2014年06月02日 (月) | 編集 |
第55回
1918年(大正7年)。
< はなが初めて生徒たちを送り出してから4年の月日が経ちました >
「木場先生、おはようごいす!」
「おはよう」
朝市の教え子たちが元気な声で挨拶しながら、教務室の前を通って行った。
「はな先生、グッドモーニング!」
「グッドモーニング」
それに続いて、受持ちの生徒たちの英語の挨拶に笑顔で返したはなを見て、緑川が顔をしかめた。
「てっ、あれだけ禁止した英語も今では使いてえ放題じゃん。
校長先生、4年も経つとおなごは図々しくなって始末におえんですな ~ 」
緑川の嫌味を、はなは軽く受け流した。
「4年もって悪かったですね、緑川先生。
授業行ってきます!」
「行ってこうし」
その緑川に送り出されて、はなは教室へと向かった。
笑顔で見ている朝市。
決まりきったような朝の光景だ。
* * * * * * * * * *
「ごきげんよう ~ 」
教室に入って、真っ先に目についたのは、黒板に書かれた大きな相合傘で、はなの相手はこともあろうに緑川だった。
「はな先生と緑川先生、お似合いじゃん!」
「うちのお母が言ってたさ、ケンカするほど仲がいいだと」
「結婚するだけ?」
シゲルと正一が先頭になってはやし立てたが、はなは平然と黒板係の生徒に落書きを消すように命じ、自分は教壇に立った。
< はなの教師生活も早5年目に入り、すっかり教師らしくなりました >
* * * * * * * * * *
夕食の時、ふじがうれしそうに吉太郎から届いた手紙を取り出してみせた。
「はあ ~ おらが読めるように、全部ひらがなだ」
ふじは拙い口調で手紙を読み始めた。
「ははうえさま、おげんきですか?
じぶんは、まいにち、げんきで、にんむに、はげんでいます。
こんげつは、すこしおおく、しおくりをします … 」
ふじは手紙に向かって、ありがたそうに頭を下げた。
< 軍隊に入った吉太郎は、うちには戻らず、志願して憲兵になりました >
「 … 兄やん、たまには帰ってきてもいいじゃんね。
憲兵の仕事ってほんなに忙しいずらか?」
ももが少し怒ったような顔をした。
兄は憲兵になってから一度もうちに帰ってきていないのだ。
「元気でやってくれてたら、それでいいだよ」
ふじの言葉に周造はうなずいている。
「お盆には帰って来られるといいね」
はながそう言った時、吉平の威勢のよい声がした。
「帰ったぞ!!」
< 地主の徳丸さんに借金を返すと宣言した吉平は、相変わらず忙しく全国を回って行商しています >
* * * * * * * * * *
「いい土産を持ってきただ」
荷物を解くのももどかしく吉平は家に上がると、いきなり切り出した。
「縁談話じゃ!」
「てっ?!」
にこにこ笑っている吉平とは裏腹に家族一同が固まった。
「お父、おらもう縁談はいい … 」
はなは、あからさまに嫌な顔をした。
4年前の望月啓太郎との縁談で余程懲りたのだろう。
「 … お見合いはつくづく向いてねえって分かったから」
「違う、はなにじゃねえ ~ ももの縁談じゃ」
仰天するもも、吉平は写真を取り出して話を続けた。
「旅先で知り合った森田君ちゅう若者だけんど … これがなっかなか見込みのある奴でな。
新天地の開拓のために一家を上げて北海道に移住するだと」
「北海道?!」
「ほっかいどう … そこ何処で?」
はなが遠くて冬はすごく寒い所だと教えると、ももは東京都どちらが遠いか尋ねた。
「北海道の方がずっとずっと遠く」
* * * * * * * * * *
「何でまたほんな遠くへ行く人との縁談なんか?」
ふじも眉をひそめた。
「おお、森田君はほりゃあいい奴なんじゃ ~ 働きもんのもものこん話したら、向こうも是非にと言ってくれてる。
ほれに時代は今、北海道だ!
まだ誰のもんでもねえ土地が、ほこら中にあるし、金持ちも貧乏人もねえ、皆平等だ!」
「 … また婿殿、突拍子もねえ話が始まったわ」
周造は苦々しく吐き捨てた。
「これっからは北海道の時代だ!
