2013年06月01日 (土) | 編集 |
第54話
2009年4月、アキは高校3年生になりました。
お座敷列車の効果でアキとユイちゃんの人気は更に絶大なものになっていました。
今やふたりは岩手じゃ知らない者はいないカリスマ女子高生なのです。
北三陸駅の構内に置かれた『潮騒のメモリーズ』の等身大のパネルの前で記念撮影をするファンたち。
ここに来れば、ふたりに逢えると思って訪れる人も多いのですが …
「ええ、じゃあ会えないんですか?」
「もともと期間限定ユニットだからね」
「ユイちゃんなら毎週土曜日1日駅長やってるから会えるよ」
大吉たちもそうファンに説明するしかありません。
「アキちゃんは?」
言葉に詰まる大吉。
そうなんです、春子との約束を守り、アキはPR活動を辞めて、普通の女子高生に戻ったのです。
普通科じゃなくて、潜水土木科ですが …
… … … … …
アキにあこがれて、北三陸高校潜水土木科に8人の女子生徒が入学しました。
「やっぱり無理だよ、天野ぉ、女子の前で授業やったことなんかないのぉ!」
怖気づいた磯野が新入生の待つ教室に入ろうとしません。
下級生の世話係のアキは尻を叩きました。
「おらも女子だべ?!」
「天野なんか女子だと思ったことねえよ!」
… 失礼な言い草です。
しかし、何年もほぼ男子校状態だったのにいきなり8人もの女子生徒を相手にするのは磯野にとっても初めてのことでした。
「酒飲まねば無理だよぉ!」
それはそれでまた別の問題になります。
「大丈夫、先生意外と女子受け良いから!」
根拠のない慰めを言って、この場を切り抜けようとしました。
「 … ほんとに? 臭いとかキモイとか言わない?」
ウソも方便、アキはうなずきました。
「キャラ変えるんだったら、今なんだからね!」
「 … 取りあえず、お姉キャラはNGだ」
扉を開けて、有無を言わさず、磯野の背中を思い切り押しました。
教室に転がり込むように現れた磯野に新入生たちは注目しました。
「おっす、おら担任の磯野 … 『いっそん』って呼んでけろ!」
以前、聞いたような磯野の自己紹介の途中でしたが、ひとりの女子生徒が、入口に控えていたアキを見つけて声をあげました。
「アキちゃんだ!」
「わあっ、やばい!」
黄色い歓声を上げて、アキの周りを囲む女子生徒たち。
「あの、席についてください」
「あ、ゴキブリ!」
ひとりの女子生徒がアキの足元を指さしました。
「じぇじぇっ!」
「やばいっ、“じぇじぇ”出たあ!」
「キャラじゃないんだ、ほんとに“じぇじぇ”って言うんだ」
「ウケル~!」
… … … … …
その頃、ユイは …
こちらも、北三陸駅で数名のファンに囲まれてサインや握手をせがまれていました。
その様子を物陰からビデオに収めている水口、ユイが気づくと慌ててカメラをしまって、足早に立ち去りました。
… … … … …
アキの部屋。
水口が口にした『太巻』という名前が気になっているユイは、アキにそのことを話しました。
「ふとまき?」
ユイは雑誌を開いてアキに見せます。
「芸能プロダクション『ハートフル』代表取締役、荒巻太一氏。昨年はアイドルグループ『アメ横女子学園芸能コース』を世に送り出し、自ら作詞したデビュー曲『涙目セプテンバー』は60万枚のセールスを記録、セカンドシングル『空回りオクトーバー』のカップリング『肌寒いノベンバー』はドラマの主題歌にもなり『暦の上ではディセンバー』で初のミリオンを達成、2009年は御徒町に『アイドルカフェ太巻』をオープンし … 」
最後まで音読しそうな勢いのアキをユイは止めました。
「全部読まなくてもピンとくるでしょ?」
「何が?」
少し、イラッときながらユイはアキに説明しました。
「水口さんが何故、太巻さんの名前を口にしたのか?」
「 … わがんねえ」
「スカウトマンだからよ!」
掴み掛らんばかりのユイですが、それでもアキはまだピンときません。
