2014年06月09日 (月) | 編集 |
第61回
「お姉やんの新しい物語、楽しみにしてる … 書えたら、送ってくりょう」
< 北海道に嫁いだももに励まされて書いたはなの童話が、めでたく出版されることになりました。
そして、秋も深まったある日のこと >
* * * * * * * * * *
1918年(大正7年)・10月。
はなが学校から戻ると家の前に村人たちが人だかりを作っていた。
「あっ、大変大変!
はなちゃんのことを訪ねて、東京から男の人が来てるだよ」
はなの顔を見たリンが慌てふためいている。
「男の人?」
「ああ、えれえ立派な身なりの紳士じゃん」
急いで家に入ると、周造とふじと向かい合って立っていたのは梶原だった。
「梶原さん?!」
「君の本、出来たよ」
刊行されたばかりの『たんぽぽの目』を携えて届けにやって来たのだ。
「わざわざ届けてくださったんですか?」
「うちの出版社にとっては、記念すべき第一冊目だからね」
立派に製本された『たんぽぽの目』を手に取って、はなは歓喜の声をあげた。
「わあ、夢みたいです!」
今度は間違いなく『安東花子』と印刷されている表紙を夢心地で見つめている。
「それから今日はご家族の皆さんにお願いがあって参りました」
梶原は改まって周造とふじに向き直った。
「 … お嬢さんをください」
「てっ?!」
* * * * * * * * * *
呆然とする一同。
「 … 梶原さん?」
はなは頭を下げている梶原に声をかけた。
「この間の話、真剣に考えてほしい」
「ああ ~ あの話ですか?」
胸をなで下ろすはな。
「はな、あの話って?!」
話がみえないふじが不安げにはなに尋ねると、はやとちりのリンが横から口を挟んできた。
「ほりゃあ、結婚話しかねえら ~ 」
「そうさな … 」
はなは慌てて否定した。
「違う、違うってば!」
順序立てて話を切り出さなかった梶原も悪い。
「実は新しく作った出版社で一緒に働いてほしいと、はなさんをお誘いしているんです」
「ほうですか ~ 出版社」
ふじは安堵してみせたが、はなが必要とされていることには変わらない。
「余り大きくはないが、銀座に編集室を構えたんだ。
醍醐君も君が来てくれるのを待ってる … 是非、いい返事を聞きたい」
* * * * * * * * * *
「はな、東京に行っちまうだけ?」
周造が心細そうな顔をして尋ねた。
「 … お祖父やん、お母、心配しなんで」
ふたりにそう告げたはな。
「梶原さん … 私、やっぱり決心がつきません。
このうちを離れる訳にはいかないので … 」
申し訳なさそうにうつむいたはなを見て、梶原も察したのだろう。
残念な表情をしながらも、それ以上は何も口にはしなかった。
* * * * * * * * * *
「山梨から見る富士山もなかなかいいな ~ 」
家から出た梶原は目の前に広がった甲斐の山々を従えたような見事な富士山に思わず感嘆の言葉を漏らした。
「こっちが表でごいす!」
もの静かな周造が声を荒げたので、梶原は意外な顔をした。
「静岡から見るのは裏だ。
こっちが表っ!」
「 … お祖父やんは、富士山にはうるさいんです」
はなとふじは笑っているが、周造は真剣そのものだ。
生まれた時からずっとそこにある富士山のことは誰であっても譲れないのだろう。
「ああ、それは失礼しました」
梶原は周造に頭を下げた。
「僕はあきらめずに待ってるから … 決心がついたらいつでも連絡してくれ」
はなに懐から取り出した名刺を渡して東京へ戻って行った。
* * * * * * * * * *
「ほら見ろ、やっぱし俺が思った通り、はなはうちの希望の光だったら?」
行商から戻った吉平は『たんぽぽの目』を手にして自慢げにふじに言った。
「あんたがいっとううれしそうじゃんね ~ 」
ふじは朗らかに笑っている。
「ほりゃあ、うれしいさ ~ 」
そんな両親を見て、はなは少しだが親孝行できた気分だった。
「ほうだ、ふじ … 2、3日くれえ畑仕事休めんけえ?
おまんを連れて行きてえとこがあるら」
吉平の言葉にふじはあきれ顔で立ち上がってしまった。
「はあ、またほんな突拍子もないこと言い出して」
「てえ ~ 旅行け?
いいじゃんね ~ たまにはふたりで言ってこうし」
横で聞いていたはなも勧めたが、ふじは怒ったような口ぶりになった。
「はなまで何を言うだよ?!