偉え外国の博士も言ってる … え~っ、何だっけな?
ぼーいず、べー、あん、あん … 」
「Boys, be ambitious.」
はなが言い直すと、吉平はうなずいた。
「ぼーいず、びー、あんびしゃす … だぞ、もも!」
「お父、ももは女の子だから … Girls, be ambitious.」
吉平は満足げな顔になった。
「おお ~ ももよ、大志を抱けし!
森田君はな、でっけえ野望を持った熱い男だ … どうでえ ~ 夢のある縁談ずら?」
浅野の演説を聴いて、社会主義にのめり込んだ時と何ら変わらない … 痛い目を見たはずなのに懲りない吉平だ。
ももには吉平の話に現実味が感じられず … 理解できずに困惑した顔だ。
「いい話ずら?」
ふじはあきれて笑っていた。
* * * * * * * * * *
ふたりきりになった寝所で、はなはももに尋ねた。
「さっきの縁談の話、嫌ならお姉やんからお父を説得するよ」
「おら、家族と離れるのは嫌だ」
布団を敷きながら、ももははっきりとそう答えた。
「 … 地元人と結婚して、この近くで暮らしてえ。
ほうしたら、皆とずっと一緒にいられるら?」
「分かった、北海道なんて絶対行かせねえから … 心配せんでいいよ」
「ほれと、おらお嫁に行くなら … 好きな人のところがいいな」
ももは明らかに誰かを思い浮かべている。
「もも、ひょっとして好きな人でもいるのけ?」
ハッとして振り向いたもも、日に焼けた頬を染めて恥ずかしそうにうつむいた。
「てっ、誰?!」
ももは思わずその名を口に出しそうになったが … 寸でのところでとどまった。
「やっぱし言えねえ、おやすみ!」
蒲団をかぶって寝てしまった。
< あんなに小さかったももが、いつの間にか恋するお年頃になっていたんですね ~ >
そんなももが愛おしくて、自然と頬が緩むはなだった。
* * * * * * * * * *
次の朝。
いつものように迎えに来た朝市の袖がほつれていることをはなは見つけた。
「中で直してやる」
そう言って、針を手にしたまではよかったが、裁縫が不得手なはなではなかなか捗らない。
挙句の果てに針で朝市の腕を刺す始末だ。
「お姉やん、貸して」
見かねたももが替ると、手際よくあっという間に繕ってしまった。
「ももちゃん、上手いね」
朝市にほめられてうれしそうに笑ったもも。
「ほれくらいどうってことねえだよ ~ いつでもやってあげるさ」
「本当け? ありがとう」
笑顔の朝市に見つめられてはにかんだもも、持っていた針で誤って自分の指を刺してしまった。
「て ~ っ!」
「大丈夫け?」
朝市が手を取ろうとすると慌てて引っ込めた。
何だか様子がおかしい。
< もしかして、ももの好きな人というのは … >
いかに恋愛経験が乏しく、疎いはなであっても、このももの態度を見れば気がつくだろう。
「朝市さん、遅刻するよ、行ってこうし!」
* * * * * * * * * *
昼休み、はなは朝市にももの縁談話を聞かせて反応をうかがった。
「ほうか、北海道か … 」
「朝市はどう思う?」
「どうって … ももちゃんがほんな遠い所に嫁いじまったら、滅多に会えねえじゃん。
寂しくなるな … 」
「寂しくなる? … ほうけ♪」
はなは朝市の方も脈ありと思って俄然喜んだ。
そんなはなを朝市は怪訝な顔で見た。
「 … ももは、わしも受け持ったことがあるけんど、素直でいい子じゃん。
もう嫁に行く歳になったのか」
傍らで聞いていた本多校長がしみじみと語った。
「妹に先越されそうで焦ってるだけ?
