2014年06月04日 (水) | 編集 |
第57回
< 伝助の炭鉱でガス爆発の事故が起こり、怒りを募らせた男たちが乗り込んできました >
「ここに社長はいません、お帰り下さい!」
偶然居合わせた黒沢が蓮子を守って男たちの前に立ちはだかったが、彼らは信用せずに猛然とまくしたててくる。
すると、蓮子が落ち着き払った態度で毅然と男たちの前に出た。
「ごきげんよう … 私に何かご用でしょうか?」
* * * * * * * * * *
男たちは一瞬怯んだだけで蓮子にかみついてきた。
「貴様、白蓮とかいう名でくだらん本ば出しちょるらしいな?」
「読んでから批評なさってください!」
「あの本に金いくらかけたんか?」
「お前たちが道楽できるとは、わしらが命がけで石炭ば掘りよるお蔭やろが?!」
そう言って、ひとりの男が蓮子の肩を小突いた。
「ご婦人に何をする?!」
黒沢が庇って前に出た。
「貴様何者か?」
「私は新聞記者です。
このような無礼な振舞、記事にしますよ」
しかし、男は開き直ってみせた。
「ああ、上等たい!
ばってん、新聞に書くとなら、わしらの怒りも全部書けよ!」
「お前たちの贅沢んために、仲間が命落としたとたい!」
衝撃を受けた蓮子は動揺を隠せない。
「 … 心よりお悔やみ申し上げます」
蓮子は頭を下げた。
「怪我して、もう働けんごとなった者も大層おる!」
「それは … お気の毒に …
私、お見舞いに伺います。どちらの病院でしょう?」
その言葉が男たちの怒りに火に油を注いでしまったのだ。
「見舞いやと … ふざくんなっ!」
「お前たちが仲間を殺したも同然やろうが?!」
掴み掛ってきた男たちを黒沢は必死に抵抗して止めた。
* * * * * * * * * *
「やめんかっ!!」
帰宅して騒ぎを目の当たりにした伝助が男たちを一喝した。
「わしの留守中に土足で上がり込むとは、何たる無礼か?!」
男たちは伝助の威厳に飲まれながらも言い返した。
「お、俺たちの話を聞こうとせんとが悪いたい」
「誠意をみせろ!」
伝助は近づきながら、静かに言った。
「分かった … 話は聞くき」
傍らに控えていたタミに言いつけて彼らを座敷に案内させた。
「怖か思いさせて、すまんかったな … 大丈夫か?」
伝助は座敷に向かいながら、蓮子に声をかけた。
「あなた … 」
「仕事の場におなごは邪魔やき」
蓮子にひと言もしゃべらせずに行ってしまった。
* * * * * * * * * *
座敷に入ると、伝助は男たちと膝を交えるような位置に腰を下ろして話しはじめた。
「わしもガキの頃から、真っ暗い穴の中這いつくばって、石炭掘りよった。
そやき、お前らの苦労も仲間を思う気持ちも、誰よりも分かっちょるつもりたい」
これだけのことで彼らは興奮していたのがウソのように大人しくなっていた。
蓮子は廊下から中の様子をうかがっている。
「皆さんが来るち分かっちょったら、いろいろと用意しちょったばってん … こげなもんしか用意できんとですけど」
タミが袖の中から取り出した分厚い封筒を代表格の男に手渡すのが見えた。
「こらえちゃんなっせ」
封筒の中身の札束を見て、男たちは顔を見合わせた。
「近いうちに必ず話し合いの場を持つきに、そん時までにそちらの要望をまとめちょってくれんね」
* * * * * * * * * *
帰って行く男たちを見送ったタミに憤った蓮子は詰め寄った。
「私、許せません!
ろくに話し合うこともしないで、お金を渡したんじゃ、何の解決にもならないでしょう?!」
「これがこの家の昔からのやり方ですき」
タミは平然と言って返した。
「あんな大金を勝手に支払うなんて?!」
「 … うちは旦那様から信用されて預かっちょるとです。
それが何か?」
「妻である私にそんな口を利いていいと思っているの?」
「妻?