この忙しい時に畑ほっぽらかして遊び行ける訳ねえじゃん!」
* * * * * * * * * *
その晩、はなは蓮子に手紙を書いた。
『蓮様、ごきげんよう。
9年間もご無沙汰してしまって、ごめんなさい。
先日は、素敵な歌集とお便りありがとうございました。
私は甲府に帰ってきてから、学校と家の往復で毎日が慌ただしく過ぎていき、書くことからは遠ざかっておりましたが、蓮様の歌集を拝読し、雷に打たれたようでした。
白蓮の名で詠まれた歌の数々、田舎教師の私にとっては大いに刺激的で触発されました。
お蔭で私はもう一度、物語を書くことに挑戦できたのです … 』
* * * * * * * * * *
数日後、福岡の蓮子の元にはなからの小包か届いた。
待ちきれないように開封すると、件の手紙と一緒に一冊の本 … 『たんぽぽの目』が同封されていた。
著者名は『安東花子』。
急いで表紙をめくると見返しに『腹心の友に捧ぐ 花子』と記されていた。
感激する蓮子に、楽しかった秀和女学校でのはなと過ごした日々がよみがえってきた。
「ねえ、蓮子さん … 私の腹心の友になってくれて?」
「ええ」
屈託なく笑い合えたあの頃 …
「はなちゃん、ついにやったわね!」
蓮子は遠く離れた『腹心の友』に祝福の言葉を贈った。
* * * * * * * * * *
秀和女学校での充実した生活を思い出した蓮子にある考えが沸き上がった。
それを夕食の席で夫の伝助に切り出した。
< 蓮子の献身的な看病のお蔭で、伝助はすっかり元気になりました >
「私、いいことを思いつきましたの ~
冬子さん、もうすぐこちらの学校、卒業なさるでしょ?
来年の春には是非、東京の秀和女学校の高等科へ進学するべきだと思いますの」
「 … 東京の女学校?」
蓮子の提案を聞いて、冬子の顔が強張った。
「いきなり何を言いよると?」
伝助も困惑している。
「娘に最高の教育を受けさせることは親の努めですわ。
その点、秀和女学校なら最高の淑女教育をしてくださいますから」
機嫌よく話す蓮子を伝助は憮然と見つめた。
* * * * * * * * * *
「冬子さん、心配しなくていいのよ ~ 秀和の先生方は素晴らしい方ばかりです。
きっと気に入りますとも」
しかし、伝助は大きくかぶりを振ってみせた。
「いや、冬子はもうよか歳になったき、見合いでんした方がよか!
なあ?」
「お見合いなんて、まだ早すぎます!
… 入学手続きは、こちらで進めますから」
蓮子の言葉を聞きながら、伝助はブドウ酒を注ぐタミと意味ありげに目を合わせた。
そして、不機嫌にそれを一気に呷った。
* * * * * * * * * *
『たんぽぽの目』は教務室でも注目の的だった。
「わしも教え子が有名になってくれて鼻が高えじゃん」
「校長先生、買ってくださったんですか?
ありがとうごいす!」
ふと気づけば、本多校長だけでなく、あの緑川も『たんぽぽの目』を手にしているではないか。
「 … 本屋の看板娘が面白れえって勧めるもんで、買っただけじゃん」
バツが悪そうな顔をしてみせたが、珍しいことに内容についての批判は一切口にしなかった。
朝市も自分の席に座って『たんぽぽの目』を読んでいる。
「木場先生も読んでくれてありがとう」
はなは朝からご機嫌で席に着いた。
しかし、朝市は、実は本など上の空で、必要以上にはなのことを気にしていたのだ。
* * * * * * * * * *
始業の鐘が鳴り、はなと朝市が教務室から出ると … シゲルやきよたち、はなのクラスの生徒数名が廊下で待っていた。
「 … 皆、どうしたの?」
「はな先生、小説家の先生になったずら?」
「学校辞めて、東京行っちもうだけ?」
心配そうに訊いてきた。
「えっ?」
「お母が言ってただよ、東京から男の人が誘いに来たって … 」
きよは今にも泣きだしそうだ。
はなは笑顔で首を振った。
「ううん、先生は何処にも行かないよ」
「本当?!」
生徒たちの顔が、ぱあっと明るくなった。
「本当、本当 ~ さあ、教室に入って」
「は ~ い!!」
安心した生徒たちは、元気に返事をして教室へ戻っていく。
ああは言ったものの、はなは迷っている … その表情から朝市は感じ取っていた。
「はな … 東京の出版社のこと迷ってるだけ?」
「ううん、朝市こそ浮かない顔してどうしたでえ?