「スカウトマン?」
「そう、荒巻太一の事務所の社員。私たちをスカウトしに来たのよ」
アキは思わず吹き出してしまいました。
「いやいや、あの人は勉さんの弟子の琥珀マニアだべ?」
「その設定自体、怪しいじゃん」
「 … 勉さんも?」
「勉さんは琥珀掘ってりゃいいのよ、水口さんよ。私たちに近づくために勉さんを利用したんじゃない?」
「へへへ、そんなバカな」
アキはユイの言うことを鵜呑みにできません。
「あの人、こんな風にも言ってたよ …
『まあ、ふたりともキャラは良いので、問題は歌ですね、歌唱力が … 』」
「そりゃ、怪しすぎっぺ!」
歌唱力にも触れられたことを知った途端、アキはムキになりました。
「でしょ、でしょ?」
… … … … …
「どうする?」
「 … どうもしねえ」
拍子抜けするユイ。
「もし水口さんがスカウトマンだとしても、おらには関係ねえ」
ベッドに腰かけ直すアキ。
ユイは少しさみしそうな顔を見せて、机に置いてあったふたりのスナップ写真を手に取りました。
「そっか、お座敷列車で引退したんだもんね」
「海女は続ける、今年の夏は海女に専念する」
「もったいないとは思わない?」
「もともとおら、芸能界だのアイドルだの興味ねえがら、でも … 」
わずかな期待に身を乗り出すユイ、アキは立ち上がって、あの日、地元の人たちと写した記念写真を見ながら言いました。
「 … 楽しがったなあ」
それは、アキにとっても、素敵な思い出でした。
歌って踊って、拍手と歓声に包まれたこと … すべてひっくるめて忘れられない出来事でした。
… … … … …
「『潮騒のメモリー』のメモリーだな」
まだひと月も経っていませんが … 漁協の珠子がアキにそう言いました。
今日は、海女クラブのミーティングだそうです。
夏をはじめ。長内夫妻、弥生、美寿々 … 海女クラブの面々が揃っています。
「あのな、素朴で愛嬌たっぷりのおばちゃんたちが酒の力借りて、どす黒い欲望さらけだす会合さ」
アキにそう説明したかつ枝はすでに結構飲んでいるみたいです。
いや、かつ枝だけでなく、ほぼ皆、赤ら顔 … ミーティングをいう名の飲み会でした。
「かなり下世話な話もするが、いるならいろ、な!」
こちらもかなり酔っている弥生に言われてアキはうなずきました。
「あ、お邪魔してます」
美寿々が連れてきたのでしょう、部外者の水口がチャッカリと座っていました。
「彼はいいべ、無口だし、琥珀にしか興味ねえから」
アキはユイの言っていたことが少し気になりましたが、そのまま席に着きました。
… … … … …
「いいか、とにかくな、今年の夏は空前の海女ブームが到来すると、おらあ踏んでるわけよ」
進行役のかつ枝が熱弁を振るいました。
「大げさじゃねえ、アキがテレビさ出たおかげでな、予約申し込みの電話が1日20件は来るべ」
驚きの声を上げる海女たち。
「4月の段階では異常だべ?」
例年にはあり得ないことなので、組合長も感心しています。
珠子も旅行代理店からツアーを組みたいと問い合わせがあったことを報告をしました。
「『海女と北鉄とまめぶと琥珀と発泡酒と私』みてえなツアーだと」
「いっときのブームに終わらせないためにも、観光名所として恥ずかしくない設備投資を!」
組合長がリーダーの夏に話を振りました。
「ウニ1個500円で浮かれてたら、海女の未来はねえべ」
「その通り!」
「去年の夏もお客増えたっていうのに、おらたちの取り分はナンボ経っても変わんねえ」
「んだんだ」
何だか、少し論点がずれてきました …
弥生がよろよろと立ち上がりました、目が座っています。
「ウニ1個につき漁協さ200円、観光協会も200円取られたら、やってらんねえ!」
「それ搾取しすぎでしょ?」
水口が口を挟むと拍手が起こりました。
「こっちは命がけで潜ってるんだ、100円じゃやってらんない!」
