2013年12月21日 (土) | 編集 |
第70回
何処からか、漂ってくる香ばしい匂い。
「秋刀魚か?」
「秋やな ~ 」
その時でした。
あれだけ呼んでも起きなかった、ふみの目がうっすらと開いているのです。
源太は、煙の元を目指して駆け出していました。
… … … … …
「美味そうに焼けてきたじゃねえかよ、おい」
避難所の裏で数人の男たちが七輪を囲んで秋刀魚を焼いていました。
「ちょっと、この秋刀魚貸して!」
源太は男たちが今まさに箸をつけようとしている秋刀魚を七輪ごと取り上げました。
「あとで倍にして返すから!」
… … … … …
炊事場。
「実りの秋や ~ 美味しいもんぎょうさん出てくるわ」
タネは希子と話ながら、め以子にも聞こえるような声で言いました。
「食べ物には力があるさかいな … そう、思わへん?」
このことを、ふさぎ込んでいるめ以子にも伝えたかったのです。
「め以子さん、め以子さん!」
騒々しくめ以子を呼びに来たのは、お静でした。
… … … … …
いったい何事かと、お静の後について外に出ると、源太が網の上の乗せた秋刀魚をふみの顔に近づけながら、一生懸命話しかけていました。
「やっぱこれやろ? これやんなあ?!」
今の今まで七輪に乗っかっていた秋刀魚は、網の上でまだじゅ~じゅ~と音を立てています。
ふみは精一杯開けた目でそれをじっと見つめていました。
『僕のあげる!』
『僕のも!』
ふみの耳には思い出の中の子供たちの声が聞こえていました。
… … … … …
「じゃあ、俺のも」
そういうと、ふみの亭主は、子供たちと同じように自分の分の秋刀魚が乗った皿をふみの前に置きました。
彼女の前には、4枚もの皿が並んでいます。
「いいわよ、あんたまで」
「俺らもういいんだよ、なあ?」
うなずき合う男3人。
「そう?」
「本当、秋刀魚好きだよね ~ お母ちゃん」
… … … … …
あの家族はもうこの世にはいない …
『もういいから食えよ、母ちゃん』
笑顔でそう言った亭主の面影。
秋刀魚を見つめている、ふみの目から涙がこぼれてきました。
『 … 食えよ、腹いっぱい』
ふみの手が震えながらもゆっくりと伸びて … 秋刀魚をつかんだのです。
そして、銀色に輝くその脂がのりきった身にかぶりつきました。
声をあげて泣きじゃくりながら何回も何回も …
「はあ ~ 秋刀魚は大したもんやなあ」
タネの言葉にめ以子もお静も皆、ホッとしてうなずき、同時にもらい泣きしていました。
… … … … …
< それから … >
その日、本職は寿司職人だった勝田が中心となって、避難所はにわか寿司屋に早変わりしました。
「おい、何すんだ、旦那?
たまんねえよ、今日は … いい子が揃っててよ!」
威勢のいいタンカを切りながら、皆の注文に応えて次々に寿司を握っていく勝田。
避難所の中はまるでお祭りのようににぎやか、幸せそうな顔、笑い声 …
「マグロ頂戴、マグロ」
いつもはもてなす側の女将たちも今日は逆の立場です。
… ふみも美味しそうに握りを口に運んでいます。
廊下からそっとその様子をうかがうめ以子の顔にも安堵の笑顔が戻っていました。
『人の役に立ってるちゅうことで、自分が救われとるのやな ~ 』
正蔵の言っていたことが、今はとてもよく理解できました。
… … … … …
数日後、新たな行先が決まった勝田が避難所を出ていく日がやって来ました。
「これ出しとった糠漬けの糠床です」
め以子の糠床を取り分けた小さなツボを源太から渡された勝田は大層喜びました。
「これだったのか ~ お静さんの糠漬け?」
「ええ」
お静は、ちゃっかり皆に自分が漬けた糠漬けとして配っていたのです。
「ありがとう、お静さん、助かるよ」
そして、勝田はふたりに礼を言い、去っていきました。
< ひとり、またひとりと、親戚や知人の元へ去っていき … いつしか、避難所は数人を残すのみとなりました >
… … … … …
最後のひとりとなっていた、ふみも明日、東京に戻ることになったと、め以子は源太から聞きました。
「あの人も明日で最後なんか?」
避難所の帰りに寄ったうま介で、その話に触れると、ふみと面識のない馬介まで名残惜しそうにしています。
「悠太郎さん、まだ帰ってこないの?」
「ああ、調査もあるからって … 室井さんは?」
反対にめ以子が尋ねると、桜子は心配そうな顔をして首を横に振りました。
「せや、もう随分になるわな」