妻らしいことやら何ひとつしよらん人は、人形らしく黙っちょきゃいいとたい!」
タミは嘲笑ったあとに凄んでみせた。
「何ですって?!」
頭に血が上った蓮子はタミの頬を思い切り叩いた。
するとこともあろうにタミも叩き返したのだ。
「ふたりとも止めんか」
なおも打ち返そうとする蓮子の腕を伝助がつかんだ。
「先に奥様の方が手を出したとですよ」
「離しなさい!」
蓮子に罵倒されて、伝助は吹き出した。
「とんでもねえ、伯爵家の娘ばい」
蓮子は、使用人から自分の妻が叩かれても笑っている伝助のことが理解できなかった。
「こんな家に居たら、私だっておかしくなります!」
今までかつて、どんなに憎らしく思っても、人に手を上げたことなどなかった。
高笑いしながら立ち去る伝助。
「ああ、痛か ~ 」
タミはまったく悪びれることなく頬を抑えながらその後に従った。
男女の関係があったのだろう … そして、自分の方が絆が強いとでも思っているのだ。
* * * * * * * * * *
蓮子は、そのやるせない気持ちを、はなへの手紙にしたためた。
決して出すあてなどない手紙を。
『 … 主人にとって、私は床の間に飾られた人形に過ぎないのです
どんなに財産があっても、生甲斐のない毎日は空しい
今すぐにでも逃げ出したい
けれど … 』
廊下を近付いてくる足音に筆を止め、書きかけの手紙を隠した。
「俺たい … ちょっと、よかろうか?」
伝助だった。
「何でしょうか?」
素っ気なく返事をすると、先ほどの傲慢の態度とは打って変わって神妙な面持ちの伝助が部屋に入ってきた。
「 … 今日は、色々すまんなったな」
膝を正して蓮子の前に座った。
「もう結構です。
よく分かりました … 私がこの家でいかに軽く見られているか」
「何を言うとか?」
「爆発事故のことさえ知らされていなかったんですよ」
「お前は … 仕事んことは知らんでいいと … 」
そう言いながら、伝助は顔をしかめて体を傾けた。
「どうかなさったんですか?」
「ああ、いや … どうでもない」
何とか立ち上がったが、ふらついてその場に崩れるように倒れ込んでしまった。
「あなた?!」
慌てて駆け寄る蓮子。
伝助はうめき声をあげ、苦悶の表情で横たわっている。
「誰か、早くお医者様を!!
あなた、あなたしっかりしてください!」
* * * * * * * * * *
事故の処理と怪我人たちへの対応、心労が重なり、過労で倒れてしまったのだ。
「当分、しっかり安静にさせちょってください。
嘉納さんはこの地にはなくてはならんお人やき、何かあったらすぐ知らせちゃんなっせよ」
往診に駆けつけた医者の言葉にうなずく蓮子。
医者が帰ると、部屋の外で控えていたタミが枕元にやって来た。
「旦那様、お気の毒に … 」
甲斐甲斐しく看病しようとするのを蓮子は制した。
「主人に触らないでください!
… 主人の看病は私が致します」
「お湯も沸かせんような奥様が、旦那様の看病げな?」
「出てって頂戴、早く!」
小ばかにしたようなタミや女中を有無を言わさずに部屋から追い出してしまった。
そして、慣れない手つきで水に浸して絞った手拭いで、伝助の額の汗を丁寧に拭い始めた。
* * * * * * * * * *
蓮子が献身的な看病を続けているうちに夜は明けた。
色々と手こずったのだろう、蓮子も少しやつれて見える
「ご気分はいかがですか?」
目が覚めた伝助は覗き込んでいる蓮子の顔を、信じられないというような目で見た。
「 … 大分ようなった」
蓮子の手を借りながらゆっくりと蒲団の上で上半身を起こすと弱弱しく笑った。
「まさかお前が看病しちょるとはなあ ~
倒れてみるもんばい」
伝助に見つめられて思わず目をそらした。
「 … 今は仕事のことは忘れて、ゆっくりと静養なさってください」
そう言いながら、蓮子は準備してあったお粥を茶碗によそった。
「召し上がりますか?」
うなずく伝助。
さじですくったお粥を息で冷まして伝助の口元に運んだ。
「熱ちっ!」
「ご、ごめんなさい」
この価値観も嗜好も違う、歳の離れた夫婦が僅かに心が触れ合った瞬間だった。
* * * * * * * * * *
< 蓮子が柄にもなく夫の看病をしている頃 … はなは >
教会の図書室で、机に向かい … 蓮子から送られてきた歌集『踏繪』を手に取った。
『 … あなたはいつになったら、安東花子の名前で本を出すのですか?