美寿々も立ち上がりました。
「不正だ、絶対不正だあ!」
覚束ない足取りで組合長に迫って行く弥生。
「本性出て来たぞ」
唖然と見つめるアキに珠子が耳打ちしました。
「いやいやいや、海女クラブの運営や維持費もそこから出てるわけだからねえ」
なだめて座らせようとする組合長の首根っこを反対に弥生が押さえつけました。
「ウニの値段を高くするか、おら等の取り分増やすか、ふたつにひとつだ、このズル剥けじじい!」
「いやいやいや、ちょっとこれはな、観光協会に相談せねば … かつ枝、かつ枝!」
弥生にのしかかられて逃げる術のない組合長は元妻に助けを求めました。
しかし、かつ枝はそれは放っておき、高らかに宣言しました。
「あのな、海女の稼ぎはな、海女クラブに還元すべきだべ!」
「まず、金の流れを明確に、儲け話はそれからだ!」
… … … … …
「アキ、アキ、おめえどう思う?」
夏は、一番若いとは言え、れっきとした海女クラブの一員のアキにも意見を求めました。
「どうって、おらまだ1個しか獲ってねえし … 」
「えっ?」
「そうなの、夏の終わりに1個獲っただけなの」
意外な顔をした水口に美寿々が教えました。
「ああ、だからあんなに喜んでたんだ」
… ホームページの動画のことです。
「去年の年収、100円だもんな あっはっははは … 」
弥生に肩を叩かれました。
「陸さいて、皆が潜ってるのを見てる方が多かった …
それで思ったんだが、海女さんが潜っている間、お客さんがくつろげる場所があったらいいなって」
皆が黙り込んでアキの意見に注目しました。
「待ってる間、意外とヒマだべ? … だから、他になんか食べるもの売ったり」
夏が海の家のようなものかと、尋ねました。
「海の家でもいいが、それだと夏の間だけしか営業できねえから … カフェ?」
… アキの頭の中のどこかにユイに見せられた『アイドルカフェ太巻』の記事のことが残っていたのかもしれません。
「んだ、海が見える眺めのいいカフェがあったら、夏場だけでなく冬場はカップルが来るべ!」
大人たちには思いもよらなかったアイディアです。
「ああ、いくねえ?! … 『海女カフェ』、いいべ?!」
「カフェか … 」
… … … … …
海女クラブは早速、企画書をまとめ、発案者のアキを先頭に観光協会に乗り込みました。
「あれ、アキちゃん?」
アポなしで海女クラブ総員あげての訪問です。
「これ、皆さ回せ!」
珠子が企画書の束をしおりに渡しました。
ちょうど、大吉と吉田の北鉄コンビも揃っていたのは海女クラブにしてみれば好都合でした。
全員に企画書が行き渡ったところでアキは切り出しました。
「袖が浜に海女クラブが運営する『海女カフェ』を作りましょう!」
「んだ!」
突然のことに動揺をかくせない保たち。
「カ、カ、カフェ?」
傍にあった飲みかけのカフェオレのブリックパックに目をつけたアキは、おもむろに手にするとカフェオレの『オレ』の字をマジックで消して、その上に『海女』と書き加えました。
そして、保のライフワーク(?)のジオラマの袖が浜の辺りに勢いよくそれを置きました。
海女たちからあがる歓声。
「ちょっとちょっと、そんな簡単に作りましょうって言うけど、アキちゃん … 現実的に金が!」
大吉は指で輪を作って突き出しました。
しかし、かつ枝も後には引きません。アキの腕を取って主張しました。
「何言ってるんだ、いいか? … アキとユイちゃんで儲けた金は、半分は北鉄のもんだが、半分は海女クラブのもんだべ?」
「んだんだ! ミサンガだって売れてるんだべ?」
弥生が怖い顔して、保に詰め寄って行きます。
「ナンボ儲かった?」
「いや … 」
答えに困っている保。
「おい、大吉!」
後ろに立っていた大吉めがけて体当たりしました。
「いや、夏ばっぱ?」
大吉はよろけながら、助けを求めるように見ましたが、夏も厳しい顔つきで迫ってきます。