悩みがあるなら、はな先生が聞いてやるじゃん」
本心を見透かされたはなは、わざとおどけてみせた。
* * * * * * * * * *
生真面目な朝市は、思いつめるほどに暗い表情になってしまう。
「はな、大事な話があるだ。
放課後、時間あるけ?」
「 … うん」
「教会の本の部屋で待ってるから … 後で来てくりょう」
はなの目をまともに見ようともせずにそう言うと、さっさと先に行ってしまった。
* * * * * * * * * *
放課後はあっという間にやってきた。
「お姉やんが好きずら? … こぴっと伝えんきゃダメだよ」
ももの言葉を胸に秘め、朝市は教会の図書室ではなのことを待っていた。
ほどなくして、はなはやって来た。
バカがつくほど恋愛に鈍感なはなは、この期に及んで朝市の気持ちに全く気づいてはいなかった。
「朝市、何ずら ~ 大事な話って?」
「うん … 」
首を傾げて朝市の顔を覗き込んだ。
「あのな … 」
朝市は、あの日のももの気持ちが痛いほど分かった。
心臓が口から飛び出しそうだ。
「 … おら … ずっとはなのこと」
* * * * * * * * * *
「はなちゃん、はなちゃん!」
あと一歩のところだった。
「てっ、お母?!」
図書室に大騒ぎで飛び込んできたリンがすべてを台無しにした。
「ふじちゃんが … ふじちゃんが!」
「お母がどうしたで?」
「何かあっただけ?」
リンは多くを語らず「とにかく大変だ」とまくしたてた。
「早く来てくれちゃあ!」
はなの手を引いて図書館を飛び出して行ってしまった。
必死な思いで振り絞った勇気に水をかけたのは、こともあろうに母親だった。
図書館にひとり置いてけぼりの朝市は、呆然として座り込んだ。
* * * * * * * * * *
「お母!」
はなが家に戻ると、ふじは土間で見知らぬ女性とにらみ合っていた。
色白で涼しげな目、鼻筋の通った整った顔、ふじとは全く対照的な女性。
「お客さん?」
「そうさな … 」
周造に尋ねてもそれしか返ってこなかった。
ふたりはひと言も話さない。緊迫した雰囲気が漂っている。
「 … どなた?」
はなはもう一度、周造に尋ねた。
すると、ふじが憎悪を込めた目で女性をにらみつけながら口を開いた。
「お父の … 女じゃ」
< さあ大変、お父の女がふじに何を言いにきたのでしょうか?
… ごきげんよう、さようなら >

「お姉やんの新しい物語、楽しみにしてる … 書えたら、送ってくりょう」
< 北海道に嫁いだももに励まされて書いたはなの童話が、めでたく出版されることになりました。
そして、秋も深まったある日のこと >
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1918年(大正7年)・10月。
はなが学校から戻ると家の前に村人たちが人だかりを作っていた。
「あっ、大変大変!
はなちゃんのことを訪ねて、東京から男の人が来てるだよ」
はなの顔を見たリンが慌てふためいている。
「男の人?」
「ああ、えれえ立派な身なりの紳士じゃん」
急いで家に入ると、周造とふじと向かい合って立っていたのは梶原だった。
「梶原さん?!」
「君の本、出来たよ」
刊行されたばかりの『たんぽぽの目』を携えて届けにやって来たのだ。
「わざわざ届けてくださったんですか?」
「うちの出版社にとっては、記念すべき第一冊目だからね」
立派に製本された『たんぽぽの目』を手に取って、はなは歓喜の声をあげた。
「わあ、夢みたいです!」
今度は間違いなく『安東花子』と印刷されている表紙を夢心地で見つめている。
「それから今日はご家族の皆さんにお願いがあって参りました」
梶原は改まって周造とふじに向き直った。
「 … お嬢さんをください」
「てっ?!」
* * * * * * * * * *
呆然とする一同。
「 … 梶原さん?」
はなは頭を下げている梶原に声をかけた。
「この間の話、真剣に考えてほしい」
「ああ ~ あの話ですか?」
胸をなで下ろすはな。
「はな、あの話って?!」
話がみえないふじが不安げにはなに尋ねると、はやとちりのリンが横から口を挟んできた。
「ほりゃあ、結婚話しかねえら ~ 」
「そうさな … 」
はなは慌てて否定した。
「違う、違うってば!」
順序立てて話を切り出さなかった梶原も悪い。
「実は新しく作った出版社で一緒に働いてほしいと、はなさんをお誘いしているんです」
「ほうですか ~ 出版社」
ふじは安堵してみせたが、はなが必要とされていることには変わらない。
「余り大きくはないが、銀座に編集室を構えたんだ。
醍醐君も君が来てくれるのを待ってる … 是非、いい返事を聞きたい」
