裏切ってはだめ!

はなと上京していた蓮子(仲間由紀恵)がカフェーで会っていると、突然、伝助(吉田鋼太郎)がやって来る。思いがけない夫の登場に動揺する蓮子、一足違いで店に入ってきた龍一(中島歩)に来るなと合図し、はなもその様子に気づく。

メリークリスマス!

クリスマスが近づき、かよから、カフェーでクリスマスパーティーを開くから10人お客を集めないといけないと相談されたはなは、自分に任せておけと引き受け、朝市、武や聡文堂の面々を誘って、パーティーに参加する。そして、蓮子、英治、郁弥(町田啓太)と着々と集まってくる。

そんなに思っているのなら、あなたが彼女と結ばれるべきだ

朝市は英治に、はなが甲府で辞書を捨てようとした日のことを話す。はなの気持ちを受け止めてやってくれと言う朝市に、英治は …

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花子とアン』「総集編・前編」放送決定!

放送予定は下記の通りです。
7月21日(月) 総合 午前8:00~9:59
7月26日(土) 総合 午前0:10~1:48 ※金曜深夜
7月27日(日) BSプレミアム 午後0:00~1:38

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2014年07月05日 (土) | 編集 |
第84回

「今度こそ忘れてやる!」

教会の図書室の窓からはなが投げ捨てようとした英英辞典を朝市は間一髪で取り上げた。

「はな、何てことするでえ?!」

はなはさめざめと泣いていた。

「英語の辞書じゃんけ、こんな大事なもん投げるなんて … どうしたで?」

「もう見たくないから捨てるだ!」


朝市の手から奪い返そうとするはな。

「はな、やめろし!」

「放っといてくりょう!」

「放っとけるわけねえら!」


朝市ははなの手を振り払った。

「こんな大事なもん投げ捨てたら、罰が当たるら!」

どんな訳があろうと、本を大事に扱わないことは許せなかった。

* * * * * * * * * *

雨が吹き込んでくる窓を閉めると、はなはその場に座り込んでしまった。

「はな、もう見たくねえってどういうこんだよ?

… 今度こそ忘れてやるってどういう意味だよ?」


朝市は雨と涙で濡れてしまったはなに手拭いを差し出した。

「はな、翻訳の仕事、そんなに辛いだけ?」

はなは黙ったまま首を横に振って、手拭いで涙を拭いた。

「ほれじゃあ、何で … 話してくれちゃあ」

赤くはらした目で朝市を見たが、手拭いに顔をうずめてまた泣き出してしまった。

「朝市、ごめん … 」

「おらに … 言いたくねえようなことけ?」


はなはもう一度、首を横に振ったが、「ごめん」と謝っただけだった。

* * * * * * * * * *

雨はすぐに上がり、朝市ははなを家まで送り届けた。

「大事な本、こんなに濡らしちまって … 」

ふじは縁側で英英辞典を開いて、頁ごとに布で丁寧に水分を吸い取っている。

「おばさん、大丈夫そうけ?」

「うん、大丈夫ずら」


落ち着きを取り戻したはなは朝市に申し訳なさそうな顔をした。

「朝市、悪かったじゃんね … 」

「 … 何があったか分からんけんど、元気出せし」


結局、はなは朝市に何も話してはくれなかった。

少しのわだかまりを残して、朝市は帰って行った。

* * * * * * * * * *

はなは縁側に腰掛けて小さなため息をついた。

「東京で傷ついて、帰って来ただけ?」

せっせと手を動かしながら、ふじは訊ねた。

「顔見た時から分かってたさ」

母は何でもお見通しだった。

「おら、好きになったらいけん人、好きになっちまった」

ふじは手を止めて、驚いた顔ではなの横顔を見た。

「奥さんがいる人だって知らないで、本気で好きになっちまっただ」

偶然、畑仕事から戻って来た吉平も入口の前で佇んだまま、はなの話を聞いていた。

「 … ほの辞書もほの人がくれたの」

「ほうけ … 」


それを聞いて、ふじははなが英英辞典を濡らしてしまった訳が何となく分かった。

「恋って、素敵なもんだとばっかり思ってた …

ふんだけど違った。

人を好きになるって、本当に恐ろしいこんだ。

今、すごく怖いら … 自分が自分でなくなっちまったみてえで」


* * * * * * * * * *

「いつまでここにいるでえ?」

ふじから返ってきたのは、はなにしてみれば意外な言葉だった。

「ここでじっとしてても何も変わらんよ ~ はなはもう立派な大人じゃん。

自分で、こぴっとケジメつけんきゃいけんよ」


はなは母を見た。

厳しい顔で見つめている。

「落ち着いたら、こぴっと東京へ帰れし」

はなは、その厳しさの中に隠れた愛情を感じた。

「お母 … ごめん、こんなバカな娘で」

まためそめそ泣き出したはなの肩をふじは笑いながら抱き寄せた。

「お母はいつだって、はなの味方さ ~ 」

* * * * * * * * * *

その夜、はなは再び翻訳の作業に向かい合った。

「 … こういう時は、父親はちっとも役に立たんじゃんな」

夜なべのわら仕事をしながら、吉平は寂しそうにぼそっとこぼしていた。

* * * * * * * * * *

「この単語、何だろう?」

はなは縁側に干したままの英英辞典に目をやった。

すると突然、風が吹きはじめてパラパラと頁をめくった。

風は家の中まで吹き込んできて、はなの手元の原稿用紙までめくった。

その瞬間、まばゆい黄金色の光が縁側の外から差し込んできた。

思わず閉じた目をそっと開くと、光を背にした人影が立っていた。

見覚えのあるその姿 …

「てっ、お祖父やん?!」

紋付袴の周造だった。

「 … お祖父やんじゃねえ、周左衛門と呼べし!」

周造は怖い顔をしながら胸を張って見栄を切った。

そして、縁側から家の中に上がってくると、英英辞典を手に取った。

「はな、おまんは人様からもろうた、この大事な辞書を窓からぶん投げて捨てようとした!」

はな言葉もなくうなずいた。

「いらねえなら、わしがもらっていく」

そう言って、辞典を小脇に挟んだ。

「おまんは、この大事な英語の辞書がなけりゃあ、一生、花子にゃなれん」

いつの間にか、はなは立ち上がっていて、目の前まできた周造と対峙していた。

「 … 死ぬまで、はなたれのはなじゃ」

憎々しげな顔をしてそうほざいた。

「てっ、死ぬまで?」

「そうさの ~ 」


周造は英英辞典をしっかりと抱え、高笑いしながら去っていく。

「待ってくれちゃあ ~ 持っていかねえでくりょう!