ぐずぐずしていると、お祖母ちゃんになってしまいますわよ … 』
蓮子の手紙が甲府で教師生活を続けるうちに、すっかり忘れかけていた物語への情熱を思い出させてくれた。
机の上に原稿用紙を広げて、鉛筆を手にした。
しかし、そう簡単にはいかないものだ。
< 物語を書きたい … 何か書かなければと、焦れば焦るほど、自分に苛立ってしまうはなでした >
歌集を出した蓮子に追いつきたい … そんな気持ばかりで、筆はまったく進まなかった。
* * * * * * * * * *
一方、吉平は何としても、ももと森田との縁談話をまとめたいと躍起になっていた。
「あれから、ももは何か言ってたけ?」
ふじに訊いてものらりくらりと交わされてしまう。
「ふんじゃあ、朝市のこんは?」
ほとほと呆れたという顔でふじは夫の顔を見た。
「ほのこんは、放っといてやれしって言ってるじゃん」
表でそんなやり取りをしていると、家の中からもも本人が出てきた。
「何でえ、もも?」
「 … 夕飯できたけんど、お姉やん遅えな ~
また教会の本の部屋ずらか?」
ももははなを迎えに出かけていった。
* * * * * * * * * *
ちょうどその頃、朝市が借りていた本を返却に図書室を訪れていた。
本棚の隙間から、はなの後姿が見えた。
「はな?」
近づくと、はなは机に突っ伏して眠っていた。
物語を考えているうちに眠ってしまったのだろう。
「こんなとこで寝ていたら風邪ひくら?」
声をかけたが、目を覚まさないほど熟睡している … 呑気なことだ。
何の警戒もなくすやすやと寝息を立てているはなの寝顔を覗き込んで微笑んだ。
「ボコみてえな顔して … 」
* * * * * * * * * *
ほどなくして、はなを迎えに来たももが階段を上がってきた。
「朝市さん?!」
入口から朝市の姿を見つけて笑顔になった。
驚かしてやろう … そう思ったももは足音を立てずに朝市に近づいて行った。
しかし、朝市の視線の先にはながいることに気づき、咄嗟に本棚の後ろに隠れてしまった。
本と本の隙間から、ふたりのことを覗いて見た。
朝市は眠っているはなの横に腰かけて、その寝顔をじっと見つめていたのだ。
はなが動いてずれた羽織をそっとかけ直した。
穏やかで優しい笑みを浮かべた朝市 … その視線ははなの寝顔から動かない。
ももは目をそらして、本棚に背を向けた。
< 大好きな朝市の心の中にいるのは、自分ではないことを … ももは知ってしまったのです。
… ごきげんよう、さようなら >
もも役の土屋太鳳主演
もうひとつおまけ♪
< 伝助の炭鉱でガス爆発の事故が起こり、怒りを募らせた男たちが乗り込んできました >
「ここに社長はいません、お帰り下さい!」
偶然居合わせた黒沢が蓮子を守って男たちの前に立ちはだかったが、彼らは信用せずに猛然とまくしたててくる。
すると、蓮子が落ち着き払った態度で毅然と男たちの前に出た。
「ごきげんよう … 私に何かご用でしょうか?」
* * * * * * * * * *
男たちは一瞬怯んだだけで蓮子にかみついてきた。
「貴様、白蓮とかいう名でくだらん本ば出しちょるらしいな?」
「読んでから批評なさってください!」
「あの本に金いくらかけたんか?」
「お前たちが道楽できるとは、わしらが命がけで石炭ば掘りよるお蔭やろが?!」
そう言って、ひとりの男が蓮子の肩を小突いた。
「ご婦人に何をする?!」
黒沢が庇って前に出た。
「貴様何者か?」
「私は新聞記者です。
このような無礼な振舞、記事にしますよ」
しかし、男は開き直ってみせた。
「ああ、上等たい!