お静の言葉に桜子は募る不安を口にしました。
「何かあったのかな … ただでさえ、ずれた人じゃない?」
「 … 心配ね」
そんな話をしていると、ドアが開く音がして … 桜子が入口に目をやると、衣服は薄汚れてボロボロよれよれの室井が立っていました。
慌てて出迎える桜子。
しかし、室井の様子が少しおかしい … 強張った顔をしていて、中々店の中に入ろうとしません。
「なあに? 大丈夫?」
重い口をようやく開きました。
「お義父さんも、お義母さんも … ご無事だったよ。
… 民ちゃんも」
皆の安否を確認してきてくれたのです。
桜子が顔を覗き込むと、ひきつった笑顔をみせました。
「何か、俺、疲れちゃって … 」
店の中に足を踏み入れたと思ったら、誰にあいさつするでもなく、2階へ上がって行ってしまいました。
… … … … …
その夜、め以子がまた糠床を取り分けているのを見て、希子が尋ねました。
「谷川さんにもあげるんですか?」
「うん、源ちゃんに聞いてもらったら、ほしいって言ってたって」
「この糠床、随分いろんなところに住むようになりますね」
微笑んでうなずいため以子。
勝田だけでなく、多くの人が避難所を出ていく時、め以子の糠床を分けてもらって行ったのでした。
< おかげ様で … いろんな方の家が見られてね、楽しいよ♪ >
… … … … …
翌日。
ふみは避難所最後の朝食を前にしていました。
ありがたそうに、おついのお椀を手に取り、その匂いを嗅ぎました。
「いただきます」
ふうふうした後、ひと口すすりました。
そして、手にしたお椀を見つめ直しています。
それは美味しいものを食べた時に人がする幸せそうな顔でした。
… … … … …
ここの炊事場で食事を用意するのも今朝の朝食で終わりました。
め以子が念入りに掃除をしていると、背後で戸の開く音がしました。
「あ、源ちゃん、そこ置いといて」
源太が食器を下げてきてくれたのだと思って、そのまま掃除の手を休めずにいると …
「ごちそうさま」
「いいえ、お粗末さ … 」
聞き覚えのあるその声に、ハッとして振り向くと、入口に食器を手にしたふみが立っていました。
「あ、あの … 」
「やっぱり」
「 … 気づいてたんですか?」
… … … … …
ふみは、他に誰もいなくなった避難所にめ以子を連れていきました。
そして、鏡の前にめ以子を座らせると、髪を梳かし始めたのです。
「 … 髪結いさんだったんですね」
「亭主は、髪油やら小間物やら扱っててね」
ふみの口から初めて聞く身の上話にめ以子は耳を傾けました。
「私のせいで、家は火事になったようなもんで … そこに居るのも居たたまれなくなって … それで、フラフラこっちにやってきたんだけど。
生きていたくもないけど、死ぬほどの思いきりも出なくて … そのくせ、お腹ばっかり鳴るのが嫌だったのよ。
心では私なんか死んじまえばいいって思ってるのに、お腹が空いてね ~
そんな自分が情けなくて、絶対に食べるもんかって … 」
程度の違いこそあれ、め以子には身につまされる話でした。
… … … … …
「けど、結局 … 秋刀魚には勝てなかった …
匂いがした途端、うわってなって … ああ、食べたいなって思ったら、亭主と子供のことが頭に浮かんで …
『食べていいよ』って言われてる気がしてね …
そんなはずないのに、都合よくできてるもんだね、人間てのは」
見違えるように元気になったふみですが、依然そのことに関しては自分を許せずにいるようでした。
… そうじゃないんです。
め以子は、思わず振り向いていました。
「あ、あの … 私も心配しながら、お腹鳴りました。
嫌だったけど … だけど、どんな人でも、そこだけは一緒なんです。
一緒じゃなきゃいけないと思うんです。
それは、皆生きてるってことだから … どこがどんなに違っても、分かり合っていける最後の砦っていうか …
あの、そういうこと、女学校の先生が言ってました。
だから … そんな風に、自分のこと責めないでください」
ふみは黙ってめ以子を見つめています。
「あ、すみません … 」
また出過ぎた口を利いてしまったかも … 謝っため以子は前に向き直りました。
… … … … …
ふみはふっと笑みをこぼし、まため以子の髪を梳かし始めました。
「 … ありがとね。
炊き出しだってのに、あんな美味しいもの出してくれて」
「別に大したもんじゃ … 」
「何言ってんの?!