お祖父やん、周左衛門祖父やん!!」


* * * * * * * * * *

「はな、はな?!」

はなは机に突っ伏した姿勢で両親に揺り起こされた。

「てっ、おっかねえ夢みた」

すでに次の朝が訪れていた … 一体何処からが夢だったのだろう?

はなは慌てて縁側を見た。

昨日置いた場所で英英辞典は朝の陽を浴びていた。

急いで駆け寄ると、手に取って頁をめくった。

「ああ、乾いたじゃん」

「うん」


そして辞典を膝の上に置いて、表紙を愛おしそうに撫でてみた。

… 本を大切にしなかった自分を戒めるために、お祖父やんは現れたのかも知れない。

縁側から見上げた空は快晴だった。

数日後、はなは『王子と乞食』の第二話の翻訳を書き上げた。

* * * * * * * * * *

東京へ戻ったはなが真っ先に向かったのは聡文堂だ。

「よし、面白い!」

はなの書き上げた翻訳を読み終えて、梶原は太鼓判を押した。

「もう大丈夫みたいだな?」

「はい、ご心配をおかけしました」


頭を下げるはな、傷は完全に癒えた訳ではない、しかし持ち前の前向きな気持ちは取り戻しかけていた。

* * * * * * * * * *

< 一方、上京した蓮子は龍一と再会していました >

以前ふたりで訪れた龍一が行きつけの屋台にいた。

蓮子はわざわざ上京してきたというのに、龍一の機嫌はあまりよろしくなかった。

「舞台、蓮子さんにも見てほしかったな」

「私だって見たかったわ」


どうやら、舞台の稽古どころか本番にも間に合わなかったようだ。

「僕たちが汗水たらして芝居やってた頃、あなたはご主人と温泉に浸かってた訳だ」

まるで子供のように拗ねてみせた龍一はコップの酒を一気に飲み干した。

「おやじ、今日は持ち合わせないからツケで」

そう言って、席を立った。

「お金なら … 」

龍一はバッグを開けようとした蓮子の手を押さえた。

「石炭王のごちそうにはなりたくない」

さっさと歩き出してしまった。

「お待ちになって!」

後について立ち上がった蓮子、龍一は立ち止まった。

そして蓮子の手を取ると突然走り出した。

* * * * * * * * * *

薄暗い通りを抜け、一軒の家に走り込んだ。

「 … どうなさったの?」

「近頃、何者かに監視されている」

「えっ?!」


蓮子の顔に驚きが走った。

部屋に入ると、龍一は窓から外の様子をうかがった。

「ここはまだ大丈夫みたいだ。

… 越してきたばかりだからな」


龍一は電気を点けて、蓮子の前に薄っぺらな座布団を置いた。

「座っててください … 少ししたら、送っていきますから」

しかし、蓮子は腰を下ろそうとはせず、どことなく居心地が悪そうな顔をしている。

「あっ、こんな汚い部屋には入ったことないですか?」

蓮子は慌てて首を振った。

「違うの … 男の人の部屋に入ったのなんて、生まれて初めてなの」

乙女のような戸惑いをみせた。

* * * * * * * * * *

「本当に面白い人だな」

龍一は微笑んだ後で真顔になった。

「あんなに熱い恋文をくれた人とは思えない」

ふたりの目と目が合った。

「会いたかった。

死ぬほど会いたかった」


言葉よりも早く、龍一は蓮子のことを抱きしめていた。

しばしの抱擁の後、龍一は蓮子の唇に自分の唇を重ねた。

なすがままにされていた蓮子だったが、ハッとして龍一の身体を押して腕から逃れた。

「蓮子さん … 」

「そんな恐ろしいこと、できないわ」


荷物を手に取ると出口へと向かった。

「待ってくれ、蓮子さん」

「 … ごめんあそばせ」


蓮子が震える手を戸に伸ばした時、背後で倒れる音がした。

「痛て … 」

ゆっくり振り向くと、すべって転んだ龍一が板の間に引っくり返っていた。

「 … あ、あなたは、どうしていつも転ぶの?」

そう口にした途端、無性におかしくなって、ふたり同時に吹き出した。

いつしか声を上げて笑い合っていた。

* * * * * * * * * *

香澄の病室。

血相を変えた英治が駆け込んできた。

ベッドの横のイスに腰掛けていた郁弥がふらっと立ち上がって英治を振り返った。

「 … 兄さん」

香澄はベッドに横たわり目を閉じている。

英治はその姿を呆然と見つめた。

* * * * * * * * * *

聡文堂に復帰したはなは、何とか元のペースに戻りつつ、今まで失敗した分を取り戻すべく奮起していた。

「三田、これ村岡印刷へ届けてくれ」

「あ、私これから届けます」


ここで働く以上、村岡印刷を避けている訳にはいかない、はなは梶原に自ら名乗りを上げた。

しかし梶原は首を振った。

「お前には大仕事が待ってるだろ?

… 宇田川先生の原稿催促だ」

「私とっくに宇田川先生の担当、外されたんじゃ … 」


梶原は苦笑いした。

「彼女に首切られた編集者は数えきれない。

そこを何とか、強引に頭を下げてねじ込むんだ」

「実は、私も昨日担当クビになったの」


はなの後に担当についていた亜矢子が情けなく笑った。

「何としても書いてもらえ。

それさえ揃えば、『にじいろ』秋号、完成だ」


はなに新たに与えられた試練だった。

そうと分かると、否が上にも緊張してきた … しかし、俄然やる気も湧いてきた。

「はい、こぴっと頑張ります」

梶原や亜矢子たちの期待を背にはなは満代がいるドミンゴへと向かった。

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2014年07月04日 (金) | 編集 |
第83回

< 失恋のあげく、仕事でも失敗続きのはなは、甲府に帰ることにしました >

突然のことなので、連絡も入れずに甲府の実家へ戻ったが、出迎える者は居なかった。

「 … ふたりとも畑行ったずらか?」

ひとまずはなは仏壇に手を合わせ、周造に戻って来たことを報告した。

「お祖父やん、ただいま。

ごめんなさい … おら夢を追っかけるために東京に行ったのに、好きになっちゃいけん人、好きになって … ほの上、仕事では失敗ばっかりで、皆に迷惑かけて、かよにも心配かけて …