ばってん、新聞に書くとなら、わしらの怒りも全部書けよ!」
「お前たちの贅沢んために、仲間が命落としたとたい!」
衝撃を受けた蓮子は動揺を隠せない。
「 … 心よりお悔やみ申し上げます」
蓮子は頭を下げた。
「怪我して、もう働けんごとなった者も大層おる!」
「それは … お気の毒に …
私、お見舞いに伺います。どちらの病院でしょう?」
その言葉が男たちの怒りに火に油を注いでしまったのだ。
「見舞いやと … ふざくんなっ!」
「お前たちが仲間を殺したも同然やろうが?!」
掴み掛ってきた男たちを黒沢は必死に抵抗して止めた。
* * * * * * * * * *
「やめんかっ!!」
帰宅して騒ぎを目の当たりにした伝助が男たちを一喝した。
「わしの留守中に土足で上がり込むとは、何たる無礼か?!」
男たちは伝助の威厳に飲まれながらも言い返した。
「お、俺たちの話を聞こうとせんとが悪いたい」
「誠意をみせろ!」
伝助は近づきながら、静かに言った。
「分かった … 話は聞くき」
傍らに控えていたタミに言いつけて彼らを座敷に案内させた。
「怖か思いさせて、すまんかったな … 大丈夫か?」
伝助は座敷に向かいながら、蓮子に声をかけた。
「あなた … 」
「仕事の場におなごは邪魔やき」
蓮子にひと言もしゃべらせずに行ってしまった。
* * * * * * * * * *
座敷に入ると、伝助は男たちと膝を交えるような位置に腰を下ろして話しはじめた。
「わしもガキの頃から、真っ暗い穴の中這いつくばって、石炭掘りよった。
そやき、お前らの苦労も仲間を思う気持ちも、誰よりも分かっちょるつもりたい」
これだけのことで彼らは興奮していたのがウソのように大人しくなっていた。
蓮子は廊下から中の様子をうかがっている。
「皆さんが来るち分かっちょったら、いろいろと用意しちょったばってん … こげなもんしか用意できんとですけど」
タミが袖の中から取り出した分厚い封筒を代表格の男に手渡すのが見えた。
「こらえちゃんなっせ」
封筒の中身の札束を見て、男たちは顔を見合わせた。
「近いうちに必ず話し合いの場を持つきに、そん時までにそちらの要望をまとめちょってくれんね」
* * * * * * * * * *
帰って行く男たちを見送ったタミに憤った蓮子は詰め寄った。
「私、許せません!
ろくに話し合うこともしないで、お金を渡したんじゃ、何の解決にもならないでしょう?!」
「これがこの家の昔からのやり方ですき」
タミは平然と言って返した。
「あんな大金を勝手に支払うなんて?!」
「 … うちは旦那様から信用されて預かっちょるとです。
それが何か?」
「妻である私にそんな口を利いていいと思っているの?」
「妻?
妻らしいことやら何ひとつしよらん人は、人形らしく黙っちょきゃいいとたい!」
タミは嘲笑ったあとに凄んでみせた。
「何ですって?!」
頭に血が上った蓮子はタミの頬を思い切り叩いた。
するとこともあろうにタミも叩き返したのだ。
「ふたりとも止めんか」
なおも打ち返そうとする蓮子の腕を伝助がつかんだ。
「先に奥様の方が手を出したとですよ」
「離しなさい!」
蓮子に罵倒されて、伝助は吹き出した。
「とんでもねえ、伯爵家の娘ばい」
蓮子は、使用人から自分の妻が叩かれても笑っている伝助のことが理解できなかった。
「こんな家に居たら、私だっておかしくなります!」
今までかつて、どんなに憎らしく思っても、人に手を上げたことなどなかった。
高笑いしながら立ち去る伝助。
「ああ、痛か ~ 」
タミはまったく悪びれることなく頬を抑えながらその後に従った。
男女の関係があったのだろう … そして、自分の方が絆が強いとでも思っているのだ。
* * * * * * * * * *
蓮子は、そのやるせない気持ちを、はなへの手紙にしたためた。
決して出すあてなどない手紙を。
『 … 主人にとって、私は床の間に飾られた人形に過ぎないのです
どんなに財産があっても、生甲斐のない毎日は空しい
今すぐにでも逃げ出したい
けれど … 』
廊下を近付いてくる足音に筆を止め、書きかけの手紙を隠した。
「俺たい … ちょっと、よかろうか?」
伝助だった。
「何でしょうか?」
素っ気なく返事をすると、先ほどの傲慢の態度とは打って変わって神妙な面持ちの伝助が部屋に入ってきた。
「 … 今日は、色々すまんなったな」
膝を正して蓮子の前に座った。
「もう結構です。
よく分かりました … 私がこの家でいかに軽く見られているか」
「何を言うとか?」
「爆発事故のことさえ知らされていなかったんですよ」
「お前は … 仕事んことは知らんでいいと … 」
そう言いながら、伝助は顔をしかめて体を傾けた。
「どうかなさったんですか?」
「ああ、いや … どうでもない」
何とか立ち上がったが、ふらついてその場に崩れるように倒れ込んでしまった。
「あなた?!」
慌てて駆け寄る蓮子。
伝助はうめき声をあげ、苦悶の表情で横たわっている。
「誰か、早くお医者様を!!
あなた、あなたしっかりしてください!」
* * * * * * * * * *
事故の処理と怪我人たちへの対応、心労が重なり、過労で倒れてしまったのだ。
「当分、しっかり安静にさせちょってください。
嘉納さんはこの地にはなくてはならんお人やき、何かあったらすぐ知らせちゃんなっせよ」
往診に駆けつけた医者の言葉にうなずく蓮子。
医者が帰ると、部屋の外で控えていたタミが枕元にやって来た。
「旦那様、お気の毒に … 」
甲斐甲斐しく看病しようとするのを蓮子は制した。
「主人に触らないでください!