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「はな、東京に行っちまうだけ?」
周造が心細そうな顔をして尋ねた。
「 … お祖父やん、お母、心配しなんで」
ふたりにそう告げたはな。
「梶原さん … 私、やっぱり決心がつきません。
このうちを離れる訳にはいかないので … 」
申し訳なさそうにうつむいたはなを見て、梶原も察したのだろう。
残念な表情をしながらも、それ以上は何も口にはしなかった。
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「山梨から見る富士山もなかなかいいな ~ 」
家から出た梶原は目の前に広がった甲斐の山々を従えたような見事な富士山に思わず感嘆の言葉を漏らした。
「こっちが表でごいす!」
もの静かな周造が声を荒げたので、梶原は意外な顔をした。
「静岡から見るのは裏だ。
こっちが表っ!」
「 … お祖父やんは、富士山にはうるさいんです」
はなとふじは笑っているが、周造は真剣そのものだ。
生まれた時からずっとそこにある富士山のことは誰であっても譲れないのだろう。
「ああ、それは失礼しました」
梶原は周造に頭を下げた。
「僕はあきらめずに待ってるから … 決心がついたらいつでも連絡してくれ」
はなに懐から取り出した名刺を渡して東京へ戻って行った。
* * * * * * * * * *
「ほら見ろ、やっぱし俺が思った通り、はなはうちの希望の光だったら?」
行商から戻った吉平は『たんぽぽの目』を手にして自慢げにふじに言った。
「あんたがいっとううれしそうじゃんね ~ 」
ふじは朗らかに笑っている。
「ほりゃあ、うれしいさ ~ 」
そんな両親を見て、はなは少しだが親孝行できた気分だった。
「ほうだ、ふじ … 2、3日くれえ畑仕事休めんけえ?
おまんを連れて行きてえとこがあるら」
吉平の言葉にふじはあきれ顔で立ち上がってしまった。
「はあ、またほんな突拍子もないこと言い出して」
「てえ ~ 旅行け?
いいじゃんね ~ たまにはふたりで言ってこうし」
横で聞いていたはなも勧めたが、ふじは怒ったような口ぶりになった。
「はなまで何を言うだよ?!
この忙しい時に畑ほっぽらかして遊び行ける訳ねえじゃん!」
* * * * * * * * * *
その晩、はなは蓮子に手紙を書いた。
『蓮様、ごきげんよう。
9年間もご無沙汰してしまって、ごめんなさい。
先日は、素敵な歌集とお便りありがとうございました。
私は甲府に帰ってきてから、学校と家の往復で毎日が慌ただしく過ぎていき、書くことからは遠ざかっておりましたが、蓮様の歌集を拝読し、雷に打たれたようでした。
白蓮の名で詠まれた歌の数々、田舎教師の私にとっては大いに刺激的で触発されました。
お蔭で私はもう一度、物語を書くことに挑戦できたのです … 』
* * * * * * * * * *
数日後、福岡の蓮子の元にはなからの小包か届いた。
待ちきれないように開封すると、件の手紙と一緒に一冊の本 … 『たんぽぽの目』が同封されていた。
著者名は『安東花子』。
急いで表紙をめくると見返しに『腹心の友に捧ぐ 花子』と記されていた。
感激する蓮子に、楽しかった秀和女学校でのはなと過ごした日々がよみがえってきた。
「ねえ、蓮子さん … 私の腹心の友になってくれて?」
「ええ」
屈託なく笑い合えたあの頃 …
「はなちゃん、ついにやったわね!」
蓮子は遠く離れた『腹心の友』に祝福の言葉を贈った。
* * * * * * * * * *
秀和女学校での充実した生活を思い出した蓮子にある考えが沸き上がった。
それを夕食の席で夫の伝助に切り出した。
< 蓮子の献身的な看病のお蔭で、伝助はすっかり元気になりました >
「私、いいことを思いつきましたの ~
冬子さん、もうすぐこちらの学校、卒業なさるでしょ?
来年の春には是非、東京の秀和女学校の高等科へ進学するべきだと思いますの」
「 … 東京の女学校?」
蓮子の提案を聞いて、冬子の顔が強張った。
「いきなり何を言いよると?」
伝助も困惑している。
「娘に最高の教育を受けさせることは親の努めですわ。
その点、秀和女学校なら最高の淑女教育をしてくださいますから」
機嫌よく話す蓮子を伝助は憮然と見つめた。
* * * * * * * * * *
「冬子さん、心配しなくていいのよ ~ 秀和の先生方は素晴らしい方ばかりです。
きっと気に入りますとも」
しかし、伝助は大きくかぶりを振ってみせた。
「いや、冬子はもうよか歳になったき、見合いでんした方がよか!