ほんな自分が情けなくなって、頭冷やしに帰ってきました。

… なんて、とてもじゃねえけんど、お父やお母には言えんなあ」


周造の位牌に向かってつぶやいた。

「そうさなあ ~ 」

「てっ?!」


はなはドキッとして辺りを見回した。

< 今、お祖父やんの声が … 空耳でしょうか? >

* * * * * * * * * *

はなが荷をほどいていると、急に庭先から賑やかな声が聞こえてきた。

両親たちが畑仕事から戻って来たようだ。

「 … あんたまたとんでもねえこん言い出して」 

「婿殿はもう百姓に嫌気がさしただけ?」

隣のリンのあきれたような声も聞こえる。

しばらく真面目に百姓に専念していた吉平だったが、今度はぶどう酒を造りたいと言い出したらしい。

「このまんま百姓だけやってても、何にも変わらん!

ぶどう酒は今に甲州の名を日本中に広げる事業になるだ」

「ほんな調子のいいこん言って ~

ふじちゃん、ホラ話に乗っちゃいけんよ」


リンに釘を刺されたふじは、承知しているとばかりにうなずいてみせた。

「リンさんが口を挟むと余計に揉めるから、黙っててくれちゃあ」

「ふん、これが黙ってられるけ!」

リンに口を挟むな、黙っていろというのが無理な相談だ。

「あんた、地道におらと百姓やるって、仏壇の前でお父やんに誓ったこんもう忘れただけ?」

「 … 百姓をやめるなんて言っちゃいん。

百姓も夢を持たんきゃダメじゃ ~ 百姓、びい、あんびしゃすずら!」


* * * * * * * * * *

何となく出そびれて、はなは家の中でうろうろしているところをリンに見つかった。

「はなちゃん?」

聞きつけて駆け寄ってくるふじ。

「てっ、はな?!」

「お母、おばさん、ただいま」

「てっ、はな ~ ?」

「グッドアフタヌーン、お父」


両親とも狐につままれたような顔ではなを見ている。

はなが戻って来た喜びより驚きの方が大きかったのだ。

「いきなり帰って来るなんて、びっくりするじゃん」

「こんなとこに居て、大丈夫なんけ?」

「うん … 新しい雑誌が出来上がって、ひと息つけたから、お休みもらっただよ。

お父とお母の顔見たくて」


自分でも空々しい言い訳だと思った。

「ほうか ~

早く見してくれちゃあ、ほの雑誌」


一同は手を伸ばしたが …

「 … ごめん、忘れた」

そんな肝心なものを忘れてくるなんて?!

それ以前に、はなの作る話を楽しみに待っていた両親に送ってもいなかったとは … 送ることができなかったというべきか?