… 主人の看病は私が致します」
「お湯も沸かせんような奥様が、旦那様の看病げな?」
「出てって頂戴、早く!」
小ばかにしたようなタミや女中を有無を言わさずに部屋から追い出してしまった。
そして、慣れない手つきで水に浸して絞った手拭いで、伝助の額の汗を丁寧に拭い始めた。
* * * * * * * * * *
蓮子が献身的な看病を続けているうちに夜は明けた。
色々と手こずったのだろう、蓮子も少しやつれて見える
「ご気分はいかがですか?」
目が覚めた伝助は覗き込んでいる蓮子の顔を、信じられないというような目で見た。
「 … 大分ようなった」
蓮子の手を借りながらゆっくりと蒲団の上で上半身を起こすと弱弱しく笑った。
「まさかお前が看病しちょるとはなあ ~
倒れてみるもんばい」
伝助に見つめられて思わず目をそらした。
「 … 今は仕事のことは忘れて、ゆっくりと静養なさってください」
そう言いながら、蓮子は準備してあったお粥を茶碗によそった。
「召し上がりますか?」
うなずく伝助。
さじですくったお粥を息で冷まして伝助の口元に運んだ。
「熱ちっ!」
「ご、ごめんなさい」
この価値観も嗜好も違う、歳の離れた夫婦が僅かに心が触れ合った瞬間だった。
* * * * * * * * * *
< 蓮子が柄にもなく夫の看病をしている頃 … はなは >
教会の図書室で、机に向かい … 蓮子から送られてきた歌集『踏繪』を手に取った。
『 … あなたはいつになったら、安東花子の名前で本を出すのですか?
ぐずぐずしていると、お祖母ちゃんになってしまいますわよ … 』
蓮子の手紙が甲府で教師生活を続けるうちに、すっかり忘れかけていた物語への情熱を思い出させてくれた。
机の上に原稿用紙を広げて、鉛筆を手にした。
しかし、そう簡単にはいかないものだ。
< 物語を書きたい … 何か書かなければと、焦れば焦るほど、自分に苛立ってしまうはなでした >
歌集を出した蓮子に追いつきたい … そんな気持ばかりで、筆はまったく進まなかった。
* * * * * * * * * *
一方、吉平は何としても、ももと森田との縁談話をまとめたいと躍起になっていた。
「あれから、ももは何か言ってたけ?」
ふじに訊いてものらりくらりと交わされてしまう。
「ふんじゃあ、朝市のこんは?」
ほとほと呆れたという顔でふじは夫の顔を見た。
「ほのこんは、放っといてやれしって言ってるじゃん」
表でそんなやり取りをしていると、家の中からもも本人が出てきた。
「何でえ、もも?」
「 … 夕飯できたけんど、お姉やん遅えな ~
また教会の本の部屋ずらか?」
ももははなを迎えに出かけていった。
* * * * * * * * * *
ちょうどその頃、朝市が借りていた本を返却に図書室を訪れていた。
本棚の隙間から、はなの後姿が見えた。
「はな?」
近づくと、はなは机に突っ伏して眠っていた。
物語を考えているうちに眠ってしまったのだろう。
「こんなとこで寝ていたら風邪ひくら?」
声をかけたが、目を覚まさないほど熟睡している … 呑気なことだ。
何の警戒もなくすやすやと寝息を立てているはなの寝顔を覗き込んで微笑んだ。
「ボコみてえな顔して … 」
* * * * * * * * * *
ほどなくして、はなを迎えに来たももが階段を上がってきた。
「朝市さん?!」
入口から朝市の姿を見つけて笑顔になった。
驚かしてやろう … そう思ったももは足音を立てずに朝市に近づいて行った。
しかし、朝市の視線の先にはながいることに気づき、咄嗟に本棚の後ろに隠れてしまった。
本と本の隙間から、ふたりのことを覗いて見た。
朝市は眠っているはなの横に腰かけて、その寝顔をじっと見つめていたのだ。
はなが動いてずれた羽織をそっとかけ直した。
穏やかで優しい笑みを浮かべた朝市 … その視線ははなの寝顔から動かない。
ももは目をそらして、本棚に背を向けた。
< 大好きな朝市の心の中にいるのは、自分ではないことを … ももは知ってしまったのです。
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