なあ?」
「お見合いなんて、まだ早すぎます!
… 入学手続きは、こちらで進めますから」
蓮子の言葉を聞きながら、伝助はブドウ酒を注ぐタミと意味ありげに目を合わせた。
そして、不機嫌にそれを一気に呷った。
* * * * * * * * * *
『たんぽぽの目』は教務室でも注目の的だった。
「わしも教え子が有名になってくれて鼻が高えじゃん」
「校長先生、買ってくださったんですか?
ありがとうごいす!」
ふと気づけば、本多校長だけでなく、あの緑川も『たんぽぽの目』を手にしているではないか。
「 … 本屋の看板娘が面白れえって勧めるもんで、買っただけじゃん」
バツが悪そうな顔をしてみせたが、珍しいことに内容についての批判は一切口にしなかった。
朝市も自分の席に座って『たんぽぽの目』を読んでいる。
「木場先生も読んでくれてありがとう」
はなは朝からご機嫌で席に着いた。
しかし、朝市は、実は本など上の空で、必要以上にはなのことを気にしていたのだ。
* * * * * * * * * *
始業の鐘が鳴り、はなと朝市が教務室から出ると … シゲルやきよたち、はなのクラスの生徒数名が廊下で待っていた。
「 … 皆、どうしたの?」
「はな先生、小説家の先生になったずら?」
「学校辞めて、東京行っちもうだけ?」
心配そうに訊いてきた。
「えっ?」
「お母が言ってただよ、東京から男の人が誘いに来たって … 」
きよは今にも泣きだしそうだ。
はなは笑顔で首を振った。
「ううん、先生は何処にも行かないよ」
「本当?!」
生徒たちの顔が、ぱあっと明るくなった。
「本当、本当 ~ さあ、教室に入って」
「は ~ い!!」
安心した生徒たちは、元気に返事をして教室へ戻っていく。
ああは言ったものの、はなは迷っている … その表情から朝市は感じ取っていた。
「はな … 東京の出版社のこと迷ってるだけ?」
「ううん、朝市こそ浮かない顔してどうしたでえ?
悩みがあるなら、はな先生が聞いてやるじゃん」
本心を見透かされたはなは、わざとおどけてみせた。
* * * * * * * * * *
生真面目な朝市は、思いつめるほどに暗い表情になってしまう。
「はな、大事な話があるだ。
放課後、時間あるけ?」
「 … うん」
「教会の本の部屋で待ってるから … 後で来てくりょう」
はなの目をまともに見ようともせずにそう言うと、さっさと先に行ってしまった。
* * * * * * * * * *
放課後はあっという間にやってきた。
「お姉やんが好きずら? … こぴっと伝えんきゃダメだよ」
ももの言葉を胸に秘め、朝市は教会の図書室ではなのことを待っていた。
ほどなくして、はなはやって来た。
バカがつくほど恋愛に鈍感なはなは、この期に及んで朝市の気持ちに全く気づいてはいなかった。
「朝市、何ずら ~ 大事な話って?」
「うん … 」
首を傾げて朝市の顔を覗き込んだ。
「あのな … 」
朝市は、あの日のももの気持ちが痛いほど分かった。
心臓が口から飛び出しそうだ。
「 … おら … ずっとはなのこと」
* * * * * * * * * *
「はなちゃん、はなちゃん!」
あと一歩のところだった。
「てっ、お母?!」
図書室に大騒ぎで飛び込んできたリンがすべてを台無しにした。
「ふじちゃんが … ふじちゃんが!」
「お母がどうしたで?」
「何かあっただけ?」
リンは多くを語らず「とにかく大変だ」とまくしたてた。
「早く来てくれちゃあ!」
はなの手を引いて図書館を飛び出して行ってしまった。
必死な思いで振り絞った勇気に水をかけたのは、こともあろうに母親だった。
図書館にひとり置いてけぼりの朝市は、呆然として座り込んだ。
* * * * * * * * * *
「お母!」
はなが家に戻ると、ふじは土間で見知らぬ女性とにらみ合っていた。
色白で涼しげな目、鼻筋の通った整った顔、ふじとは全く対照的な女性。
「お客さん?」
「そうさな … 」
周造に尋ねてもそれしか返ってこなかった。
ふたりはひと言も話さない。緊迫した雰囲気が漂っている。
「 … どなた?」
はなはもう一度、周造に尋ねた。
すると、ふじが憎悪を込めた目で女性をにらみつけながら口を開いた。
「お父の … 女じゃ」
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