「慌てて汽車に飛び乗ったから、つい鞄に入れるの忘れちまって … 」

「はな?」

「なんで ~ はなの作った新しい雑誌、読みたかったじゃんな」


ぬか喜びさせられて、しきりに残念がる吉平。

ふじは怪訝な顔をしてはなの顔を覗きこんでいた。

* * * * * * * * * *

夕方になって、はなが戻って来たことを聞きつけた朝市がやって来た。

「はな、久しぶり ~ お母から聞いて、持ってきたら」


朝市が手にしていたのは、『にじいろ』の創刊号だった。

「おじさん、はなの作った新しい雑誌です」

「おお ~ 」


はなの顔が少し引きつってみえた。

「学校で校長先生や生徒らと読んだだよ。

はなの翻訳した『王子と乞食』、もの凄く面白えですよ」

「てっ、はなが翻訳しただけ?」

「後でおらにも読んでくりょう」


ふじは台所でほうとうをこしらえていた。

「 … 朝市、わざわざありがとう」

「はな、こんな大事なもん忘れるなんて ~ どうかしてるじゃん」


朝市は軽い冗談のつもりだったが、核心をついていた。

「ほうだね ~ 」

上っ面だけで笑って返した。

「いつまでいるで?」

はなは言葉に詰まった、何も決めてはおらず、ただ汽車に飛び乗ったのだ。

「 … しばらくいるつもり」

「ほうけ ~ ほんな仕事休んで大丈夫け?」

「うん、翻訳の仕事持ってきたから」


はなは本心では朝市にもうこれ以上、何も聞いては欲しくなかった。

両親の前でボロが出そうで冷や冷やしていたのだ。

朝市も、はなのそんな微妙な態度を不審に感じていた。

「さあ、ほうとうできたよ ~ たんと食えし」

ふじは朝市にも食べていくように誘ったが、本を届けに来ただけだと遠慮して帰って行った。

* * * * * * * * * *

その頃、梶原は村岡印刷を訪れていた。

「『にじいろ』、お蔭さまで評判も良くて、次の号の問い合わせもたくさん入っています」

「それはよかった ~ 英治が聞いたら、喜びます」

「あ、兄もうすぐ帰って来ますから」


郁弥が腕時計を確認してそう言った。

「じゃあ、待たせてもらってもいいですか?」

梶原は紙袋からウイスキーの瓶を取り出して、テーブルの上に置いた。

「一杯やろうと思って」

「もちろんです」


梶原が村岡印刷にやって来た目的は英治に会うためだった。

「英治君、奥さんの病院?」

その質問に村岡親子は顔を曇らせた。

「はあ … 」

郁弥はあいまいに返事しただけだったが、平祐が重たい口を開いた。

「実は、英治は離婚したんです」

「離婚?」

「嫁の方から別れてほしいと言ってきまして …

英治は最後まで納得しませんでしたが、嫁の意志が固く … 先方の親とも話し合って、区切りをつけました」

「 … そうでしたか」


ところが、英治は夫婦でなくなった今も病室に通い続けているのだ。

「当然だよ。

義姉さんは兄さんのためを思って別れたんだから」


郁弥もこの離婚には納得していなかった。

そんな話をしているところへ英治が戻って来た。

「梶原さん、今夜ゆっくり息子の愚痴でも聞いてやってください」

平祐の言葉に梶原はうなずいた。

* * * * * * * * * *

安東家では、食後の時間、吉平がはなが翻訳した『王子と乞食』をふじに読み聞かせていた。

「 … ロンドンの市中に居る、これだけのことは分かっていたが、それ以上は何にも分からずにただ無暗に歩いて行った。

行くに連れて、家は次第に少なくなり、往来の人の数も減ってきた。

… つづく」


吉平が第一話を読み終えると、ふじは感嘆の声を上げた。

「ああ、面白かった ~ はな、頑張ったじゃんね」

「早く続きが読みてえなあ」


うなずき合っている両親に、はなは困惑した。

「ほんなにすぐには翻訳できないよ」

吉平は物語の最初の頁を開いてふじに見せた。

「おう、この挿絵も美しいなあ」

「はあ、いい絵だね ~ 見たこともない景色だに、ずっと見ていたくなるねえ」


ふたりで仲良く本を手にして挿絵に見惚れている。

「はなの訳した言葉にぴったりじゃあ」

「うん」

「 … ありがとう」


礼を口にしたはなだったが、心のうちは複雑だった。

* * * * * * * * * *

「もう一杯どうだ?」

「あっ、いただきます」


梶原がウイスキーのボトルを傾けると、英治はグラスを差し出した。

「僕はもう結構です」

郁弥はもう限界のようだ。

「ふたりとも強いな ~ 」

水も氷もなし、ウイスキーをストレートでぐいぐい飲んでも平気な顔をしている。

とても郁弥が太刀打ちできるふたりではなかった。

「ちょっと涼んできます」

郁弥が表の空気に当たりに部屋を出て行くのを待っていたかのように梶原は切り出した。

「いろいろ大変だったようだな」

「 … はい」

「俺も一度、結婚に失敗している」


梶原は愛していた女性が居たが、親の勧める別の女性との結婚を選んだことを話した。

「でも俺は妻を幸せにしてやることは出来なかった。

別れる時、彼女に言われた言葉が今でも耳に残っていてね。

『結婚しても私はずっと寂しかった』

そう言われたんだ。

俺と一緒に居ると、ひとりでいる時より孤独を感じたそうだ」


当時のことを思い出したのか、梶原は深いため息をついた。

「 … 香澄も、そうだったのかもしれません。

僕は、ふたりの女性を傷つけてしまいました」


梶原はグラスに残っていたウイスキーを飲み干した。

「安東君は甲府の実家に帰した。

ここんとこ、ずっと上の空だったからね」

「申し訳ありません」

「どんな道を選ぶか君次第だ … だが、後悔だけはするな」


梶原は英治が自分と同じような失敗を繰り返さないように、そのことを伝えたかったのだ。

* * * * * * * * * *

実家でも、はなの翻訳作業は決して思うようには捗らなかった。

第一話を訳した時の様な、溌剌としたやる気が湧いてこないのだ。

下手するとただ英語を日本語に直すだけの作業でしかないのかもしれない。

分からない単語があり、机の上の英英辞典に手を伸ばした時、庭からリンの通る声が聞こえてきた。

* * * * * * * * * *

「はなちゃんがいきなり帰って来た原因は男じゃねえだけ?」

ふじと一緒に空豆の皮をむきながら、したり顔で言った。

「東京で悪い男にでも引っかかったずら」

「何を言うだ、はなはほんなバカな娘じゃねえ!」


横で薪を割っていた吉平が否定したが、リンは譲らない。

「い~やいやいや、ああいう賢い子に限って、コロッと男にだまされるだよ」

悪気はまったくないとはいえ … 親の前で、それも本人が家の中に居るというのによくもまあ平気な顔でそんなことを口にできるものだ。

「バカなこと言うじゃねえ!」

さすがの吉平も腹を立てて、声を荒げたが、ふじが嗜めた。

すると、はなが風呂敷包みを抱えて家から出てきた。

「はな?」

「何だか気が散って仕事にならんから、教会の本の部屋に行ってくる」


あんな言い争いを近くでやられた日には、集中できずに仕事どころではないだろう。

ふじもその方がいいと思った。

「うん、行ってこうし、気つけて」

はなが出かけていくのを見送った後、リンは性懲りもなくまた言い出した。

「やっぱり、ありゃ男に裏切られただよ」

リンという女は変なところで勘が鋭いから性質が悪い。

「はなに限ってあり得ねえ!」