「夏までに何らかの回答がなければ、今年は潜んねえぞ!」
「んだんだ!」
「来たあ … 切り札、海女ストライキだよ、これ」
海女たちは皆で肩を組んで連呼します。
「海女カッフェ、海女カッフェ!」
… … … … …
一方、喫茶リアス。
客は水口ひとり、指定席に座って琥珀を磨いています。
「アキちゃんは?」
1日駅長のユイが休憩に入ってきました。
「ああ今日はね、観光協会」
春子が答えました。
「『海女カフェ』作るんだってさ」
その場にいて事情を知っている水口がユイに教えました。
軽く会釈をしながら、ユイの脳裏に水口の言葉の一節がよぎりました。
『母親のガードが固くて … ええ、訛っている方の』
「 … お座敷列車終わったばかりなのに落ち着かない子だよね … でも、ユイちゃんも大変だよね?」
「えっ?」
「相変わらず、すごい人気じゃん」
春子が顎で指した方向、店の窓の外から何人もがユイのことを覗いていました。
「ああ … でも、今だけですから」
気のない返事をしたユイ。
「今だけ?」
「こんなヘンピな町のしかも現役女子高生っていう希少価値込の人気ですから … 東京行ったら、私くらいのレベル、ざらにいますから」
もともと冷めたような雰囲気がある子でしたが、今日はいつもとは違う、春子はユイのことが気になりました。
「ユイちゃん、どうした?」
「別に … 」
… … … … …
しばらく黙り込んでいたユイが突然 …
「っていうか、何なんですかあ?!」
いきなりカウンターを叩いて立ち上がりました。
顔を見合わせる春子と水口。
「こないだから、隠れてコソコソ写真撮ったり、急に話しかけたり!」
つかつかと水口の前に立ちはだかるユイ。
「 … 何が目的なんですか?!」
水口琢磨、32歳、乙女座 … この男の存在が、その後のアキとユイの運命を左右することをまだ誰も知りません。
2009年4月、アキは高校3年生になりました。
お座敷列車の効果でアキとユイちゃんの人気は更に絶大なものになっていました。
今やふたりは岩手じゃ知らない者はいないカリスマ女子高生なのです。
北三陸駅の構内に置かれた『潮騒のメモリーズ』の等身大のパネルの前で記念撮影をするファンたち。
ここに来れば、ふたりに逢えると思って訪れる人も多いのですが …
「ええ、じゃあ会えないんですか?」
「もともと期間限定ユニットだからね」
「ユイちゃんなら毎週土曜日1日駅長やってるから会えるよ」
大吉たちもそうファンに説明するしかありません。
「アキちゃんは?」
言葉に詰まる大吉。
そうなんです、春子との約束を守り、アキはPR活動を辞めて、普通の女子高生に戻ったのです。
普通科じゃなくて、潜水土木科ですが …
… … … … …
アキにあこがれて、北三陸高校潜水土木科に8人の女子生徒が入学しました。
「やっぱり無理だよ、天野ぉ、女子の前で授業やったことなんかないのぉ!」
怖気づいた磯野が新入生の待つ教室に入ろうとしません。
下級生の世話係のアキは尻を叩きました。
「おらも女子だべ?!」
「天野なんか女子だと思ったことねえよ!」
… 失礼な言い草です。
しかし、何年もほぼ男子校状態だったのにいきなり8人もの女子生徒を相手にするのは磯野にとっても初めてのことでした。
「酒飲まねば無理だよぉ!」
それはそれでまた別の問題になります。
「大丈夫、先生意外と女子受け良いから!」
根拠のない慰めを言って、この場を切り抜けようとしました。
「 … ほんとに? 臭いとかキモイとか言わない?」
ウソも方便、アキはうなずきました。
「キャラ変えるんだったら、今なんだからね!」
「 … 取りあえず、お姉キャラはNGだ」
扉を開けて、有無を言わさず、磯野の背中を思い切り押しました。
教室に転がり込むように現れた磯野に新入生たちは注目しました。
「おっす、おら担任の磯野 … 『いっそん』って呼んでけろ!」