20代も半ばんなって、素直の『す』の字もねえおなごの貰え手はいねえ ~ もうあきらめろし」
緑川が、ここぞとばかりに憎まれ口を叩いた。
「 … 私のことはいいです」
朝市が何か言いたげな顔をした。
* * * * * * * * * *
「朝市に縁談の話したら、ももが北海道に嫁いじまったら、寂しくなるな ~ って言ってただよ」
家族そろっての夕食、はなはわざと吉平のいる前で今日の話をして聞かせた。
「朝市さんが、本当に?!」
嬉々とするもも。
< やっぱりももが好きなのは、朝市に間違いない … と、はなは思いました >
「何で朝市が、ももの縁談に口をはさむだ?
森田君は本当にいい奴だから、一緒になれば必ずももは幸せになれるだ」
吉平の無神経な言葉に、うつむくもも。
ふじとはなはそんなももを気にしている。
はなは手にしていた茶碗と箸を置いて姿勢を正した。
「お父、もっとももの気持ち考えてやれし。
おら、ももが赤ん坊の頃から子守してきた … おしめを替えて、背中におんぶして、一緒に学校にも通った。
お父やお母に負けねえぐれえ、おらもものことが可愛くてたまらん。
… ふんだから、ももが好きな人と幸せになってくれることが一番だと思う」
「お姉やん … 」
「 … そうさな」
多くを語らない周造も、はなと同じ気持ちなのだろう。
はなに意見され、吉平は黙って考え込んでしまった。
吉平にしろ、自分なりにももの幸せを一番に考えているのは同じなのだ。
ところが、どういう訳か複雑な表情のふじだった …
* * * * * * * * * *
「こうなったら、急いで朝市とももをくっつけなきゃ ~ 」
はなはひとり意気込んでいた。
「 … お父をあきらめさせるにはほれしかねえ!」
しかし、それには何をしたらいいのか … はなには思いつかない。
そんなことで頭がいっぱいで学校の廊下を歩いていたら、校長と出くわしても気がつかずに通り過ぎそうになった。
「おっ、安東、おまん何をぶつぶつ言ってるだ?」
「校長先生、教えていただきたいことが … 」
ちょうどいい、校長なら妙案を教えてくれるかもしれない。
「男女を急いで仲良くさせるにはどうしたらいいでしょうか?」
「うん、おまんの受け持ってる3年生は、男子も女子も仲がいいら?」
「はあ … もっと大きな男女の場合は?」
「ほんなもん一緒に遊ばしときゃ、仲良くなるら!」
「 … なるほど」
期待したほどの案ではなかったような気がする。
その時、はなは衝撃的(??)な光景を目の当たりにする。
廊下を歩いてきた朝市の後ろから走って来た女子生徒が追い抜いて前に回り込んだ。
「木場先生、おら大人になったら先生のお嫁さんになる!」
「あ、ありがとう … 」
突然の告白に頭を掻く朝市。
「て ~ 木場先生、持てるじゃんけ?!
… これは、本当に急がんきゃ」
* * * * * * * * * *
かよがこしらえた借金も吉平が行商に精を出し、吉太郎の仕送りのお蔭で年内にも全額返済できそうだった。
はなは、その月の返済で訪れた徳丸商店で思い切って甚之介に尋ねてみた。
「徳丸さんならご存知かと思うんでお聞きしますけど … 大人の遊びって何でしょう?」
「大人の遊びっていったら、芸者呼んで『お座敷遊び』ずら」
「芸者 … いえ、もっと気軽にできるもんで?」
「舟遊びもいいぞ ~ 川に船浮かべて、芸者呼んで」
ふた言目には『芸者呼んで』だ。
「 … 男女が一緒に楽しめて、お金のかからない何か遊びはないでしょうかね?」
「う~ん、ほれなら茶飲み会でもやれし」
甚之介はいい加減面倒になっているようだ。
「なるほど!」
すると、帳場でふたりの会話を聞いていた武が首を突っ込んできた。
「ほんなに大人の遊びがしてえなら、うち招待してやらっか?」
* * * * * * * * * *
息を切らして家に戻ったはな。
「もも、今度の日曜日、徳丸さんとこで茶飲み会やるよ ~ 一緒に行こう!