「ふたりともええ加減にしろし!」


ふじはとにかく様子がおかしいはなのことが心配だった。

* * * * * * * * * *

教会の図書室は静かで、家に比べたら環境は数倍よかったが、それでも仕事が捗る訳でもなかった。

なにしろ、分からない単語を引こうと英英辞典に手を伸ばしても、開くことをためらってしまうのだ。

この辞典の贈り主との思い出が容赦なく頭に浮かんでくる。

気づけば、窓ガラスに降り出した雨粒が当たっていた。

はなは何を思ったか、英英辞典を抱えると、その窓に向かって歩き出した。

窓を開けると、雨脚は強くなっていて部屋の中まで吹き込んできた。

腕の中の辞典にも雨が当たる。

そこへ読み終えた本を手にした朝市が入ってきた。

朝市は開け放した窓の前に立っているはなの横顔を見て、胸騒ぎを感じた

* * * * * * * * * *

「今度こそ …

今度こそ忘れてやる!」


はなはそう叫ぶと抱えていた英英辞典を高く振り上げて窓の外へ投げ捨てようとした。

「はな!!」

朝市は間一髪、はなの手から英英辞典を取り上げた。

「何てことするでえ?!」

はなはさめざめと泣いていた。

< … ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月03日 (木) | 編集 |
第82回

はなは亜矢子と共に訪れたカフェー・ドミンゴで、郁弥の口から偶然、英治が妻に離婚を切り出されていることを知ってしまった。

「英治さん、本当に離婚するんですか?」

「いえ … まだ決まったわけじゃないんですけど」

「奥様から離婚を切り出されるなんて … よっぽどひどいケンカでもなさったの?」


亜矢子はムキになって郁弥に訊ねているが、、彼自身詳しいことはよく分からないのだ。

かよは、はなのことが心配だった。

ようやく立ち直りかけていたのに、今の話ですっかり混乱して入口の前に立ち尽くしている。

「かよさん、もう一杯」

郁弥がウイスキーのお替りを注文すると、亜矢子はカウンターの隣りの席に座り込んだ。

「私たちもつき合うわ ~ はなさん、飲むわよ」

* * * * * * * * * *

どれほど時間が経っただろうか …

郁弥はカウンターに突っ伏して、亜矢子はソファーの背もたれに寄りかかって、酔いつぶれてしまっていた。

< その日、何故か、はなは全く酔えませんでした >

「すいません、お報せいただいて」

慌てて店に入ってきたのは、英治だった。

英治は、はながいることに気づかずにカウンターで寝ている郁弥に近づいて行った。

「郁弥、しっかりしろ! … 帰るぞ!」

起きる気配が全く感じられず、あきらめて郁弥の肩を抱えて立ち上がらせた。

その時、英治ははなが居ることにやっと気づいて、お互いにぎこちなく挨拶を交わした。

「 … 兄さん、僕は離婚なんて反対だからな。

義姉さんが可哀そうだ」


郁弥のうわ言っだった。

「すみません … 」

英治は、はなに頭を下げると、出口へと向かった。

「あの … 」

はなは英治を呼び止めていた。

「私も反対です。

離婚なんてしないでください … 絶対にしないでください」


思わず叫んでしまった。

「 … 分かってます」


うつむきながら無理に笑おうとした英治を見て、はなは我に返った。

「すみません … 関係ない私が何言ってるんでしょう …

ごめんなさい、失礼します!」


店を飛び出して行ってしまった。

* * * * * * * * * *

「一体どういうこと?」

聡文堂の扉を開けるや否や、そう言いながら入ってきたのは宇田川満代だった。

「とっくに書店に並んでいる『にじいろ』創刊号が私のとこに届いてないんだけど … 」

大層不機嫌な様子の満代、梶原が顔面蒼白で立ち上がった時、出先からはなが戻って来た。

「宇田川先生? … ごきげんよう」

何も知らず、愛想よく挨拶したはなを満代はにらみつけた。

「ご機嫌よろしい訳ないでしょ」

「 … はなさん、宇田川先生に創刊号、お渡ししてなかったの?」


亜矢子に言われて、ハッとするはな。

「いつまで経ってもくれないから、こちらから取りに伺いました」

「申し訳ありません!」

「宇田川満代も随分と舐められたものだわ ~ 」

「本当になんとお詫びしたらいいのか … 本当に申し訳ありません」


ただただ「申し訳ありません」と繰り返すはな、満代はソファーに腰を下ろすとわざと声を張り上げた。

「梶原さん、編集者というのは、作家のことをいの一番に大切にするものよね?」

「先生、今回の不手際は私の責任でもあります。

本当に申し訳ありません」


梶原だけでなく、部屋に居たすべての職員が立ち上がって満代に向かって深く頭を下げた。

* * * * * * * * * *

「宇田川先生、見てください ~ まだ発売したばかりなのに、もう先生の作品が大変素晴らしいって、絶賛するお葉書が届いてるんですよ」

その時、機転をきかせた亜矢子が読者からの葉書を読み上げ始めた。

「はじめまして、私は宇田川満代先生の『銀河の乙女』を読んで泣きました。

もう10回も読み返してますが、いつも涙が流れます … 」

「 … もう結構よ」


こんなことぐらいで機嫌が直るとは亜矢子も思ってはいなかったのだが … 案の定、満代は席を立った。

「先生、二度とこのような不手際がないようにしますので、今後ともご執筆よろしくお願いします」

平身低頭で謝る梶原に免じてだろうか満代は雑誌を受け取って引き揚げていった。

「安東、もう二度は言わないぞ。

編集者として、責任を持って、きちんと仕事をこなせ。

… 仕事の失敗は、仕事で返せ」


梶原はいつものように多くは語らず、それだけをはなに言い渡した。

* * * * * * * * * *

< ところ変わって福岡です >

「封開けてしもうたら、奥様が気づきんしゃりますばい?」

龍一から蓮子宛てに届いた封書をタミは、勝手に盗み見ようというのだ。

さすがに配下のトメが嗜めたが、タミは怯むことなく封筒の底を鉄瓶の口から吹きあがってくる湯気に当てている。

「大丈夫くさ … ほうら」

湯気の熱と水分で底がきれいに剥がれた。

「 … あなたとふたり、過ごしたあの夜、思い出しては、あなたに会えない寂しさで、どうにかなってしまいそうです。

まあ ~ なんとまあ ~ 」


してやったり、蓮子の尻尾をつかんだとでも思っているのか、タミはうれしくて仕方がないといった様子だ。

元の封筒に収めて、底を貼っておけば、開封したことは分かりはしないだろう。

嬉々としたタミは、ふとトメの顔を見た。

「こん手紙のこと、旦那様には内緒ばい」

「はあ、報告せんでよかとですか?」

「よかよか ~ 」


タミは何か企んでいるような顔をしてまた笑ってみせた。

* * * * * * * * * *

「奥様、お手紙が届いちょりますばい ~ 東京から」

そして、何食わぬ顔でサロンにこもっている蓮子に封書を届けた。

差出人の名前を見て笑顔になる蓮子。

一日千秋の思いで待っていた手紙だ。

タミが部屋から出て行くと、ハサミを持つ手ももどかしく封を開けた。

… その手紙はすでに誰かの目に触れていたことに気づく余裕など、今の蓮子にはなかった。

『前略、脚本の第二稿無事に届いております。

これにて上演するつもりです … 稽古への立ち合い、是非に願いたく思います。』