以前、聞いたような磯野の自己紹介の途中でしたが、ひとりの女子生徒が、入口に控えていたアキを見つけて声をあげました。
「アキちゃんだ!」
「わあっ、やばい!」
黄色い歓声を上げて、アキの周りを囲む女子生徒たち。
「あの、席についてください」
「あ、ゴキブリ!」
ひとりの女子生徒がアキの足元を指さしました。
「じぇじぇっ!」
「やばいっ、“じぇじぇ”出たあ!」
「キャラじゃないんだ、ほんとに“じぇじぇ”って言うんだ」
「ウケル~!」
… … … … …
その頃、ユイは …
こちらも、北三陸駅で数名のファンに囲まれてサインや握手をせがまれていました。
その様子を物陰からビデオに収めている水口、ユイが気づくと慌ててカメラをしまって、足早に立ち去りました。
… … … … …
アキの部屋。
水口が口にした『太巻』という名前が気になっているユイは、アキにそのことを話しました。
「ふとまき?」
ユイは雑誌を開いてアキに見せます。
「芸能プロダクション『ハートフル』代表取締役、荒巻太一氏。昨年はアイドルグループ『アメ横女子学園芸能コース』を世に送り出し、自ら作詞したデビュー曲『涙目セプテンバー』は60万枚のセールスを記録、セカンドシングル『空回りオクトーバー』のカップリング『肌寒いノベンバー』はドラマの主題歌にもなり『暦の上ではディセンバー』で初のミリオンを達成、2009年は御徒町に『アイドルカフェ太巻』をオープンし … 」
最後まで音読しそうな勢いのアキをユイは止めました。
「全部読まなくてもピンとくるでしょ?」
「何が?」
少し、イラッときながらユイはアキに説明しました。
「水口さんが何故、太巻さんの名前を口にしたのか?」
「 … わがんねえ」
「スカウトマンだからよ!」
掴み掛らんばかりのユイですが、それでもアキはまだピンときません。
「スカウトマン?」
「そう、荒巻太一の事務所の社員。私たちをスカウトしに来たのよ」
アキは思わず吹き出してしまいました。
「いやいや、あの人は勉さんの弟子の琥珀マニアだべ?」
「その設定自体、怪しいじゃん」
「 … 勉さんも?」
「勉さんは琥珀掘ってりゃいいのよ、水口さんよ。私たちに近づくために勉さんを利用したんじゃない?」
「へへへ、そんなバカな」
アキはユイの言うことを鵜呑みにできません。
「あの人、こんな風にも言ってたよ …
『まあ、ふたりともキャラは良いので、問題は歌ですね、歌唱力が … 』」
「そりゃ、怪しすぎっぺ!」
歌唱力にも触れられたことを知った途端、アキはムキになりました。
「でしょ、でしょ?」
… … … … …
「どうする?」
「 … どうもしねえ」
拍子抜けするユイ。
「もし水口さんがスカウトマンだとしても、おらには関係ねえ」
ベッドに腰かけ直すアキ。
ユイは少しさみしそうな顔を見せて、机に置いてあったふたりのスナップ写真を手に取りました。
「そっか、お座敷列車で引退したんだもんね」
「海女は続ける、今年の夏は海女に専念する」
「もったいないとは思わない?」
「もともとおら、芸能界だのアイドルだの興味ねえがら、でも … 」
わずかな期待に身を乗り出すユイ、アキは立ち上がって、あの日、地元の人たちと写した記念写真を見ながら言いました。
「 … 楽しがったなあ」
それは、アキにとっても、素敵な思い出でした。
歌って踊って、拍手と歓声に包まれたこと … すべてひっくるめて忘れられない出来事でした。
… … … … …
「『潮騒のメモリー』のメモリーだな」
まだひと月も経っていませんが … 漁協の珠子がアキにそう言いました。
今日は、海女クラブのミーティングだそうです。
夏をはじめ。長内夫妻、弥生、美寿々 … 海女クラブの面々が揃っています。
「あのな、素朴で愛嬌たっぷりのおばちゃんたちが酒の力借りて、どす黒い欲望さらけだす会合さ」