朝市も誘うから」
「てっ、朝市さんも?!」
ももはふたつ返事で承諾した。
< もものために、今でいう『合コン』を思いついたはなですが … ふじは何だか心配そうです >
「どうしっか? … 着るもんねえだよ」
「お姉やんの着ていけばいいじゃん」
「うん、うれしいよ」
< … ごきげんよう、さようなら >

1918年(大正7年)。
< はなが初めて生徒たちを送り出してから4年の月日が経ちました >
「木場先生、おはようごいす!」
「おはよう」
朝市の教え子たちが元気な声で挨拶しながら、教務室の前を通って行った。
「はな先生、グッドモーニング!」
「グッドモーニング」
それに続いて、受持ちの生徒たちの英語の挨拶に笑顔で返したはなを見て、緑川が顔をしかめた。
「てっ、あれだけ禁止した英語も今では使いてえ放題じゃん。
校長先生、4年も経つとおなごは図々しくなって始末におえんですな ~ 」
緑川の嫌味を、はなは軽く受け流した。
「4年もって悪かったですね、緑川先生。
授業行ってきます!」
「行ってこうし」
その緑川に送り出されて、はなは教室へと向かった。
笑顔で見ている朝市。
決まりきったような朝の光景だ。
* * * * * * * * * *
「ごきげんよう ~ 」
教室に入って、真っ先に目についたのは、黒板に書かれた大きな相合傘で、はなの相手はこともあろうに緑川だった。
「はな先生と緑川先生、お似合いじゃん!」
「うちのお母が言ってたさ、ケンカするほど仲がいいだと」
「結婚するだけ?」
シゲルと正一が先頭になってはやし立てたが、はなは平然と黒板係の生徒に落書きを消すように命じ、自分は教壇に立った。
< はなの教師生活も早5年目に入り、すっかり教師らしくなりました >
* * * * * * * * * *
夕食の時、ふじがうれしそうに吉太郎から届いた手紙を取り出してみせた。
「はあ ~ おらが読めるように、全部ひらがなだ」
ふじは拙い口調で手紙を読み始めた。
「ははうえさま、おげんきですか?
じぶんは、まいにち、げんきで、にんむに、はげんでいます。
こんげつは、すこしおおく、しおくりをします … 」
ふじは手紙に向かって、ありがたそうに頭を下げた。
< 軍隊に入った吉太郎は、うちには戻らず、志願して憲兵になりました >
「 … 兄やん、たまには帰ってきてもいいじゃんね。
憲兵の仕事ってほんなに忙しいずらか?」
ももが少し怒ったような顔をした。
兄は憲兵になってから一度もうちに帰ってきていないのだ。
「元気でやってくれてたら、それでいいだよ」
ふじの言葉に周造はうなずいている。
「お盆には帰って来られるといいね」
はながそう言った時、吉平の威勢のよい声がした。
「帰ったぞ!!」
< 地主の徳丸さんに借金を返すと宣言した吉平は、相変わらず忙しく全国を回って行商しています >
* * * * * * * * * *
「いい土産を持ってきただ」
荷物を解くのももどかしく吉平は家に上がると、いきなり切り出した。
「縁談話じゃ!」
「てっ?!」
にこにこ笑っている吉平とは裏腹に家族一同が固まった。
「お父、おらもう縁談はいい … 」
はなは、あからさまに嫌な顔をした。
4年前の望月啓太郎との縁談で余程懲りたのだろう。
「 … お見合いはつくづく向いてねえって分かったから」
「違う、はなにじゃねえ ~ ももの縁談じゃ」
仰天するもも、吉平は写真を取り出して話を続けた。
「旅先で知り合った森田君ちゅう若者だけんど … これがなっかなか見込みのある奴でな。
新天地の開拓のために一家を上げて北海道に移住するだと」
「北海道?!」
「ほっかいどう … そこ何処で?」
はなが遠くて冬はすごく寒い所だと教えると、ももは東京都どちらが遠いか尋ねた。
「北海道の方がずっとずっと遠く」
* * * * * * * * * *
「何でまたほんな遠くへ行く人との縁談なんか?」
ふじも眉をひそめた。
「おお、森田君はほりゃあいい奴なんじゃ ~ 働きもんのもものこん話したら、向こうも是非にと言ってくれてる。
ほれに時代は今、北海道だ!
まだ誰のもんでもねえ土地が、ほこら中にあるし、金持ちも貧乏人もねえ、皆平等だ!」
「 … また婿殿、突拍子もねえ話が始まったわ」
周造は苦々しく吐き捨てた。
「これっからは北海道の時代だ!