* * * * * * * * * *

その晩の食事の席で蓮子は伝助に願い出た。

「 … 私が書いた脚本の舞台のお稽古が始まるんです。

ですから、私また東京へ行きたいの」

「その舞台に出るんか?」

「いいえ ~ 私は出ませんわ。

けれど、原作者というのはお稽古に立ち会うものなのです」


蓮子は伝助の無知をいいことに方便を言った。

「ですから … 」

伝助は腕組みをして蓮子の顔をじっと見つめた。

芝居のことなど分からないが、蓮子の様子が少しおかしいことには気づいていた。

百戦錬磨の石炭王の洞察力はけた外れだった。

* * * * * * * * * *

ところが蓮子に思ってもみない助け舟を出したのはタミだった。

「いいじゃありませんか、旦那様 ~

東京の『お友達』もさぞや、奥様に会いたいやろうし」


お銚子のお替りを運びながら、そう口添えをした。

「 … はなちゃんか?」

伝助に訊かれて、蓮子はうなずいた。

「分かった … そげん行きたいとなら、仕方なかたい」

『はな』という名前を出した途端、あっさりと許可が下りた。

「旦那様のお世話はうちがしときますき ~ 奥様は安心して、東京に行きなすったらよかとです」

やけに愛想がよいタミの猫なで声を聞いて蓮子は悪寒が走った。

< 今まで散々、蓮子に反発していたタミが突然味方をするなんて … 一体何を企んでいるのでしょうか? >

* * * * * * * * * *

「では、次号の『銀河の乙女』は2頁増やすということで、よろしくお願いします」

好評の『銀河の乙女』は、すでに『にじいろ』には欠かせない目玉の作品だった。

はなの不手際で損ねた機嫌もなんとか治った満代は、引き続き連載を続ける気になって、次号の打ち合わせのために聡文堂まで足を運んできていた。

梶原も立会いの上で取りあえず話はまとまったところだ。

「でも、また『文芸東洋』と締切が重なりそうなのよね」

「私でお力になれることがあれば何でもおっしゃってください」


しかし、満代ははなを一瞥しただけだ … 信用していないのだろう。

失われかけた信頼はそう容易く元には戻っていなかった。

* * * * * * * * * *

雷の音が聞こえ、急に窓の外が暗くなったと思ったら、俄かに雨が降り出してきた。

「あらやだ、雨?」

雨は、はなに嫌でも思い出させてしまう … 土砂降りの中、英治に抱きしめられたあの夜のことを。

はなが雨に気を取られていると、満代が席を立って傘立てにあった、はなの赤い蛇の目傘を無造作に手に取った。

「この傘、貸して」

「あ、それは!」


はなは思わず立ち上がっていた。

「何、私に貸したくないの?」

「ああ、いえ …」


慌てて、首を振った。

「じゃあ、お借りするわ」

そのまま傘を手に帰ろうとする満代。

はなはそのまま見過ごすことができず、条件反射のように傘の柄を掴んでしまった。

「何なの、あなた?!」

その勢いに満代は驚いて、はなをにらんだ。

「 … この傘は … 」

< はなにとっては大切な思い出の品なのです >

「これだけは … 持っていかんでくりょう」

うわ言のようにつぶやいた。

* * * * * * * * * *

「聞いた?

この人、担当の作家より傘の方が大事なんですって」


満代は部屋中に聞こえるように吹聴した後、はなに訊いた。

「宇田川満代は傘以下ってこと?」

首を振ったが、はなの気持ちの上ではその通りだったかもしれない … 比べられるものではないのだ。

「じゃあ、原稿も傘に書いてもらえばいいじゃないの」

傘から手を離そうともせず、うつむいたままのはなの態度が満代の怒りに火を注いだ。

「私、おたくの雑誌にはもう書かないから、その傘に書いてもらいなさいよ!」

「まあまあ、先生」


亜矢子が慌てて、自分の傘を差し出したが、満代の怒りはおさまらない。

「作家を見下す最低の編集者じゃないの ~ こんな人辞めさせて」

「 … 分かりました」


梶原ふたつ返事で答えた。

「安東は宇田川先生の担当から外します」

「では、ごきげんよう」


満代は平然とした顔で、亜矢子が差し出した傘を奪うように手に取ると、さっさと出て行ってしまった。

* * * * * * * * * *

「 … 皆仕事に戻れ」

満代が出て行った扉を見つめたままのはな。

梶原は、はなのことをソファーに座らせた。

「安東、お前ずっとどうかしてるよな?

… しばらく会社に出てこなくていい」


はなは息を呑み、梶原を見つめた。

「編集長!」

亜矢子が咎めようとしたが、梶原は話を続けた。

「そんな抜け殻みたいな奴は、うちにはいらない」

抜け殻 … まさに今の自分を表すのに相応しい言葉だとはなは思った。

心は空っぽなのに涙があふれてきた。

ふらふらと立ち上がり、梶原に向かって頭を下げた。

* * * * * * * * * *

机の上の荷物をまとめて廊下に出たはなを梶原が呼び止めた。

「 … 忘れ物だ」

梶原がはなに手渡したのは、『王子と乞食』の原書だった。

こんな大切なものまで忘れてしまうほど、今のはなは尋常ではなかったのだ。

* * * * * * * * * *

長屋で、原書を開いて、第二話の翻訳を進めようと試みたが、一向に捗らない。

作業に集中することができない。

机の上の英英辞典を見るにつけ、また切なくなってしまう。

最悪の精神状態だった。

「お姉やん」

そんな姉の後姿を見つめていたかよが見かねて声をかけてきた。

「 … 甲府に帰れし。

辛くて辛くてどうしようもねえ時は逃げたっていいと思うだ」


かよは立ち上がると、はなの旅行鞄を下げてきた。

「お母のほうとう食えば、きっと元気になるさ」

「かよ … 」


甲府へ帰ろう … お母とお父が待ってる、地元へ帰ろう …

< … ごきげんよう、さようなら >

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2014年07月02日 (水) | 編集 |
第81回

< から元気で仕事を請け負ったはなでしたが … >

明朝までに仕上げなければならない大量の校正を引き受けたまではよかったが、ひとりで残業しているうちにいつのまにか机に突っ伏したまま眠ってしまった。

最近、眠れぬ夜が続いていたからだとしても、どれほど熟睡してしまったのだろう … 窓から射し込む朝陽で目を覚ました時、時計はすでに翌朝の6時を大きく回っていた。

「てっ、校正 … わあ、どうしよう?!」

山の様な校正が目の前に残っていた。

今から始めても始業時間までにはとても終わりそうもないが、慌てて作業を再開した。

* * * * * * * * * *

「おはよう、昨夜は助かったよ ~ かみさんがすき焼き用意して待ってて … 」

始業時間になり、須藤が機嫌よく出社してきた。

「あれ以上待たせたら、離婚されるところだった」

挨拶を返す暇も惜しみ必死の形相で作業しているはなを見て、須藤の顔色が変わった。

「 … 安東君、まだ終わってないの?」

「すいません、私つい眠ってしまって … 」

「ああもう言い訳はいい、半分貸せ!」


同じく出社してきたばかりの三田がテーブルに積まれた校正が済んでいない原稿を須藤から受け取った。

三人がかりで作業していると、亜矢子が出社してきた。

「ああ、いいところに来た ~ 醍醐君も校正、手伝ってくれ!