お味噌汁なんて、ご丁寧に一度も同じものなんてなかったじゃないの」
分かってくれていた人がいたこと、め以子は少しうれしく思いました。
「お蔭さんで、朝ご飯を食べたら、昼は何だろう? って思うようになった。
昼を食べたら、夜は何だろう? … 夜を食べたら、明日の朝は何だろう? って …
そうしているうちに5日経って、10日経って … いつの間にか、櫛が握りたくなってた。
きっかけを与えてくれたのは、秋刀魚だったけど … 生きる力を与えてくれたのは、あんたの味噌汁だった」
ふみは、鏡に映っため以子の顔を見て言いました。
「本当にごちそうさまでした」
料理を作った者冥利に尽きる言葉にめ以子の胸と目頭は熱くなり、鏡の中にはふたりの笑顔がありました。
< こうして、ふみを送り出し … この救援所は役目を終えることとなりました >
… … … … …
「め以子?」
後姿だったので、桜子は顔を見るまで、め以子だとは気づきませんでした。
「 … どうしたの? その頭」
「谷川さんね、髪結いさんだったの … で、結ってくれたの」
ふみは腕のいい髪結いだったのでしょう ~ 結構気に入った、め以子は少し自慢げに髪に手をやりました。
「へえ ~ 仲直りできたのね」
「うん … 食欲でね。
ねえ、あれホントよ ~ 宮本先生が、卒業式におっしゃってたの … 」
『食べなければ、人は生きてはいけないんです』
… … … … …
宮本の名前を聞いた途端、桜子の表情が曇ったように見えました。
理由が分からず、不思議そうな顔をしているめ以子の前の席に桜子は腰かけました。
「あのね、め以子 … 」
神妙な顔つきでその後をいいあぐねています。
やがて意を決したように話し始めました。
「 … 民ちゃんから手紙が来たんだけど」
「うん」
… … … … …
『たべなければ、人は生きてはいけないんです。
あなたと私が、どこがどれほど違っていようと … そこだけは同じです。
同じなんです』



何処からか、漂ってくる香ばしい匂い。
「秋刀魚か?」
「秋やな ~ 」
その時でした。
あれだけ呼んでも起きなかった、ふみの目がうっすらと開いているのです。
源太は、煙の元を目指して駆け出していました。
… … … … …
「美味そうに焼けてきたじゃねえかよ、おい」
避難所の裏で数人の男たちが七輪を囲んで秋刀魚を焼いていました。
「ちょっと、この秋刀魚貸して!」
源太は男たちが今まさに箸をつけようとしている秋刀魚を七輪ごと取り上げました。
「あとで倍にして返すから!」
… … … … …
炊事場。
「実りの秋や ~ 美味しいもんぎょうさん出てくるわ」
タネは希子と話ながら、め以子にも聞こえるような声で言いました。
「食べ物には力があるさかいな … そう、思わへん?」
このことを、ふさぎ込んでいるめ以子にも伝えたかったのです。
「め以子さん、め以子さん!」
騒々しくめ以子を呼びに来たのは、お静でした。
… … … … …
いったい何事かと、お静の後について外に出ると、源太が網の上の乗せた秋刀魚をふみの顔に近づけながら、一生懸命話しかけていました。
「やっぱこれやろ? これやんなあ?!」
今の今まで七輪に乗っかっていた秋刀魚は、網の上でまだじゅ~じゅ~と音を立てています。
ふみは精一杯開けた目でそれをじっと見つめていました。
『僕のあげる!』
『僕のも!』
ふみの耳には思い出の中の子供たちの声が聞こえていました。
… … … … …
「じゃあ、俺のも」
そういうと、ふみの亭主は、子供たちと同じように自分の分の秋刀魚が乗った皿をふみの前に置きました。
彼女の前には、4枚もの皿が並んでいます。
「いいわよ、あんたまで」
「俺らもういいんだよ、なあ?」
うなずき合う男3人。
「そう?」
「本当、秋刀魚好きだよね ~ お母ちゃん」
… … … … …
あの家族はもうこの世にはいない …
『もういいから食えよ、母ちゃん』
笑顔でそう言った亭主の面影。
秋刀魚を見つめている、ふみの目から涙がこぼれてきました。
『 … 食えよ、腹いっぱい』
ふみの手が震えながらもゆっくりと伸びて … 秋刀魚をつかんだのです。
そして、銀色に輝くその脂がのりきった身にかぶりつきました。
声をあげて泣きじゃくりながら何回も何回も …
「はあ ~ 秋刀魚は大したもんやなあ」
タネの言葉にめ以子もお静も皆、ホッとしてうなずき、同時にもらい泣きしていました。
… … … … …
< それから … >
その日、本職は寿司職人だった勝田が中心となって、避難所はにわか寿司屋に早変わりしました。
「おい、何すんだ、旦那?