アキにそう説明したかつ枝はすでに結構飲んでいるみたいです。
いや、かつ枝だけでなく、ほぼ皆、赤ら顔 … ミーティングをいう名の飲み会でした。
「かなり下世話な話もするが、いるならいろ、な!」
こちらもかなり酔っている弥生に言われてアキはうなずきました。
「あ、お邪魔してます」
美寿々が連れてきたのでしょう、部外者の水口がチャッカリと座っていました。
「彼はいいべ、無口だし、琥珀にしか興味ねえから」
アキはユイの言っていたことが少し気になりましたが、そのまま席に着きました。
… … … … …
「いいか、とにかくな、今年の夏は空前の海女ブームが到来すると、おらあ踏んでるわけよ」
進行役のかつ枝が熱弁を振るいました。
「大げさじゃねえ、アキがテレビさ出たおかげでな、予約申し込みの電話が1日20件は来るべ」
驚きの声を上げる海女たち。
「4月の段階では異常だべ?」
例年にはあり得ないことなので、組合長も感心しています。
珠子も旅行代理店からツアーを組みたいと問い合わせがあったことを報告をしました。
「『海女と北鉄とまめぶと琥珀と発泡酒と私』みてえなツアーだと」
「いっときのブームに終わらせないためにも、観光名所として恥ずかしくない設備投資を!」
組合長がリーダーの夏に話を振りました。
「ウニ1個500円で浮かれてたら、海女の未来はねえべ」
「その通り!」
「去年の夏もお客増えたっていうのに、おらたちの取り分はナンボ経っても変わんねえ」
「んだんだ」
何だか、少し論点がずれてきました …
弥生がよろよろと立ち上がりました、目が座っています。
「ウニ1個につき漁協さ200円、観光協会も200円取られたら、やってらんねえ!」
「それ搾取しすぎでしょ?」
水口が口を挟むと拍手が起こりました。
「こっちは命がけで潜ってるんだ、100円じゃやってらんない!」
美寿々も立ち上がりました。
「不正だ、絶対不正だあ!」
覚束ない足取りで組合長に迫って行く弥生。
「本性出て来たぞ」
唖然と見つめるアキに珠子が耳打ちしました。
「いやいやいや、海女クラブの運営や維持費もそこから出てるわけだからねえ」
なだめて座らせようとする組合長の首根っこを反対に弥生が押さえつけました。
「ウニの値段を高くするか、おら等の取り分増やすか、ふたつにひとつだ、このズル剥けじじい!」
「いやいやいや、ちょっとこれはな、観光協会に相談せねば … かつ枝、かつ枝!」
弥生にのしかかられて逃げる術のない組合長は元妻に助けを求めました。
しかし、かつ枝はそれは放っておき、高らかに宣言しました。
「あのな、海女の稼ぎはな、海女クラブに還元すべきだべ!」
「まず、金の流れを明確に、儲け話はそれからだ!」
… … … … …
「アキ、アキ、おめえどう思う?」
夏は、一番若いとは言え、れっきとした海女クラブの一員のアキにも意見を求めました。
「どうって、おらまだ1個しか獲ってねえし … 」
「えっ?」
「そうなの、夏の終わりに1個獲っただけなの」
意外な顔をした水口に美寿々が教えました。
「ああ、だからあんなに喜んでたんだ」
… ホームページの動画のことです。
「去年の年収、100円だもんな あっはっははは … 」
弥生に肩を叩かれました。
「陸さいて、皆が潜ってるのを見てる方が多かった …
それで思ったんだが、海女さんが潜っている間、お客さんがくつろげる場所があったらいいなって」
皆が黙り込んでアキの意見に注目しました。
「待ってる間、意外とヒマだべ? … だから、他になんか食べるもの売ったり」
夏が海の家のようなものかと、尋ねました。
「海の家でもいいが、それだと夏の間だけしか営業できねえから … カフェ?」
… アキの頭の中のどこかにユイに見せられた『アイドルカフェ太巻』の記事のことが残っていたのかもしれません。
「んだ、海が見える眺めのいいカフェがあったら、夏場だけでなく冬場はカップルが来るべ!」