9時までに頼む!」

「9時までに?!」


亜矢子が驚いたのも無理はない、あと30分しかないのだ。

「すいません、私 … 」

「言い訳は後で、とにかく終わらせましょう!」


* * * * * * * * * *

それから、出社してきた職員たちが総がかりで、9時を少し回った頃に何とか校正は終わった。

「行ってきます!」

須藤は仕上がったばかりの原稿を抱えて、社を飛び出して行った。

「申し訳ありませんでした」

須藤を見送った後、はなは手伝ってくれた一同に謝罪したが、男性職員たちは冷めた顔で自分たちの席に戻っていった。

微妙な空気にはなは居たたまれない気持ちでいっぱいになって、すっかり沈み込んでしまった。

「 … ちょっと、昼休みに私から話してみます」

亜矢子の申し出に梶原はうなずいて、すべてを彼女に任せた。

* * * * * * * * * *

昼休み、亜矢子ははなのことをカフェー・ドミンゴへと連れ出した。

「醍醐さん、今朝は本当にごめんなさい」

席に着くなり、はなは亜矢子に頭を下げて謝罪した。

「いいのよ ~ ああいうことはたまにあるし、助け合うのは当然でしょ?」

そう慰めた後、亜矢子は改めて切り出した。

「ねえ、はなさん、村岡さんのことで傷ついてるのは分かるわ。

英治さんに奥様が … 私も何と言うか、裏切られた気持ちになったわ。

でもね、そのことと仕事が別よ。

なるべく早く気持ちの整理をつけた方がいいわ」


はなは黙って、亜矢子の話を聞いている。

「思い出してみて、秀和女学校の先生方は、どんな時も教師という自覚をもって、生徒ひとりひとりに真摯に向き合ってくださっていたでしょ?」

はなは、ブラックバーン校長や茂木、富山、スコット、懐かしい恩師たちの姿を思い浮かべてみた。

「ええ … 」

「そんな先生方のお姿こそ、仕事に向き合う時のお手本だと思ってるのよ」


はなが見失いかけていた大事なことを、亜矢子は思い出させてくれたのだ。

「醍醐さんの言う通りだわ。

私、本当に自分で恥ずかしい … 」

「愚痴でもお買い物でも、ヤケ酒でも … 何でもおつきあいするわ。

明るくてへこたれないはなさんに早く戻って」

「醍醐さん … 本当にありがとう」


亜矢子の言葉、存在にどれだけ救われたことだろうか。

話がひと段落した頃、かよがカレーライスを運んできた。

「さあ、こぴっと召し上がれ」

昨晩は帰って来ない姉のことを心配してひと晩明かしたかよだったが、亜矢子との話を耳にして少しだけ安堵していた。

「いただきます」

これがきっかけではなが立ち直ってくれることを祈るふたりだった。

* * * * * * * * * *

その時、扉を開けて店に入ってきたのはミスター・ドミンゴこと村岡平祐だった。

「いらっしゃいませ」

食事の途中だったが、はなは思わず立ち上がってしまった。

「どうも昨日は … 」

「やあ ~ 」

「昨日?」


ミスター・ドミンゴの正体を知らないかよは怪訝な顔をした。

「 … 村岡さんのお父様」

「てっ、郁弥さんのお父さん?!」


はなに耳打ちされて仰天するかよ。

「 … てことは、英治さんのお父様?!」

亜矢子も目を丸くして席から立ち上がった。

3人の若い女性に見つめられ、平祐は決まり悪そうな顔をみせた。

常連になりながら素性を明かさずに楽しんでいた節がある。

「この店もだんだん居心地が悪くなってきたな … 帰ろうかな?」

「そんなことおっしゃらずにどうぞ」


かよが笑いながらいつもの席へと案内した。

* * * * * * * * * *

相変わらず、店の一画に龍一たち演劇かぶれの帝大生が陣取っていた。

「だめだな、所詮ブルジョアが暇つぶしに書いた脚本(ほん)だ」

荒井がテーブルの上に放り出したのは、蓮子が書いた脚本『音楽家の妻』だった。

ただし『第弐稿』とある。

龍一に諭されて、信念を曲げて推敲したのだ。

「でもまあ、これを叩き台にして、俺たちで書きなおせばいいか、そろそろ稽古に入りたい」

田中の言葉に荒井も仕方なくうなずいていたが、龍一は異を唱えた。

「いや、今回は全部このままいく」

「本気か?」

「こんな惚れたはれただけの芝居、男は見ないぞ」


荒井は笑い、田中は食って掛かった。

「十分だ。

この脚本には、白蓮の反逆の叫びがしっかりと刻み込まれている。

世の女たちに立ち上がって声を発するきっかけを与えられる!」


龍一があまりにも白蓮の脚本に入れ込んでいるので、田中がからかった。

「さてはお前 … あの女に惚れたな?」

すると、龍一は否定するどころか、黙ってうつむいてしまった。

「おいおい、まさか本気じゃないだろうな?」

冗談を言った本人が狼狽えてしまうほど、龍一の目は本気に見えた。

「とにかく、今回はこのままの脚本でいく!