偉え外国の博士も言ってる … え~っ、何だっけな?
ぼーいず、べー、あん、あん … 」
「Boys, be ambitious.」
はなが言い直すと、吉平はうなずいた。
「ぼーいず、びー、あんびしゃす … だぞ、もも!」
「お父、ももは女の子だから … Girls, be ambitious.」
吉平は満足げな顔になった。
「おお ~ ももよ、大志を抱けし!
森田君はな、でっけえ野望を持った熱い男だ … どうでえ ~ 夢のある縁談ずら?」
浅野の演説を聴いて、社会主義にのめり込んだ時と何ら変わらない … 痛い目を見たはずなのに懲りない吉平だ。
ももには吉平の話に現実味が感じられず … 理解できずに困惑した顔だ。
「いい話ずら?」
ふじはあきれて笑っていた。
* * * * * * * * * *
ふたりきりになった寝所で、はなはももに尋ねた。
「さっきの縁談の話、嫌ならお姉やんからお父を説得するよ」
「おら、家族と離れるのは嫌だ」
布団を敷きながら、ももははっきりとそう答えた。
「 … 地元人と結婚して、この近くで暮らしてえ。
ほうしたら、皆とずっと一緒にいられるら?」
「分かった、北海道なんて絶対行かせねえから … 心配せんでいいよ」
「ほれと、おらお嫁に行くなら … 好きな人のところがいいな」
ももは明らかに誰かを思い浮かべている。
「もも、ひょっとして好きな人でもいるのけ?」
ハッとして振り向いたもも、日に焼けた頬を染めて恥ずかしそうにうつむいた。
「てっ、誰?!」
ももは思わずその名を口に出しそうになったが … 寸でのところでとどまった。
「やっぱし言えねえ、おやすみ!」
蒲団をかぶって寝てしまった。
< あんなに小さかったももが、いつの間にか恋するお年頃になっていたんですね ~ >
そんなももが愛おしくて、自然と頬が緩むはなだった。
* * * * * * * * * *
次の朝。
いつものように迎えに来た朝市の袖がほつれていることをはなは見つけた。
「中で直してやる」
そう言って、針を手にしたまではよかったが、裁縫が不得手なはなではなかなか捗らない。
挙句の果てに針で朝市の腕を刺す始末だ。
「お姉やん、貸して」
見かねたももが替ると、手際よくあっという間に繕ってしまった。
「ももちゃん、上手いね」
朝市にほめられてうれしそうに笑ったもも。
「ほれくらいどうってことねえだよ ~ いつでもやってあげるさ」
「本当け? ありがとう」
笑顔の朝市に見つめられてはにかんだもも、持っていた針で誤って自分の指を刺してしまった。
「て ~ っ!」
「大丈夫け?」
朝市が手を取ろうとすると慌てて引っ込めた。
何だか様子がおかしい。
< もしかして、ももの好きな人というのは … >
いかに恋愛経験が乏しく、疎いはなであっても、このももの態度を見れば気がつくだろう。
「朝市さん、遅刻するよ、行ってこうし!」
* * * * * * * * * *
昼休み、はなは朝市にももの縁談話を聞かせて反応をうかがった。
「ほうか、北海道か … 」
「朝市はどう思う?」
「どうって … ももちゃんがほんな遠い所に嫁いじまったら、滅多に会えねえじゃん。
寂しくなるな … 」
「寂しくなる? … ほうけ♪」
はなは朝市の方も脈ありと思って俄然喜んだ。
そんなはなを朝市は怪訝な顔で見た。
「 … ももは、わしも受け持ったことがあるけんど、素直でいい子じゃん。
もう嫁に行く歳になったのか」
傍らで聞いていた本多校長がしみじみと語った。
「妹に先越されそうで焦ってるだけ?
20代も半ばんなって、素直の『す』の字もねえおなごの貰え手はいねえ ~ もうあきらめろし」
緑川が、ここぞとばかりに憎まれ口を叩いた。
「 … 私のことはいいです」
朝市が何か言いたげな顔をした。
* * * * * * * * * *
「朝市に縁談の話したら、ももが北海道に嫁いじまったら、寂しくなるな ~ って言ってただよ」
家族そろっての夕食、はなはわざと吉平のいる前で今日の話をして聞かせた。
「朝市さんが、本当に?!」
嬉々とするもも。
< やっぱりももが好きなのは、朝市に間違いない … と、はなは思いました >
「何で朝市が、ももの縁談に口をはさむだ?