大人たちには思いもよらなかったアイディアです。
「ああ、いくねえ?! … 『海女カフェ』、いいべ?!」
「カフェか … 」
… … … … …
海女クラブは早速、企画書をまとめ、発案者のアキを先頭に観光協会に乗り込みました。
「あれ、アキちゃん?」
アポなしで海女クラブ総員あげての訪問です。
「これ、皆さ回せ!」
珠子が企画書の束をしおりに渡しました。
ちょうど、大吉と吉田の北鉄コンビも揃っていたのは海女クラブにしてみれば好都合でした。
全員に企画書が行き渡ったところでアキは切り出しました。
「袖が浜に海女クラブが運営する『海女カフェ』を作りましょう!」
「んだ!」
突然のことに動揺をかくせない保たち。
「カ、カ、カフェ?」
傍にあった飲みかけのカフェオレのブリックパックに目をつけたアキは、おもむろに手にするとカフェオレの『オレ』の字をマジックで消して、その上に『海女』と書き加えました。
そして、保のライフワーク(?)のジオラマの袖が浜の辺りに勢いよくそれを置きました。
海女たちからあがる歓声。
「ちょっとちょっと、そんな簡単に作りましょうって言うけど、アキちゃん … 現実的に金が!」
大吉は指で輪を作って突き出しました。
しかし、かつ枝も後には引きません。アキの腕を取って主張しました。
「何言ってるんだ、いいか? … アキとユイちゃんで儲けた金は、半分は北鉄のもんだが、半分は海女クラブのもんだべ?」
「んだんだ! ミサンガだって売れてるんだべ?」
弥生が怖い顔して、保に詰め寄って行きます。
「ナンボ儲かった?」
「いや … 」
答えに困っている保。
「おい、大吉!」
後ろに立っていた大吉めがけて体当たりしました。
「いや、夏ばっぱ?」
大吉はよろけながら、助けを求めるように見ましたが、夏も厳しい顔つきで迫ってきます。
「夏までに何らかの回答がなければ、今年は潜んねえぞ!」
「んだんだ!」
「来たあ … 切り札、海女ストライキだよ、これ」
海女たちは皆で肩を組んで連呼します。
「海女カッフェ、海女カッフェ!」
… … … … …
一方、喫茶リアス。
客は水口ひとり、指定席に座って琥珀を磨いています。
「アキちゃんは?」
1日駅長のユイが休憩に入ってきました。
「ああ今日はね、観光協会」
春子が答えました。
「『海女カフェ』作るんだってさ」
その場にいて事情を知っている水口がユイに教えました。
軽く会釈をしながら、ユイの脳裏に水口の言葉の一節がよぎりました。
『母親のガードが固くて … ええ、訛っている方の』
「 … お座敷列車終わったばかりなのに落ち着かない子だよね … でも、ユイちゃんも大変だよね?」
「えっ?」
「相変わらず、すごい人気じゃん」
春子が顎で指した方向、店の窓の外から何人もがユイのことを覗いていました。
「ああ … でも、今だけですから」
気のない返事をしたユイ。
「今だけ?」
「こんなヘンピな町のしかも現役女子高生っていう希少価値込の人気ですから … 東京行ったら、私くらいのレベル、ざらにいますから」
もともと冷めたような雰囲気がある子でしたが、今日はいつもとは違う、春子はユイのことが気になりました。
「ユイちゃん、どうした?」
「別に … 」
… … … … …
しばらく黙り込んでいたユイが突然 …
「っていうか、何なんですかあ?!」
いきなりカウンターを叩いて立ち上がりました。
顔を見合わせる春子と水口。
「こないだから、隠れてコソコソ写真撮ったり、急に話しかけたり!」
つかつかと水口の前に立ちはだかるユイ。
「 … 何が目的なんですか?!」
水口琢磨、32歳、乙女座 … この男の存在が、その後のアキとユイの運命を左右することをまだ誰も知りません。
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