… 皆を集めてくれ、稽古を始める」


誰にも有無を言わせずに席を立った。

* * * * * * * * * *

あ然と見送る仲間を後にして、龍一は平祐が座っている席の前に立った。

「どうも、先日はありがとうございました」

龍一にしては、丁寧な言葉づかいで礼儀正しく礼を言った。

「三面記事で人を判断すべきでないとよく分かりました」

平祐から渡されていた白蓮の歌集『踏繪』をテーブルの上に置いた。

「帝大生ともあろう君たちが、余りにも浅はかだったから、苦言を呈しただけだ」

「いい出会いになりました」


そう言った龍一の表情は以前の拗ねて世の中を斜めから傍観していたような顔とは別人みたいに輝いて見えた。

「この歌集と出会う前と後では、僕はすっかり変わってしまったのかも知れません」

「ほう ~ 」

「そのお礼が言いたかったんです」


丁寧にお辞儀をすると店から出て行った。

「ありがとうございました ~ またお待ちしています」

かよの言葉に送り出された龍一は、外の光をまぶしく仰ぎ見た後、蓮子の脚本に目を落とし、微笑むとゆっくりと歩き出した。

* * * * * * * * * *

< 一方、福岡の蓮子は … >

『推敲した脚本の原稿は届いているのでしょうか

あなたが強く言うので書き直しましたのに、何の連絡もありませんので、大層心配しております』


蓮子が龍一へしたためた手紙だ。

『君ゆけば ゆきし寂しさ

君あれば ある寂しさに 追わるるこころ』


< 恋の歌を綴ってしまうほど、こちらも相当入れあげている様子です。

道ならぬ恋だというのに … >

* * * * * * * * * *

「あ、あら ~ ご飯でもないとに書斎から出てくるちゃあ、珍しいこともあるもんばい

雪でん降るちゃないと?」


廊下で蓮子の姿を見かけたタミが嫌味たっぷりに口にすると、女中たちを連れて行ってしまった。

蓮子は一番後からついていこうとした新入りの女中すずをこっそりと引き留めた。

「今すぐこれを出してきてちょうだい、速達でね」

龍一宛ての封書を手渡した。

「はい、いつもと同じでよかとですか?」

しかし、そんなやり取りを見逃すタミではなかった。

* * * * * * * * * *

舞台は変わって、村岡印刷。

郁弥は重役室の前で、部屋に入ることを逡巡していた。

彼の手には一通の封筒が握られていた。

宛名には『村岡英治様』の文字がある。

< ここにも手紙を託された人が居りました >

* * * * * * * * * *

郁弥は重い足取りで部屋に入ってきた。

「 … 兄さん」

陽気な郁弥らしからぬ、深刻な顔で兄が座っている前に立った。

「どうした?」

英治は不審な顔で郁弥を見上げた。

「 … これ、義姉さんから預かってきた」

さきほどの封筒を差し出した。

「外回りのついでに病院寄って、それで … 」

郁弥の態度にただならぬ不安を感じた英治は、すぐさま開封して中に入っていた一筆箋を取り出した。

「 … 何だよ、これ?」

『離婚してください 香澄』

ただそう書かれているだけだった。

「一体どうして?!」

郁弥もどんなことが書かれているのか知っていたはずだ。

「分からないよ!

… 兄さんこそ、心当たりないのか?!」


英治は部屋を飛び出した。

* * * * * * * * * *

香澄の病室を訪れた英治は、ノックの返事も待たずにドアを開けた。

「香澄!」

香澄は … 英治がやって来ることを予想していたようにベッドに腰かけて振り向きもせずに外の景色を見ていた。

「これは一体どういうことなんだ?」

郁弥から受け取った封筒をつきつけて訊ねた。

「 … そこに書いた通りです。

私と別れてください」


英治の顔も見ようとはしない。

「突然何を言い出すんだよ?

どうして … どうして急に別れたいだなんて?」


すると、香澄は横顔で寂しそうに笑った。

「あなたの心には … 他の女の人がいるわ」

香澄の言葉は英治の胸を貫いた。

「あなたの心の中には私ではない他の女の人がいる」

そう言いながら、香澄は今日初めて振り向いた。

すべてを見透かすかのような眼差しで英治を見つめ、すっと視線を落とした。

それはほんの数秒のことだったが、英治にはとてつもなく長い時間に感じた。

「何を言い出すんだよ ~ 他の人なんか居る訳ないじゃないか」

* * * * * * * * * *

「君と別れるつもりはない」

「いいえ!

… 別れてください」


悲壮な顔の英治を見据えて強い口調で言い返した。

「死ぬのを待たれるのは嫌なの」

顔を背けて言ったそのひと言に英治は何も言えず、立ち尽くすだけだった。

* * * * * * * * * *

「ああ、もう ~ やってもやっても終わらないわ」

仕事とはいえ繰り返し戻って来る校正に、亜矢子はうんざりして声を張り上げた。

「はなさん、続きは明日にして食事に行かない?」

「皆さんにご迷惑をおかけした分取り返さないと」


今朝のことがあり、皆が残っているのに、はなが帰る訳にはいかなかった。

「時には息抜きも必要だ。

今日はいいぞ」


しかし、梶原の計らいで、ふたりは今日の仕事から解放された。

* * * * * * * * * *

その夜、ドミンゴに顔をみせた郁弥はいつもと様子が違っていた。

「やあ、かよさん久しぶり」

笑顔を見せたが、どことなく気持が入っていない。

「私、花よりチップの方がいいんですけど」

かよは、いつものクセでそう答えてしまった。

すると郁弥は申し訳なさそうな顔をした。

「すみません、今日は花がなくて … 」

少し拍子抜けでカウンター席に案内した。

* * * * * * * * * *

ひとりウイスキーを飲んでいる郁弥はやはりどこかおかしい。

無口な上に深刻な顔で何か考え事でもしているようだ。

「あの、どうかしたんですか?」

気を引くためのポーズかとも思ったが、少しきになったので訊ねた。

「 … 何だか今日は妙に静かですけど」

「うれしいな … かよさんが気にしてくれるなんて」


そう答えただけで、また考え込んでしまった。

「本当にどうしちゃったんですか?」

かよは少し母性本能をくすぐられてしまったみたいだ。

「かよさん、僕のこの辛い気持ちを聞いてくれますか?」

「ええ、まあ … 」


実際のところ、ひとりでは抱えきれずに誰かに聞いてもらい気持もあったのだが … ことがことだけに憚っていたのだ。

「実は … 義姉さんが、兄と離婚したいと言い出したんです」

* * * * * * * * * *

「てっ ~ 英治さん離婚するんですか?!」

かよが思わず声を上げた時、はなと亜矢子が店の入り口に立っていた。

銀座だったら、いくらでも店はあるのに、聡文堂と村岡印刷の関係者は、このドミンゴしか利用しない。

余程居心地がいいのだろうか …

「醍醐さん! … お姉やん」

今の話、ふたりの耳に届いていただろうか?

果たして、亜矢子がつかつかと郁弥に迫ってきた。

「英治さん、本当に離婚するんですか?」

しっかり聞かれていたようだ。

「いえ … まだ決まったわけじゃないんですけど

かよははなのことが心配だった。

呆然とした顔で入口の前に立ち尽くしたままだ。

< ようやく立ち直りかけていたはなは、すっかり混乱してしまいました。

… ごきげんよう、さようなら >

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