森田君は本当にいい奴だから、一緒になれば必ずももは幸せになれるだ」
吉平の無神経な言葉に、うつむくもも。
ふじとはなはそんなももを気にしている。
はなは手にしていた茶碗と箸を置いて姿勢を正した。
「お父、もっとももの気持ち考えてやれし。
おら、ももが赤ん坊の頃から子守してきた … おしめを替えて、背中におんぶして、一緒に学校にも通った。
お父やお母に負けねえぐれえ、おらもものことが可愛くてたまらん。
… ふんだから、ももが好きな人と幸せになってくれることが一番だと思う」
「お姉やん … 」
「 … そうさな」
多くを語らない周造も、はなと同じ気持ちなのだろう。
はなに意見され、吉平は黙って考え込んでしまった。
吉平にしろ、自分なりにももの幸せを一番に考えているのは同じなのだ。
ところが、どういう訳か複雑な表情のふじだった …
* * * * * * * * * *
「こうなったら、急いで朝市とももをくっつけなきゃ ~ 」
はなはひとり意気込んでいた。
「 … お父をあきらめさせるにはほれしかねえ!」
しかし、それには何をしたらいいのか … はなには思いつかない。
そんなことで頭がいっぱいで学校の廊下を歩いていたら、校長と出くわしても気がつかずに通り過ぎそうになった。
「おっ、安東、おまん何をぶつぶつ言ってるだ?」
「校長先生、教えていただきたいことが … 」
ちょうどいい、校長なら妙案を教えてくれるかもしれない。
「男女を急いで仲良くさせるにはどうしたらいいでしょうか?」
「うん、おまんの受け持ってる3年生は、男子も女子も仲がいいら?」
「はあ … もっと大きな男女の場合は?」
「ほんなもん一緒に遊ばしときゃ、仲良くなるら!」
「 … なるほど」
期待したほどの案ではなかったような気がする。
その時、はなは衝撃的(??)な光景を目の当たりにする。
廊下を歩いてきた朝市の後ろから走って来た女子生徒が追い抜いて前に回り込んだ。
「木場先生、おら大人になったら先生のお嫁さんになる!」
「あ、ありがとう … 」
突然の告白に頭を掻く朝市。
「て ~ 木場先生、持てるじゃんけ?!
… これは、本当に急がんきゃ」
* * * * * * * * * *
かよがこしらえた借金も吉平が行商に精を出し、吉太郎の仕送りのお蔭で年内にも全額返済できそうだった。
はなは、その月の返済で訪れた徳丸商店で思い切って甚之介に尋ねてみた。
「徳丸さんならご存知かと思うんでお聞きしますけど … 大人の遊びって何でしょう?」
「大人の遊びっていったら、芸者呼んで『お座敷遊び』ずら」
「芸者 … いえ、もっと気軽にできるもんで?」
「舟遊びもいいぞ ~ 川に船浮かべて、芸者呼んで」
ふた言目には『芸者呼んで』だ。
「 … 男女が一緒に楽しめて、お金のかからない何か遊びはないでしょうかね?」
「う~ん、ほれなら茶飲み会でもやれし」
甚之介はいい加減面倒になっているようだ。
「なるほど!」
すると、帳場でふたりの会話を聞いていた武が首を突っ込んできた。
「ほんなに大人の遊びがしてえなら、うち招待してやらっか?」
* * * * * * * * * *
息を切らして家に戻ったはな。
「もも、今度の日曜日、徳丸さんとこで茶飲み会やるよ ~ 一緒に行こう!
朝市も誘うから」
「てっ、朝市さんも?!」
ももはふたつ返事で承諾した。
< もものために、今でいう『合コン』を思いついたはなですが … ふじは何だか心配そうです >
「どうしっか? … 着るもんねえだよ」
「お姉やんの着ていけばいいじゃん」
「うん、うれしいよ」
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