たまんねえよ、今日は … いい子が揃っててよ!」
威勢のいいタンカを切りながら、皆の注文に応えて次々に寿司を握っていく勝田。
避難所の中はまるでお祭りのようににぎやか、幸せそうな顔、笑い声 …
「マグロ頂戴、マグロ」
いつもはもてなす側の女将たちも今日は逆の立場です。
… ふみも美味しそうに握りを口に運んでいます。
廊下からそっとその様子をうかがうめ以子の顔にも安堵の笑顔が戻っていました。
『人の役に立ってるちゅうことで、自分が救われとるのやな ~ 』
正蔵の言っていたことが、今はとてもよく理解できました。
… … … … …
数日後、新たな行先が決まった勝田が避難所を出ていく日がやって来ました。
「これ出しとった糠漬けの糠床です」
め以子の糠床を取り分けた小さなツボを源太から渡された勝田は大層喜びました。
「これだったのか ~ お静さんの糠漬け?」
「ええ」
お静は、ちゃっかり皆に自分が漬けた糠漬けとして配っていたのです。
「ありがとう、お静さん、助かるよ」
そして、勝田はふたりに礼を言い、去っていきました。
< ひとり、またひとりと、親戚や知人の元へ去っていき … いつしか、避難所は数人を残すのみとなりました >
… … … … …
最後のひとりとなっていた、ふみも明日、東京に戻ることになったと、め以子は源太から聞きました。
「あの人も明日で最後なんか?」
避難所の帰りに寄ったうま介で、その話に触れると、ふみと面識のない馬介まで名残惜しそうにしています。
「悠太郎さん、まだ帰ってこないの?」
「ああ、調査もあるからって … 室井さんは?」
反対にめ以子が尋ねると、桜子は心配そうな顔をして首を横に振りました。
「せや、もう随分になるわな」
お静の言葉に桜子は募る不安を口にしました。
「何かあったのかな … ただでさえ、ずれた人じゃない?」
「 … 心配ね」
そんな話をしていると、ドアが開く音がして … 桜子が入口に目をやると、衣服は薄汚れてボロボロよれよれの室井が立っていました。
慌てて出迎える桜子。
しかし、室井の様子が少しおかしい … 強張った顔をしていて、中々店の中に入ろうとしません。
「なあに? 大丈夫?」
重い口をようやく開きました。
「お義父さんも、お義母さんも … ご無事だったよ。
… 民ちゃんも」
皆の安否を確認してきてくれたのです。
桜子が顔を覗き込むと、ひきつった笑顔をみせました。
「何か、俺、疲れちゃって … 」
店の中に足を踏み入れたと思ったら、誰にあいさつするでもなく、2階へ上がって行ってしまいました。
… … … … …
その夜、め以子がまた糠床を取り分けているのを見て、希子が尋ねました。
「谷川さんにもあげるんですか?」
「うん、源ちゃんに聞いてもらったら、ほしいって言ってたって」
「この糠床、随分いろんなところに住むようになりますね」
微笑んでうなずいため以子。
勝田だけでなく、多くの人が避難所を出ていく時、め以子の糠床を分けてもらって行ったのでした。
< おかげ様で … いろんな方の家が見られてね、楽しいよ♪ >
… … … … …
翌日。
ふみは避難所最後の朝食を前にしていました。
ありがたそうに、おついのお椀を手に取り、その匂いを嗅ぎました。
「いただきます」
ふうふうした後、ひと口すすりました。
そして、手にしたお椀を見つめ直しています。
それは美味しいものを食べた時に人がする幸せそうな顔でした。
… … … … …
ここの炊事場で食事を用意するのも今朝の朝食で終わりました。
め以子が念入りに掃除をしていると、背後で戸の開く音がしました。
「あ、源ちゃん、そこ置いといて」
源太が食器を下げてきてくれたのだと思って、そのまま掃除の手を休めずにいると …
「ごちそうさま」
「いいえ、お粗末さ … 」
聞き覚えのあるその声に、ハッとして振り向くと、入口に食器を手にしたふみが立っていました。
「あ、あの … 」
「やっぱり」
「 … 気づいてたんですか?」
… … … … …
ふみは、他に誰もいなくなった避難所にめ以子を連れていきました。
そして、鏡の前にめ以子を座らせると、髪を梳かし始めたのです。
「 … 髪結いさんだったんですね」
「亭主は、髪油やら小間物やら扱っててね」
ふみの口から初めて聞く身の上話にめ以子は耳を傾けました。
「私のせいで、家は火事になったようなもんで … そこに居るのも居たたまれなくなって … それで、フラフラこっちにやってきたんだけど。
生きていたくもないけど、死ぬほどの思いきりも出なくて … そのくせ、お腹ばっかり鳴るのが嫌だったのよ。
心では私なんか死んじまえばいいって思ってるのに、お腹が空いてね ~
そんな自分が情けなくて、絶対に食べるもんかって … 」
程度の違いこそあれ、め以子には身につまされる話でした。
… … … … …
「けど、結局 … 秋刀魚には勝てなかった …
匂いがした途端、うわってなって … ああ、食べたいなって思ったら、亭主と子供のことが頭に浮かんで …
『食べていいよ』って言われてる気がしてね …
そんなはずないのに、都合よくできてるもんだね、人間てのは」
見違えるように元気になったふみですが、依然そのことに関しては自分を許せずにいるようでした。
… そうじゃないんです。
め以子は、思わず振り向いていました。
「あ、あの … 私も心配しながら、お腹鳴りました。
嫌だったけど … だけど、どんな人でも、そこだけは一緒なんです。
一緒じゃなきゃいけないと思うんです。
それは、皆生きてるってことだから … どこがどんなに違っても、分かり合っていける最後の砦っていうか …
あの、そういうこと、女学校の先生が言ってました。
だから … そんな風に、自分のこと責めないでください」
ふみは黙ってめ以子を見つめています。
「あ、すみません … 」
また出過ぎた口を利いてしまったかも … 謝っため以子は前に向き直りました。
… … … … …
ふみはふっと笑みをこぼし、まため以子の髪を梳かし始めました。
「 … ありがとね。
炊き出しだってのに、あんな美味しいもの出してくれて」
「別に大したもんじゃ … 」
「何言ってんの?!
お味噌汁なんて、ご丁寧に一度も同じものなんてなかったじゃないの」
分かってくれていた人がいたこと、め以子は少しうれしく思いました。
「お蔭さんで、朝ご飯を食べたら、昼は何だろう? って思うようになった。
昼を食べたら、夜は何だろう? … 夜を食べたら、明日の朝は何だろう? って …
そうしているうちに5日経って、10日経って … いつの間にか、櫛が握りたくなってた。
きっかけを与えてくれたのは、秋刀魚だったけど … 生きる力を与えてくれたのは、あんたの味噌汁だった」
ふみは、鏡に映っため以子の顔を見て言いました。
「本当にごちそうさまでした」
料理を作った者冥利に尽きる言葉にめ以子の胸と目頭は熱くなり、鏡の中にはふたりの笑顔がありました。
< こうして、ふみを送り出し … この救援所は役目を終えることとなりました >
… … … … …
「め以子?」
後姿だったので、桜子は顔を見るまで、め以子だとは気づきませんでした。
「 … どうしたの? その頭」
「谷川さんね、髪結いさんだったの … で、結ってくれたの」
ふみは腕のいい髪結いだったのでしょう ~ 結構気に入った、め以子は少し自慢げに髪に手をやりました。
「へえ ~ 仲直りできたのね」
「うん … 食欲でね。
ねえ、あれホントよ ~ 宮本先生が、卒業式におっしゃってたの … 」
『食べなければ、人は生きてはいけないんです』
… … … … …
宮本の名前を聞いた途端、桜子の表情が曇ったように見えました。
理由が分からず、不思議そうな顔をしているめ以子の前の席に桜子は腰かけました。
「あのね、め以子 … 」
神妙な顔つきでその後をいいあぐねています。
やがて意を決したように話し始めました。
「 … 民ちゃんから手紙が来たんだけど」
「うん」
… … … … …
『たべなければ、人は生きてはいけないんです。
あなたと私が、どこがどれほど違っていようと … そこだけは同じです。
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